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【王女アナスタシア】

18.陽誕祭(2)

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 あっという間に陽誕祭の当日になり。
 神殿での決められた祭礼が終われば、あとは華やかな祭りの雰囲気が街を包む。

 結論から言わせてもらえれば、祭礼服に身を包んだフィラムモーンはそれはもう、素晴らしくカッコよかった。

「さすがでしたわね」
「とても凛々しくて麗しくて」
「カッコよかったですね!」

 ソニアもクロエーもオルトシアーも、うっとりとした面持ちでフィラムモーンを褒めちぎる。他の学生たちも、主に女子学生たちが絶賛していた。
 それほどに彼は堂々と、初めて祭主を務めたとは到底思えないほど手慣れた所作で、祝詞を上げる姿もその美声も自信に満ち溢れていた。その姿を見ただけで、ここまで弛まぬ努力を重ねてきたのだとよく分かる。陽神の祭祀を司るアポロニア家の嫡子として、おそらくは幼い頃から学んで準備を怠らなかったのだろう。

(はぁ~眼福でしたわね)

 声にこそ出さないが、アナスタシアとてフィラムモーンのその勇姿には改めて惚れ惚れする……ではなくて、その努力と準備には敬服せざるを得ない。ヘレーネス十二王家の中でも唯一の祭司職であるアポロニア家の、嫡子としての自信と矜持をまざまざと見せつけられた思いである。
 そんなアナスタシアは、自分を見ているソニアたちが順調に勘違いを膨らませている事には気付いていない。

(見て。アナスタシア様もうっとりされているわ)
(まあ、本当に。でもアナスタシア様なら、フィラムモーン様のお隣に立たれるに相応しい御方ですものね)
(ヤバい、美男美女の超大型カップリング……!)

 だが、だからこそとアナスタシアは思う。やはりフィラムモーンはアポロニア家を継がなくてはダメだと。
 最初の顔合わせの際、彼は確かに『カリトン王の養子に入ってヘーラクレイオス王家を継ぐ』と言っていた。それはつまり、彼とカリトン王と、彼の父クリューセースとの間でもう話がついているということだ。
 だがもし本当にそうなってしまえば、フィラムモーンがこれまでに積み重ねてきたアポロニア嫡子としての努力と時間は、全て無駄になってしまう。それでは何とももったいないと感じてしまうのだ。
 そしてそのカリトン王は祭祀の場に姿を見せなかった。本来であればマケダニアの王として、彼はこの場に来ていなければならなかったのに。貴賓席の着座位置から考えても、宰相であるアポロニア公爵クリューセースがカリトン王の名代として出席したのだと察せられるが、もし王が今日この場でフィラムモーンの堂々たる姿を見ていたならば、彼はどう感じただろうか。

(やはりダメですわね。当初計画のとおりわたくしがカリトン陛下に嫁いで世継ぎを産んで、そしてフィラムモーン様にはクリューセース公の後を継いでもらわなくては)

 フィラムモーンは優しいしイケメンだし頼りがいがあるし、前世オフィーリアからの想いがなければきっとアナスタシアも彼を好ましくなっていた。だが彼はおそらく、アナスタシアの助けを必要としていない。そして彼女は助力の必要ないフィラムモーンよりも、やはりカリトンを助けたいと思うのだ。
 だってそれこそが、前世の記憶を持ったまま生まれ変わった意味なのだと信じられるから。

「ま、それはそれとして。後はお祭りを楽しみましょうか」

 結論さえ出てしまえば、それ以上考えることもない。目標に向かって突き進めばいいだけだから。そしてアナスタシアはまだ13歳の未成年の学生でもあるのだ。前世の想いはあれどそれはさて置き、前世でやれなかったいろんなことに挑戦して楽しんでみたい。

(そうよ。前世の学習院入院時だって陽誕祭とピューティア大祭が重なっていたのに、わたくしオフィーリアは祭りを楽しむことさえできなかったのですからね!)

 オフィーリアが13歳だったフェル暦658年、つまり今から20年前のあの時も、ピューティア大祭の開催年と被っていて陽誕祭は盛大になった。だが陽誕祭の当日、つまり雨季下月の下週の頃にはオフィーリアはすでに学生会長代理として多忙を極めており、陽誕祭の祭場に遊びに行ってしまった学生会長ボアネルジェスの代わりに学習院内を奔走していたのだ。

(思い出したら、また腹立ってきましたわね……!)

 つくづく最低な婚約者だった。今にして思えば、なんであんな男にああまで従順に従っていたのかサッパリ分からない。当時の自分にもしも会えたら、絶対に頬をひっぱたいて目を覚まさせてやるのに。

「……どうなさったのアナスタシア様?なんだか怒っていらっしゃる……?」
「えっ……あ、何でもありませんわソニア様!そんな事よりほら、露店を回りましょう!」

 顔には出していなかったはずなのに、ソニアに鋭敏に察知されて慌ててはぐらかす。陽誕祭の露店めぐりも、前世でできなくてやりたかった事のひとつである。

「ふふ、よろしいのですかアナスタシア様。アーギスの姫ともあろうお方が買い食いなどなさって怒られませんの?」
「だってわたくしは、やりたい事は全部やるつもりでいますもの。お祭りを楽しむことだって、わたくしのやりたかったことのひとつですから、誰にも邪魔などさせませんわ!」
「姫様?お止めしませんけれど、お召し上がりになる飲食物はわたくしが毒見したものに限らせて頂きますからね?」
「もう……!ディーアったらもう少し空気を読んでくれてもいいじゃない!」

 それまで無言で随従していた侍女ディーアが声を上げ、思わずツッコむアナスタシアである。
 アナスタシアもソニアたちも高位の王侯貴族の令嬢であるため、首都の中心部にほど近い陽神神殿に赴くのであっても必ず侍女の随伴がある。そのためアナスタシアは今日はディーアを連れており、ソニアもクロエーも同様に若い侍女を連れて歩いている。オルトシアーだけは平民なので侍女は連れておらず、だから傍目には女子7人で連れ立って歩いている恰好である。
 もっともアナスタシアたちは祭礼に合わせた礼装と装飾品で身を飾っており、オルトシアーはそれに準じた晴れ着をクロエーに着せられていて、侍女たちはお仕着せ姿なので、彼女たちの関係性は傍目にも分かりやすい。

 ちなみにそんな彼女たちが楽しみにしている露店のほうも、祭礼に参列する王侯貴族やその子女たちの相手が務まるように礼儀作法と格式を備えた者たちで厳選されている。平民相手の露店は神殿前のこの通りではなくもっと周縁部に散らばっていて、だから神殿前の通りには平民はほとんど足を踏み入れない。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「ミエザ学習院一回生の、アナスタシア姫とお見受け致します」

 そうして露店を楽しんでいた彼女たちに、ひとりの壮年の男性が声をかけてきた。慇懃いんぎんに腰を折る姿は堂に入っており、服装を見てもどこかの高位貴族の上級使用人、おそらくは執事であろうと察せられる。
 だが、さすがにアナスタシアたちも他家の使用人の人相まで覚えているわけもないから、どこの誰に仕えている何者なのか分からない。

「何者ですか?名をお名乗り下さいませ」

 すかさず侍女ディーアが前に出て、アナスタシアらを背後に庇った。ソニアとクロエーの侍女も同様である。

「名乗るほどの者ではございません。我が主の命により、アナスタシア姫をご案内申し上げるべく参りました次第」

 態度こそ礼節を保っているが、怪しい上に無礼である。アナスタシアは少し探りを入れてみることにした。

「用件があるのならわたくしの元へ参上するよう、戻って主とやらに伝えなさい」
「内密のお話がございます。是非姫のお耳にもお入れしたいと、我が主の希望でございます」

 アナスタシアは手に持つ扇を広げて不快感を露わにする。なぜ我が主とやらの希望を自分が聞いてやらねばならないのだ。

「その、あまり大きな声では申せませぬが、市井で流れている不穏な噂がございまして」

 そう言われてオルトシアーにそっと目を向けるが、彼女はなんのことか理解していなさそうだ。侍女たちにも思い当たるフシがなさそうに見受けられる。

「噂がどうしたというのかしら?」
「その、陛下に関するお噂なのです」
「⸺!」

 おそらくそれは、呼び出す口実でしかないのだろう。カリトン王は貴族たちの多くには支持されていないが国民からは比較的人気が高いから、市井で悪い噂が流れているなどと言われても信憑性に疑義がつく。
 ただ、どのような用件なのかは、純粋に気にならないでもない。このような形で人目も憚らず行動に移すあたり、切羽詰まった印象もある。ただそれでも、害される可能性は低いと思われた。
 人目のある中で堂々とアナスタシアを連れ去るのだから、犯人の特定も容易だし犯罪の隠蔽も不可能に近い。そもそも連邦王家の姫を害したとなれば、このイリシャの地で生きていられるはずもない。

 男の顔色がやや青ざめていることに気付いて、アナスタシアはしばし考える。もしやこの男は本来は、主とやらからのではないか。

「…………いいでしょう。案内あないしなさい」

 アナスタシアは敢えて誘いに乗ってみることにした。

「⸺!姫様!?」
「アナスタシア様、なりませんわ!」
「そうです、お考え直しを!」

 アナスタシアが誘いに乗ったことでディーアやソニアたちから翻意を促されるも、彼女は同意しない。そして彼女の頑固さをもっともよく知る侍女ディーアが真っ先に諦めてしまう。

「でしたら、わたくしもお連れ下さいませ」
「駄目よディーア。貴女には王宮に報せてもらわなくてはならないわ」

 アナスタシアが敢えてそう発言したことで、ディーアやソニアたちのみならず使者までが目を見開く。それはそうだ。この場からアナスタシアを連れ去ることを公にすると言われたのだから。
 そしてアナスタシアの意図を正確に汲んだディーアは、「畏まりました。それでは皆様、御前失礼致します」と言うが早いか、さっさと踵を返して歩み去ってしまった。

「さあ、早く案内しなさい。連れてくるよう命ぜられたのはわたくしだけなのでしょう?⸺それとも、カストリア侯爵家とクリストポリ侯爵家まで巻き込むつもりがあるというのなら」
「い、いえ。滅相もないことでございます」

「そう。⸺ソニア様、クロエー様、わたくしはここで失礼させて頂きますわね」

「はい。アナスタシア様におかれましては、くれぐれもご無理なさいませんよう」
「そう、ですわね。また学習院にてお会い致しましょう」

 ソニアとクロエーもアナスタシアの意図を察したようで、たおやかに淑女礼カーテシーで彼女を見送る。
 こうして、アナスタシアは正体不明の使者に連れられて、ソニアたちと別れることとなったのであった。





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