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【王女アナスタシア】

26.“証拠”はどんどん積み上がる

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 周囲に再襲撃の気配がないことを確認して、王都へ向かって一足先に再出発したカストリア家の車列を見送っていたアナスタシアの耳に、にわかにざわめきが飛び込んできた。
 振り返るとクリストポリ家の護衛たちが慌てふためき、どうやら倒れている者たちを介抱しているようである。

「ヒエラクス、どうしましたか」

「申し訳ありません、姫。捕らえた賊どもがどうやら自害を図ったようで」
「なんですって!?」

 襲撃してきた者たちは、一見する限りでは街の冒険者崩れといった風体ふうていであった。だがヒエラクスによれば人数はクリストポリ家の護衛たちを上回っており統率も取れ、戦闘の技量も士気も高かったという。カストリア家の車列が領から率いてきた護衛部隊の助勢がなければ、負けることはなかったにしても多大な損害を被ることは免れなかっただろうとのこと。
 助勢を得たことで結果的に人数でも陣形でも上回ることができ、多少の負傷者のみで撃退に成功するとともに数名の捕虜も得たのだが、その捕虜たちが僅かな隙を突いて全員が自害に及んだのだ。

「おそらく、奥歯に薬を仕込んでいたものと思われます」

 事切れた捕虜の咥内を検めたヒエラクスが渋面を作る。まさかそこまでとは彼も考えていなかったのだろう。

「姫、これは間違いなく御身を害し奉る目的の襲撃に相違ありません」
「そ、そんな……!」

 それはつまり、アナスタシアの輿入れをよく思わない敵対勢力の何者かが仕組んで、正体を隠しつつ凶行に及んだということ。捕縛された者たちが自害に及んだのも、尋問され黒幕が露見することを恐れてのことであろう。
 まさかそこまでとは。予想外に大掛かりな陰謀の気配に、さすがのアナスタシアも血の気が引いた。前世でさえ経験のない事態に怖気が走る。

「⸺っ!ヨルゴス様の農場は!?」
「すでに確認に向かわせております。逃げた賊どもにも追手を」
「そ、それは戻らせなさい!」

 アナスタシアの殺害あるいは拉致を目的とした襲撃なら、そしてクリストポリ家を巻き込むことも厭わないのなら、ヨルゴスの農場も襲われかねない。また、ただでさえ随従する護衛の人数は常識的な数でしかなく、少数で追ったところで敵に後詰がいたら逆に捕殺されかねない。
 クリストポリ家に損害を出させてしまえば、それこそ後に引けなくなってしまう。

 青ざめて追跡を中断するよう指示すると、ヒエラクスから護衛隊長を通じて連絡が行ったようで、程なくして2騎の護衛が戻ってきた。彼らが無事に戻ったことに安堵していると、農場に派遣された1騎も戻ってきて、農場への襲撃はなかったと報せてくれた。
 それからヒエラクスを通じて近衛騎士隊長キリアルコスのイスキュスに救援要請を行い、すぐに二小隊11名が派遣されてきた。近衛騎士ソマトピュラケスはわずか50名だけの王家直属の親衛隊だが、マケダニアの全騎士隊の中でも最精鋭であり、一騎当千の強者が揃う。派遣されてきたのはヒエラクスが小隊長を務める小隊5名のほか、もうひとつの小隊6名である。近衛騎士が12名で守るとなれば、仮に一軍500名規模の戦力を相手にしてもそう簡単に遅れを取ることはないはずである。

「そうだわ、ヒエラクス」
「は」
「自害した捕虜たちの遺体は、埋葬せずに全員連れ帰りなさい」
「……姫、もしや[請願]による蘇生をお考えで?」

 捕虜となった襲撃犯は全員が自害して事切れていたが、そもそもこの西方世界には魔術師の操る魔術があり、神々が実在し、その神々に仕える聖職者であるところの法術師が使う法術がある。魔術は人が編み出した術理であり、便利ではあるものの万能ではない。それに対し法術師の法術は、神々の力である〈神異しんい〉を借りて、文字通りのを揮うことが可能である。その法術のひとつ“請願”であれば、魔術では不可能な死者の蘇生すらも可能になる。
 ただし蘇生が叶うのは、死亡してから三昼夜までとされている。死亡直後がもっとも蘇生の確率が高く、時間が経つごとに下がってゆく。そうして三昼夜を過ぎれば、人の魂は肉体との経路パスが切れて、輪廻の輪に乗るとされている。

「その通りよ。死んで逃げるなど許すものですか」
「であれば、急ぎ神教神殿に知らせて準備をさせましょう」
「ええ、そうして頂戴」

 ヒエラクスは自己の小隊のひとりをイェルゲイル神教の王都神殿に先行させた。

 イリシャでは古来からの土着の信仰が今なお根強く、陽誕祭や四大大祭、各地の神殿に神託を乞う行為などはそうした古代宗教に基づく祭事である。だが現代宗教としては、イリシャを含む西方世界各地の古代宗教を取り込む形で発展したイェルゲイル神教がもっとも力を持っている。
 その神教の法術師たち、特に黒、青、赤、黄、白の五色に分類される魔力マナの加護のうち、青の加護を持つ者たちの扱う法術のひとつに[蘇生の請願]があるのだ。
 すでに述べたが、この世界では神々は実在する。その神々の力を借りれば、死者の蘇生といった奇跡さえ可能になるのだ。そして蘇生させてしまえば、蘇った捕虜を尋問して黒幕の情報を吐かせることも可能になるだろう。

「…………失礼ですが、よくお気付きになられましたな」
「えっ?」
「その決断力、有事における知識と対処、とても王宮の深窓で大切に育てられたうら若き姫君とも思えませぬ。このヒエラクス、感服してございます」
「⸺あっ、そ、それはね、わたくしだってアーギスの、ラケダイモーンの女ですもの!軍事や戦略は当然学んでいるのですよ!」

 確かにアカエイア王国のアーギス王家はいにしえの、国民総兵と恐れられた都市国家スパルタの王家の流れをくむ血筋であり、アカエイアもまた精強な軍事国家である。だがアナスタシアにその知識があるのは、単にオフィーリアとして生きていた時に、第二王子ボアネルジェスの公務を代行して知識を得ていたからである。
 ボアネルジェスは軍事に精通していたため、必然的に彼の公務も軍務の比重が高く、オフィーリアも好むと好まざるとに関わらずそうした知識を蓄えていただけのことであった。
 だが、そんな事を正直に言えるわけもないので、アナスタシアは古代都市国家スパルタの、つまり現在のラケダイモーンの出身だからということにして誤魔化すしかなかった。

「なるほど、さすがは我らが連邦王女殿下でございますな」
「え、ええ、そうでしょうとも!」
「であるならば、急ぎ王都に戻らねばなりませんな」
「そうね、急ぎましょう」

 こうして近衛騎士たちに守られて、アナスタシアとクロエーの乗る馬車はようやく無事に王都サロニカに戻ることができたのであった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 一報を受けたカリトン王は直ちにアナスタシア襲撃の首謀者の捜索を開始した。神教神殿からは複数人の捕虜の蘇生に成功したと連絡があり、それらを王城の地下牢へ収監するとともに尋問を開始し、併せてアナスタシアとクロエーが王都郊外にあるヨルゴスの農場を訪れる予定を知り得た者の洗い出しにかかった。
 カリトンとしても、連邦王家から預かっているアナスタシアの身に万が一が起これば自身の破滅が確定であるため安穏としていられない。ただでさえ自分のようなを気遣ってくれる心優しい姫に、不幸な将来を歩ませたくないと必死なのに、その彼女に怖い思いをさせるなど言語道断赦すまじ、万死に値する。

「ああ、アナスタシア姫。本当に無事で何よりだ」
「お心遣いに感謝申し上げますわカリトンさま。ですが」
「うん、何でも言って欲しい。貴女の心が安らぐなら何でもすると誓おう」
「わたくしよりも、クリストポリ家とクロエー様を気遣って差し上げて頂きたいのです」

 アナスタシア自身は確かにまだ13歳だが、15年生きたオフィーリアの記憶があるから精神的にはアラサーであり、その分だけ精神的にも余裕がある。だが一緒に襲われたクロエーは本当にただの13歳なのだ。だから彼女が受けた恐怖はアナスタシアに倍することだろう。
 まあクロエーだって前世の記憶を持って生きている可能性が無くはないわけだが、アナスタシアの目から見ても特にそうした素振りは見られないので、おそらくそれはないと思いたい。

「御身も怖かっただろうに、なんと心優しいのだあなたは……!」

 そんなアナスタシアの優しささえもオフィーリアを思い起こさせる。我が身がどれほど辛かろうと必ず他者への労りを優先させるのが彼女だったから。その優しさに幾度も癒やしてもらっていたのが他ならぬカリトンだったから。

「やはり、貴女は……」
「はい?」
「…………いや、何でもない」

 だというのに、直接問い質すことがどうしてもできないカリトンであった。すでに確信に近いものまで得ているというのに、万が一違ったりしたら立ち直れないので、どうしても臆病になってしまうヘタレ王である。




 ー ー ー ー ー ー ー ー ー


【お詫び】
3日に1度と決めた更新頻度を守れなくて申し訳ありません。
実は割と大詰めのところまで来ているのですが、伏線回収の取り回しやエンディングに向けてのプロット練り直しなどでなかなか筆が進まないので、更新頻度を5日に1度に落とします。不甲斐ない作者で申し訳ないです。

ということで6月からは5の倍数日更新とさせて頂きます。悪しからずご了承下さいませ。
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