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【公女が死ぬまで】

08.ミエザ学習院

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 マケダニア王国の誇る〈ミエザ学習院〉は王都サロニカの郊外に広大な敷地を持つ。建屋は真ん中に中央棟を囲んで三方に教室棟、残る一方に大講堂、それに中央棟と各教室棟を繋ぐ回廊とで成り立っている。そのほか敷地内には、騎士科の使う教練広場や魔術科の所有する魔術演習場などがある。
 教室棟は三階建て、中央棟は四階建てで、遠目からは5つの建物が寄り添っているような外観に見える。中央棟には教職員室のほか事務室、院長室、学生会室、演奏室、医務室、食堂とカフェテリアテイオポリオ、ダンスの講義や夜会にも対応した多目的ホールや応接室などがある。教室棟はそれぞれ棟ごとに各学年の専用で、各棟とも一階は一般教室タクスィ、二階は上等教室、三階は優等教室と成績で分けられ、それぞれに所属する学生たちの教室と各種専用室が備わっている。

 オフィーリアは三回生、15歳で最終学年の優等教室の学生である。彼女は入試を首席で突破して優等学生となり、それ以降どの学年でも優等から落ちたことがない。
 そしてそれは、婚約者であるボアネルジェスも同じであったのだが⸺。

「殿下は、本日もまたお休みになられてますの?」
「いや、どうだろう。登院しておられるとは思うのだが」
「……殿下は、確か一回生でも二回生でも皆勤であられた……よな?」

 級友たちのヒソヒソとした話し声が聞こえる。まあ正確には、オフィーリアが[強化]の魔術で聴力を上げて聴き取っているのだが。

(……よろしくありませんわね)

 オフィーリアは内心でため息をつくほかはない。表向きには彼女と首席争いをしているはずのボアネルジェスは、実のところ気が向いた時にしか授業に出てこないのだ。
 それを指摘するたびに彼は「なに、成績など前後期の試験の結果で決まるのだから、試験さえ対処しておれば良い!」などと言って笑い飛ばすのだが、授業にも出てこないのに試験の結果だけが優れている彼のことを、他の学生たちがどう思うのか考えたことがあるのだろうか。

 そう。ボアネルジェスには実は、自らの成績を改竄しているのではないかという噂が密かに流れている。それが事実であれば大問題だし、事実でなくともそんな風評を立てられるだけで経歴に傷がつきかねない。
 だが実際のところ、彼は成績改竄のような不正などしていない。彼はただ、試験のたびに自身に代わって完璧に試験対策をしたオフィーリアの回答を、魔術を用いてそのままだけだ。ただし、たまに自分で分かると思ったところを勝手に書き足したりするせいで、彼の成績はオフィーリアと同等になることはあっても上回ることはないのだが。

 ただ、授業には気が向かなければ出てこない彼だが、実は学習院には毎日登院している。行かずに王宮にいれば父王に報告されてしまうというのも理由のひとつだが、それとは別に、彼には学習院に通う理由がある。
 そのことも、オフィーリアは知っていた。風貌も体格も雄々しい彼は、彼に憧れる数多の貴族子女、つまり女学生たちに囲まれていて、院内では常に女学生を侍らせているのだ。それは他の学生の噂を耳にするまでもなく、オフィーリア自身も何度も目撃して知っていることだ。

(今頃、どこでどなたと何をやっておいでなのかしらね、殿下は)

 なんとはなしに、オフィーリアは窓の外を見る。教師が入室してきて、授業の開始を告げた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ボアネルジェスはその頃、ミエザ学習院の中央棟と大講堂の間にある中庭のガゼボのひとつに陣取っていた。

「相変わらず騒々しい女だったな」

 もう授業が始まるからと、慌ただしく辞去して教室に戻った少女の消えていった方向を見やりつつ、彼は不快感を隠そうともしない。相変わらず、姉の風評を貶めることにばかり熱心な娘だった。
 確かに見目はまあまあ良いが、血筋が良くない。聞けばカストリア公爵の娘だと言うが、カストリア公爵位が現在空位であることはボアネルジェスも当然知っていることだ。そしてそれは3年後に、疎ましい婚約者のものになるということも。

 去って行った少女、とはつまりテルマのことである。彼女は学習院へ登院するなりボアネルジェスの姿を探し求めて、今日もひとしきり陰口を叩いて行った。

 立太子が有力視される第二王子に向かって、その婚約者を悪しざまに罵ればどうなるか。そんな事にも気付かないあたりが粗忽という他はない。
 というかそもそも名を呼ばせる許可など出した憶えもないというのに、会えば必ず名を呼ぼうとするあたり、まともな教育も受けていない証左だろう。まあいい加減鬱陶しくなり一度たしなめたらその後は控えるようになったので、不興を恐れる程度の分別はあるようだが。

「もう少し血筋が良ければ、抱いてやっても良かったのだがな」

 だがそんな粗忽で貴族子女としてはテルマの瞳は、いつだってボアネルジェスへの恋慕を隠そうともしていなかったから、だから彼も表向き邪険には扱わない。恋慕されること自体は悪い気にはならないし、即位した暁には後宮へ加えてやってもよいか、くらいには思っている。

「……まあ。堂々と浮気の宣言ですか、ジェスさま?」

 そんなボアネルジェスの背後から、若い女の声がした。

「後ろから近付くなど、王族への暗殺を企図したと言われても言い逃れが出来んぞマリッサ?」
「うふふ。お優しいジェスさまは笑って許してくださるって、わたし知ってますもの」

 振り返りもせずに口先だけで咎めるボアネルジェスに答えながら、ガゼボを回り込んで入り口から入ってきたのは、蜂蜜色の柔らかな髪をふわりと風になびかせたひとりの美少女だった。ひとつ歳下の二回生で、一般教室に属する男爵家の庶子マリッサである。
 マリッサはここ最近、ボアネルジェスが気に入って側に侍らせている女子学生のひとりで、最近とみにボアネルジェスと行動をともにすることが増えてきていた。
 ガゼボ中央に設えられた大理石のテーブルを回り込んで、マリッサは当然のようにボアネルジェスの左側に腰を下ろした。

「我だから許してやっておるのだぞ?本来ならば手打ちにされても文句は言えんのだからな?」
「はぁい。気をつけまぁす」

 そう気のない返事をしつつもマリッサはボアネルジェスの逞しい肩にしなだれかかる。それだけでそれ以上咎めなくなったあたり、ボアネルジェスも彼女には相当甘い。

「ねえジェスさまぁ」
「なんだ」
「わたし、ちょっと欲しいものがあってぇ」

 授業の開始時間だというのに、それに出ないボアネルジェスにしなだれかかって、何を言い出すかと思えばおねだりのようである。またか、と思いながらボアネルジェスは彼女が語るに任せた。
 彼女は具体的に思い浮かべているものがあるようで、取り留めもなくだらだらと話し続ける。途中で聞いていられなくなって、ボアネルジェスは通信鏡を取り出して政務局へと繋いだ。





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