上 下
48 / 61
【運命の選択】

41.それぞれの幸せを目指して(2)

しおりを挟む


 そうしてようやく始まった稔季の大夜会。カリトン王とアナスタシア姫の元へは、貴族当主夫妻をはじめ招待客たちが続々と挨拶に列をなす。

「ようやく、収まるところに収まりましたな」

 そう言って安堵のため息を漏らすのは、宰相を務めるアポロニア公爵クリューセースである。

「宰相にも迷惑をかけたな」
「全くです。少しは振り回される側の身にもなって頂きたい」

 言葉とは裏腹に、宰相の表情は穏やかで。これでようやく肩の荷が下りた、といった本音が微妙に隠しきれていないが、まあ無理もない。

「公子も済まなかった。ソニア侯女を大切になされよ」
「それは勿論でございます。陛下も、ゆめゆめ姫を悲しませることのないよう、お願い申し上げます」

 選ばなかったというのに、それでもなおアナスタシアを気遣うフィラムモーンの笑顔に、アナスタシアの方が却って恐縮してしまいそうである。

「ご心配は無用ですわアナスタシア姫様。フィラムモーン様はわたくしが責任をもって幸せにして差し上げますので!」
「ええ、はい。よろしくお願い致しますわねソニア様」

 精神的な従姉妹同士は、互いに顔を見合わせて微笑み合う。これから先、これまで以上に良好な関係を結べると、ふたりともに確信している。


「⸺ご立派に、なられましたな」

 感無量といった表情で穏やかに声をかけてくるのはカストリア侯爵アカーテスだ。すでに55歳になって頭髪にも白いものが増えている彼は、だが婚姻が遅かったせいで嫡子ヘーシュキオスに後を継がせるまで、まだあと数年は頑張らねばならない。
 それでも、かつて自分を支えてくれた家令が穏やかに年齢を重ねていることに、オフィーリアアナスタシアは喜びを感じざるを得ない。

「ええ。⸺族父おじ様も」
「幼き頃の貴女にも申し上げたが、私を族父と呼んではなりませんよ」
「あら。一度くらいそう呼ばせて下さっても罰は当たらないと思いますわよ?」

 生まれ変わったことを隠したままであるならともかく、今はもう彼の娘ソニアが盛大に暴露してしまった後であり、この上遠慮も何もないだろう。そう言われてはアカーテスも苦笑するしかない。彼とて、こんな場で暴露するために娘に教えたつもりはなかったのだが、今さら言っても詮ないことである。

「はは、敵いませんなあオフィーリア様には」
「ふふ、だってわたくしはですもの」

 そう。オフィーリアは系譜上最後のカストリア公爵であり、今のカストリア侯爵アカーテスよりも地位が上なのだ。この先アカーテスやその後継がカストリア家を再び公爵位に押し上げる日が来るかも知れないが、少なくともそれまでは、最後のカストリア公爵の肩書はオフィーリアのものである。


「ご婚約おめでとうございます、陛下、アナスタシア姫様」
「クロエー様もクトニオス様もごきげんよう。相変わらず仲睦まじくておよろしいわね」
「嫌ですわアナスタシア様。そんな、仲睦まじいだなんて」

 クリストポリ侯爵家の挨拶で、当主デメトリオスを尻目にクロエーとアナスタシアは微笑わらい合う。クリストポリの嫡子は彼女の弟だが、まだ10歳なのでこの場には招かれてはいない。
 クトニオスとクロエーは婚姻後に、クリストポリ侯爵家の持つクレニデス伯爵位を継承する予定だという。

ヨルゴスあにはすっかり平民生活が気に入っていて、貴族に戻るつもりはないと申しておりますもので。それなら娘のために使うべきだと考えた次第です」
「とても良い考えだと思うよ、クリストポリ侯」
「お褒めにあずかり、恐悦にございます」
「ヨルゴス殿にもよろしく伝えておいてくれ」
「勿体なきお言葉。しっかと賜りましてございます」


「カリトン王陛下、並びにアナスタシア妃殿下にご挨拶申し上げます」
「それはまだ気が早いよ、ヴェロイア侯爵」
「ふふ、わたくし、ミエザ学習院はきちんと卒院する予定ですのよ」
「……これは申し訳ない。気が逸りまして」

 あからさまに阿ってくるあたり、ヴェロイア家は今後は正式に、親王派閥に加わりたいのだろう。だがそれよりも、アナスタシアには気になることがある。

「時にヴェロイア侯爵、後ろのおふたりを紹介頂いても?」
「えっ?⸺ああ、これは我が末息子のクセノフォンと、になりましたオルトシアー嬢でございます」

 当代のヴェロイア侯爵は、かつて宰相を務めた老ヴェロイア侯の末子である。前宰相が宰相を罷免され引退したあと一旦は長子が後を継いだものの、子のないまま数年で亡くなり、それで末子の彼が爵位を引き継いだ。そしてクセノフォンはその当代侯の末子にあたるが、彼だけが後妻の子で年齢も兄姉たちとは離れている。
 ちなみにヴェロイア家の子女は長男25歳、長女22歳、次男20歳で、全員がすでに婚姻済みでこの場にもそれぞれ貴族当主やその夫人としてやって来ている。ヴェロイア侯爵夫妻に従っているのは未成年のクセノフォンだけであり、その隣に、オルトシアーが緊張した面持ちで寄り添っているのだ。

「まあ、そうでしたのね!」
この子クセノフォンに継がせる爵位はありませんが、本人は騎士となって士爵を目指すと言っておるものでして。平民とはいえクリストポリ家の縁者であれば良縁であろうと思い許可致しました」
「オルトシアー様、良かったですわね!」
「はい。⸺ええと、アナスタシア様のおかげなんです」

 自分のおかげ、と思いがけず言われてアナスタシアは首を傾げた。

「ほら、陽誕祭の時に、アナスタシア様が私たちに彼をご紹介下さったじゃないですか」

「……あっ!」

 陽誕祭の当日に、正体不明の使者に連れ去られようとしたアナスタシアを、咄嗟に物陰に引き込んで助けたのが同級生のクセノフォンである。その後駆けつけた騎士たちとともに後を追ってきたソニアやクロエー、オルトシアーらに、アナスタシアは確かにクセノフォンを紹介していた。

「あれから、その、ご縁があって。親しくさせて頂いていて」
「まあ、そうでしたのね!」
「オルトシアー嬢は……まあ、平民だけど頭もいいし性格も穏やかで、聞けばクリストポリ家の縁者だというし」

 侯爵家の出身ながらも平民落ちか、あるいは騎士として一から身を立てなければならないクセノフォンにとっては、貴族の出自を持つ平民のオルトシアーは確かに良縁と言えよう。

「それに、……その、見目も悪くないと思う」
「えっ」
「まあ」

 やや照れながらもそう言い切ったクセノフォンにオルトシアーは驚き、アナスタシアはニンマリ。

「まあまあまあ!おふたりともお幸せにね!」
「…………善処する」
「そこは嘘でも『任せろ』って言ってよ!」
「では王命でも下そうかな。クセノフォン卿、オルトシアー嬢を幸せに……」
「それはですわよ陛下」
「うっ……そうか」

 朗らかで、和やかな笑いが会場に広がってゆく。次々と明らかになる若いカップルたちに、会場全体が祝福ムードに染まってゆく。

「ですが、陛下だけはけれどね!」
「それは言わないで欲しかったなあ……」


 夜会はいつまでも和やかに、そして穏やかに時が流れてゆく。
 今夜はいい夜だ。誰もがそう感じていて、そしてその和やかな雰囲気のままに、大夜会は幕を閉じたのだった。



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー



次回更新は通常通りに15日の予定です。



しおりを挟む
感想 146

あなたにおすすめの小説

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

今更、いやですわ   【本編 完結しました】

朝山みどり
恋愛
執務室で凍え死んだわたしは、婚約解消された日に戻っていた。 悔しく惨めな記憶・・・二度目は利用されない。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。