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【二度目のミエザ学習院】

11.(転生してから)はじめての出会い

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 連邦首都ラケダイモーンを出発して4日、アナスタシアと随従の一行を乗せた脚竜車はマケダニア王国の王都サロニカ入りを果たした。先触れを除けばアナスタシア自身が先行する形でのマケダニア入りだったため供回りも少なく、数台の脚竜車だけでの王都入りとなったため特に大きく騒がれることもなく、ミエザ学習院入院式の前日に彼女たちはマケダニア王宮に無事到着した。
 なにぶん急な来訪であったため、マケダニア王宮では当然というか受け入れ準備ができていない。アナスタシアはひとまず客間のひとつに通され、そこで簡単に準備を整えてカリトン王との謁見に臨んだ。

 いよいよ、である。いよいよアナスタシアとカリトンの面会が叶うのだ。そのことにアナスタシアは狂喜乱舞したい気持ちでいっぱいだったが表情にも態度にも一切出さずに、案内されるまま謁見の間へと通された。
 まあ、案内されずともオフィーリアにとっては勝手知ったる王宮であるが、アナスタシアにとっては初めて足を踏み入れる場所である。うっかり近道したり、懐かしさのあまりについ庭園に寄り道したりしたかったが、ぐっとこらえて我慢の子である。

「アーギス王家第三王女、アナスタシア姫のご入場でございます」

 高らかなコールとともに大扉が開かれ、アナスタシアは静々と謁見の間に足を踏み入れた。
 かつて幾度も公式行事で利用した、そしてあの時に天井付近から一部始終を見ていたあの謁見の間は、記憶の中のそれとほとんど変わっていなかった。強いて言えば絨毯やカーテンが新しくなっているのと、王の個人旗がバシレイオス王のものでないこと、あとは玉座に座る人物を含めてこの場に集った政務閣僚をはじめとする面々の顔ぶれが異なること、その程度である。

 まああれから18年ですものね。知った顔がなくても当然ですわね。
 などと思いつつ、何食わぬ顔でアナスタシアは腰の前で手を重ね、やや頭を下げて敬礼の姿勢を取る。すぐにでも顔を上げて玉座に座るカリトン王の顔を見上げたかったがぐっと我慢。なお、アナスタシアはカリトンの臣下ではないため、最敬礼に相当する蹲踞そんきょ礼は取らない。王の声かけのあとに姿勢を戻して、通常通りの淑女礼カーテシーで挨拶する予定である。

 だというのに、いくら待っても王からの声掛けが来ない。さすがに本国王家の姫といえども王の許しなしに姿勢を戻せないため、目線は階の最下段に固定するしかなく玉座の様子が分からない。

「…………ああ、済まないアナスタシア姫。どうか姿勢を楽になされよ」

 ようやく声がかかり、アナスタシアは敬礼を解いた。そのままスカートの両脇をつまんで膝を曲げ、優雅に淑女礼をしてみせた。

「お初にお目もじ致しますわ。アーギス王家第三王女、アナスタシア・ル・ギュナイコス・アーギスにございます。ご機嫌麗しゅう、カリトン王陛下」

 この時視線は下げなかった。本来なら王の玉顔を見てはならない決まりだが、我慢しきれず彼女は王の顔を盗み見た。

(えっ嘘やだカッコいいわ……!)

 そこにいたのは35歳の壮年王。18年前、17歳の頃は線の細い、儚げで優しい少年の面影を残していた彼は、今やすっかり大人の男性になり、身体つきも一回り大きくなったように見える。淡い桃色だった髪はくすんだ暗めの色合いになり、年相応の落ち着きを醸し出していた。
 そして何よりもその表情。キリッと引き結ばれた口元に、やや目立つ目尻の小ジワ。眉間に刻まれた深い皺は即位以降の艱難を物語るようで、それでいて眼差しはあの頃と同様に穏やかなままだ。
 その穏やかな眼差しが、真っ直ぐにアナスタシアを見つめていた。目線が合ってしまったことに気付いて、アナスタシアは慌てて目線を下げた。

(き、聞いてないわ!カリトン様があんなにカッコよくなっているなんて……!)

 誰も言ってないのだから知るわけがない。アナスタシアの方から申し込んだ婚約だから、彼から釣書と肖像が送られてきたわけでもないし、実際にまみえた時の楽しみにと、アナスタシアは彼の肖像画も一度も取り寄せなかった。
 心臓がドキドキして止まらない。若い頃の儚げな優しい雰囲気が好きだったけれど、艱難辛苦を経て苦労と苦悩を顔に刻んだ今の姿もカッコいい。全然違うベクトルで、どっちもすごくステキ。甲乙つけがたい。
 そして暴れる心臓をなだめるのに必死だった彼女は気付かなかった。アナスタシアと目が合った直後のカリトンが、僅かに目を見開いて震えていたことに。

「え、遠路はるばるようこそお越し下さったアナスタシア姫。明日の入院式の準備もあろうし、今日のところはゆっくり休まれよ。歓迎の宴は日を改めて執り行うゆえ、楽しみに待たれよ」
「は、はい。陛下のご厚情痛み入ります」

 目線を合わせられず、俯き加減で礼を述べて、それで短い謁見は終わった。王は玉座の後ろの専用扉から退出し、アナスタシアは再び開かれた大扉から外に出た。ゆっくり休めとの王の言葉があったため、居並ぶ廷臣たちも誰も挨拶に来なかった。
 その廷臣たちの中にカストリア侯爵アカーテスの顔があったことにも、彼女は気付かなかった。


「大変!大変よディーア!」
「ど、どうなさったのですか姫様!?」
「大変って、何か問題でもございましたか!?」
「違うのよエリッサ!陛下が、カリトン陛下がカッコいいの!」

「「………………はい?」」

 思わず首を傾げるディーアとエリッサ。彼女たちは20代も半ばに差し掛かっていて、だがアナスタシアへの側仕えを優先してまだ婚姻に至っていなかった。それで今回もアナスタシアに付いてマケダニアまで来られたわけだが、彼女たちにしてみれば自分よりとお以上も歳上の男性にときめく事はない。どれほど見目が麗しくても恋愛対象とは考えない。
 それなのに、自分たちより10歳以上も歳下のアナスタシアが、謁見を終えて与えられた客室に戻ってくるなり大興奮で大騒ぎなのだから、首を傾げるのも無理はない。そもそも5歳のあの日以降のアナスタシアは、こんなに大騒ぎするようなこともほとんどなくなっていたのだから尚更である。
 ちなみにイオレイアは伯爵夫人でもあるのでマケダニアには付いて来ず、アカエイア王宮で王妃オイノエー付きに異動になっている。

「なんだか、ご幼少のみぎりの姫様をちょっと思い出しますわ……」
「本当に。わたくしも同じことを考えていたわ」

「それで、姫様。カリトン王陛下がどのようにカッコ良かったのですか?」
のよ!」

「「し……渋い……?」」

「そうよ、渋いの!艱難辛苦を乗り越えてきた大人の色気っていうのかしら?ご即位なさってからここまでの悲喜こもごもがおもてに出ていらっしゃるというか!目尻の小ジワなんてさすがにお歳をお召しになったのが窺えるけれど、バシレイオス陛下にもやっぱり少し似ていらして!⸺ああ、そうだわ。のバシレイオス陛下とほぼ変わらないお歳ですものね!やっぱり親子でいらっしゃるわあ」

「いえ……姫様、バシレイオス前陛下にもお会いした事ないはずですよね?」
「そんな細かいことどうでもいいのよ!」
「「いえ、どうでもよくありませんが!?」」

 バシレイオスが退位したのはアナスタシアが生まれる四年前のことである。それなのに何故
 というか、20代半ばのディーアやエリッサでさえバシレイオス王の容姿など絵姿でしか知らないのに。

「……あっ。姫様はバシレイオス王の絵姿をご覧になったのですね?」

「えっ」

 興奮のあまり、自分がバシレイオス王の容姿を知っているはずなどないことを忘れていたアナスタシアは、ディーアのその勘違いに乗っかることにした。

「…………っあ、そ、そう!そうなの!」
「やはりそうでしたのね!」

 その時、部屋の扉がノックされた。気付いたエリッサが素早く扉を開けて応対する。彼女は二、三言応答すると扉を閉めて、アナスタシアの元へ戻ってくる。

「カリトン陛下の御使者が参られました。姫様にお話があるとの事で、内宮の第三応接室でお会いになるそうです」

「そう、分かったわ。すぐに参りますとお伝えして」
「畏まりました」

(今夜はゆっくり休めと仰せだったのに、カリトン様のお気が変わられたのかしら?)

 カリトンの思惑が読めないのが気にはなるが、おそらく婚約に関する話なのだろう。私的な話になるので応接室で会うのも納得できる。さすがにオフィーリアの生まれ変わりだというのはすぐには話せないだろうが、もしかすると気付いてもらえるかも知れない。
 というかそれ以前に、応接室だと謁見の間よりもずいぶん距離が近くなる。これは至近距離でカリトン様のお姿を堪能するチャンスでは!?

 エリッサは先触れの使者にアナスタシアの返答を伝え、それからディーアとともにアナスタシアの衣装と化粧を手早く整えた。
 そうしてアナスタシアはふたりの侍女を伴って、指定された応接室に向かったのだった。





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