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【二度目のミエザ学習院】
42.その後
しおりを挟むフェル暦678年の稔季の大夜会において、いくつかの新たな婚約が発表された。
中でも注目されたのはやはり、アポロニア公子フィラムモーンとカストリア侯女ソニアとの婚約と、マケダニア王カリトンと連邦第三王女アナスタシアとの婚約であろう。特に後者は親子ほどもある年齢差のうえ、現役の国王とまだ未成年の王女との婚約ということで、マケダニア国内はともかく連邦友邦を含めた諸外国には驚きをもって伝えられた。
国内においては混乱は少なかったものの、それは夜会で見せたカリトン王とアナスタシア姫の仲睦まじさに加えて、姫がかつての“悲劇の公女”オフィーリアの生まれ変わりであると、夜会参加の貴族たちに広く認知されたからでもある。ことにオフィーリアと同年代以上の当主たちはかつての公女の能力の高さをよく知っており、アナスタシアに亡きオフィーリアを重ねて涙する者さえいたという。
しかし、諸外国はそうではなかった。ことに前王妃エカテリーニの失脚によってマケダニア国内への影響力を喪失した友邦テッサリア王国のアキレシオス公爵家は冷淡で、「第三王女アナスタシアを“悲劇の公女”オフィーリアの生まれ変わりとは認めない」と公式に声明を出したほどである。
「ま、正直申し上げてどうでもいいことですわね」
「そうだね。僕らが良ければそれでいいんだから」
だがまあ、当の本人たちはこの調子なので、さしたる問題ではないだろう。
他にも友邦トゥラケリア王国あたりからアナスタシア姫の幼さを懸念する声なども一部上がったものの、〈賢者の学院〉への合格実績に加えて、本国アカエイア王国のアーギス王家が正式にアナスタシアの王妃冊立を容認する声明を発表したことで、すぐに下火になっていった。
ただまあそれはそれとして、アナスタシアが正式にカリトンと婚姻してマケダニア王妃となれるのは、彼女が成人しお披露目を済ませた上で、〈ミエザ学習院〉を卒院する16歳以降の話である。なので今はまだ、彼女は「マケダニア王の婚約者」でしかない。
まあ一般的には王子のうちに、あるいは立太子と同時に、遅くとも即位と同時に婚姻するのが通例であるので、王の婚約者というのはなかなかレアなケースではあるが。
「わたくしとしましては、すぐにでも婚姻して構わないのですけれど」
「さすがにそれは連邦法典でも認められてないからね。君が大人になって婚姻式を挙げる日を、楽しみに待つとしようか」
「……お祖父様にお願いして、法典を改正して頂こうかしら」
「おやめ下され。そして執務の邪魔ですのでね、速やかにご退去願いますぞ」
「宰相閣下、そんなに邪険になさらずともよろしいのではなくて?」
「子供の手を借りなければまともに政務もこなせぬ凡愚、と陛下の評判を貶めたいのであれば、お手伝い下さっても構いませんが」
「おいクリューセース、もっと言い方が」
確かに言い方にトゲこそあれど、宰相の言うことももっともである。かつてのオフィーリアが未成年のうちから領政執務を取り仕切り、まだ学習院に在籍していて未成年扱いであった頃から第二王子の執務を肩代わりさせられていた苦い記憶から、マケダニア王宮にはアナスタシアを現時点から国政に参与させることへの忌避感が根強い。
というわけで13歳のアナスタシアは、現状すでにマケダニア王宮の誰よりも実務能力を持っているにもかかわらず、政務には一切関わらせてもらえていなかったりする。
「そもそも御身はまだ学生の身。今のうちに心置きなく学生生活を楽しまれるべきかと存じますな」
「まあ、そうですわね。⸺ふふ、お心遣いに感謝致しますわ閣下」
子供は子供らしく学生生活を満喫し、青春を謳歌していればいい。辛い仕事など大人に任せておけばいいのだ。そんな、温かな好意がマケダニア王宮の総意となってアナスタシアを優しく包んでくれる。
それがとても心地よくて、心地よいからこそこうして王の執務室にわざわざ押しかけて甘えてみたりするアナスタシアである。
フィラムモーンと正式に婚約したことで、ソニアはミエザ学習院の学生会に第二副会長として迎えられた。暑季の長期休校が明けた後期においては三回生の学生会長フィラムモーンが早々と単位を全取得し、それに伴って登校日数を減らしたことによる、学生会への人員補充措置である。
それと同時に、ソニアは次期学生会長候補として準備を始めた。そうして年が明けて花季に入ってから行われた次期学生会長選挙において、ソニアは見事満票での会長当選を果たすことになる。
なおアナスタシアに関しては、入院当初から学生会に迎え入れるべきとの論が根強かったものの、カリトン王との婚約が正式に発表されてからはそんな意見は雲散霧消してしまっている。
まあそれも当然だろう。ミエザ学習院の黒歴史として、“悲劇の公女”オフィーリアが一回生の頃から学生会長代行をやらされていた事実が、二度と繰り返してはならない悪しき先例として、歴代学生会に連綿と語り継がれているのだから。そんな状態で、オフィーリアの生まれ変わりだと国中に信じられているアナスタシアを学生会に引き入れようなどと企てる勇者など出るはずがなかった。
というわけで、アナスタシアは学習院内においても気楽な立場で、のんびりとそして存分に、前世では味わえなかった学生生活を満喫できている。
「クロエー様、オルトシアー様、今日のお昼は中庭で頂きましょうか!」
「いいですわね!よく晴れていて気持ちよさそうですわ!」
「じゃあ急いで学生食堂でランチボックスを買わないと!きっと皆様同じことを考えている気がします!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サモトラケー公爵家令嬢エンデーイスは国家反逆の容疑で収監されたものの、まだ未成年でありヘーラクレイオスの直系ということもあって、極刑にはならなかった。現在は有期懲役ということで東の尖塔での収監が続いているものの、カリトンとアナスタシアの婚姻に合わせて恩赦が下るだろうというのが大勢の見解である。実際、出獄を見据えてか彼女には教師が付けられていて、学習院と同程度の教育が施されているという。
エンデーイスの処遇、特に教育を受けさせることに関して進言したのは誰あろうアナスタシアである。確かに彼女はアナスタシアに対して友好的ではなかったものの、それでも優等教室の一角を占める程度には優秀であり、それを育てもせず打ち棄てる愚をアナスタシアは懸念したのである。
「君は本当に優しいな」
「そうでもありませんわよ。サモトラケー家はヘーラクレイオス家の分家筋、彼女以降は傍系血族になるのですから、しっかり教育して王家の駒として働いてもらわなければなりませんもの」
「…………君は、時々怖いな」
「あら。わたくし前世からこうでしてよ?」
「うん、まあ、知ってるけどね」
でも実際そうである。ヘーラクレイオスの分家筋は他にもあるが、血筋は多く残すに越したことはないのだ。女系であれば扱いは直系ではなく傍系になるものの、そんなものはカリトンとアナスタシアとの間にできる子か孫か、どこかのタイミングで直系の王子を婿入りさせて継がせればそれだけで直系に戻せるのだから、何も問題ないのだ。
そして将来的にそうしたことを可能にするためにも、エンデーイスにはしっかりと血筋を残してサモトラケー家を存続繁栄させてもらわねばならない。そのためにもきちんと教育して、王家の側に取り込まねばならないのだ。
そして、それは旧ハラストラ公爵家のアポレイアとテルクシノエーにも言えることである。彼女たちもまた西の尖塔での収監生活が続いているが、テルクシノエーにもエンデーイスと同様に教師が付けられ教育を施されている。
もっともこちらは公私にわたって傍若無人だった父ゲンナディオスの姿が反面教師としてよく効いていて、姉妹ともに従順な態度が見られるという。そのため、まだ公式な発表こそないものの恩赦を与えることは決定しており、そのタイミングでハラストラ家を再興させることも内定している。
そんなテルクシノエーには、定期的に外から面会者が来ているという。その報告を受けて、カリトンもアナスタシアも首を傾げた。面会そのものは刑務局が許可を出すため、カリトンもアナスタシアも当初は関知していなかったのだ。
「誰が面会に来ているって?」
「は、サロニカ伯爵家の次男テルシーテース卿でございます」
「まあ、そうでしたの」
思えばテルシーテースは、学習院内でもテルクシノエーと一緒に行動しているのを見かけることが多かった。見かけるというか、ふたりしてアナスタシアに絡みに来て煩わしかったわけだが。そしてそんなテルシーテースは院内でアナスタシアに絡むたびに「見目はまだまだだな」だの「まあ成長すれば多少は見られるようになるか」だの「見目がまともになれば俺の愛妾にしてやってもいいぞ」だのと、オフィーリアの記憶にも忌々しい伯父とそっくりの下衆な言動ばかりであったのだが。
だがそんな彼は意外にも、テルクシノエーには優しい言葉をかけてやっているという。
「もしかしておふたり……そういう仲でしたの?」
「特に婚約関係の話などは出ておらなんだはずですが」
宰相に言われるまでもなくアナスタシアも把握している。アポレイアの方は婚約者がいたものの、テルクシノエーには父親の意向で婚約者は決められていなかったはずである。まあそれはおそらくだが、年配の有力貴族の誰かの後妻として充てがうために敢えてそうしていたのだろうが。
「テルシーテース卿は、婚約者などは?」
「サロニカ世子でしたら、今までに二度ほど破談になっておりますな」
「ああ……なんでも、言動が不快だとかいう話だったか」
「ああ……それは、分かりすぎますわね……」
テルシーテースは学習院内でも下品で下世話で頭が良くないと、悪い方に名高かった男である。おそらくは婚約者相手にもアナスタシア相手の時と同様に容姿や体形をあげつらったり、下世話な発言でドン引きさせていたのだろう。
「え、そんな方が日参してくるなんて、テルクシノエー様嫌がっておいででは?」
「それが、意外にも心待ちにしておるようでして」
「えぇ……」
「うーん、『ペルシカリアを好む虫の気持ちは分からない』というやつだな」
いやまあ学習院内でも比較的仲は良さそうではあったけれども。でも確かにテルクシノエーは年齢の割には体型が完成されていて男好きする見た目ではあったから、もしかするとテルシーテースの好みにも合っていたのかも知れない。
ともあれ、現状はただ貴人牢に彼女の見舞いに来ているだけなので禁止することもできないし、この先どうなるのかは彼女が恩赦を得てからの話になるだろう。
「とはいえ、テルクシノエー嬢をサロニカ家の派閥に取り込まれるわけにはいかないよな」
「左様ですな。ひとまず、裏の思惑の有無だけは探らせましょう」
ということで、彼らのことは一旦は様子見することになった。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
【補足】
「世子」という言葉は一般的には諸侯王や将軍家、大名家の世継ぎを指す言葉ですが、この世界においては伯爵家以下の貴族の子息(跡継ぎであるかは問わない)に対する敬称として用いています。「公子」や「侯子」と同様の扱いですね。
『ペルシカリアを好む虫の気持ちは分からない』
この世界におけることわざのひとつです。
ペルシカリア=蓼のこと。これだけ言っておけばどういう意味なのかは察してもらえるかなと(笑)。
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