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本編
10.破棄の代償(2)
しおりを挟む「そもそもの話、この状況で他の貴族たちが我が家に与すると何故言い切れる?」
「え、それは──」
「そなたがヴィクトーリア嬢へ理不尽な婚約破棄を突きつけ、決闘を申し込ませた上で卑怯にも母系の代理人を立てて勝利を掠め取ったこと、この城で働く多くの貴族たちが目にしておる」
「ひ、卑怯などと」
クラウスがタマラに決闘を受けさせたのは、それが受けなければならないものだったからだが、母系の縁者を代理人に立てたのはクラウスだ。どうしてもヴィクトーリアに勝てる代理人を立てたくてタマラから親族の情報を事細かに聞き出し、ジークムントと血縁関係にあることを確認した上で貴族典範を読み込んで、母系の代理人が禁止されていないことに目をつけたのだ。
そしてジークムントを呼び出して代理人を受けさせたのもクラウスだった。タマラとジークムントはそれまで一面識もなかったのに、そして母系の縁者であることを理由に彼が渋ったのにも関わらず、公太子として命じてまで無理に受けさせたのだ。
「代理人は男系の縁者に限る。暗黙の了解とはいえそれが習わしだ。明確に禁止されておらぬゆえに認める他はなかったが、あの場にいた多くのものが不満を抱いたであろうな」
「ですが、しかし」
「取り決めに無いから何をやっても許される、とでも言うつもりか?それを『卑怯』と言わずして何と言うのだ?」
言われて当然の指摘に、ついにクラウスは黙り込む。
「しかもそなた、魔術を用いたであろう?」
そう言われて、クラウスは驚きに目を瞠る。
「ああも多くの者の眼前で、よくもそのような恥知らずの不正をやれたものよな」
「わ、私は──」
「やっておらぬ、などと申すなよ?あの場には魔術師団の団長や副団長もおったのだぞ?魔力残滓を辿れば誰がいつどこで何の魔術を行使したかなど、隠しおおせるものではないわ」
確かにクラウスは魔術を用いた。
それは五色の魔力属性のいずれにも属さない“無属性魔術”と呼ばれる術式のひとつで、[停止]の術式であった。この術式は効果時間は一瞬だけだが、対象の動きを止めることができる。
彼はヴィクトーリアがなかなか敗北しないことに苛立ち、万が一勝たれてしまっては困ると感じ、焦って咄嗟に詠唱してしまったのだ。まさかあれほど劇的な効果が得られるとは思いもよらなかったが、二度の使用でヴィクトーリアを瀕死に追い込めたことで、誰もクラウスが魔術を使ったことを気にかける余裕などあるはずもない、と思っていたのだが。
「あ……あ……あ……」
「フン。もはや否定も言い訳も出せぬか」
公王の目はどこまでも冷たくなる。もはやそれは息子に向けるものではなく、汚らわしい罪人を見る目つきであった。
「理不尽に婚約破棄され血の盟約までも反故にされた辺境伯家に同調する貴族は多かろうて。しかも我が公王家が卑怯にも母系の代理人を立てた挙げ句、魔術行使の不正までやってのけたのだ。
そのような卑怯な王家に、それでも味方してくれる家門があるといいがな」
もはやクラウスは蒼白になって震えるばかりである。
「ああ、それとな」
トドメと言わんばかりに公王が口を開く。
「もしもエステルハージ家が全領全軍を挙げてマジャルに降ったら、どうなると思う?」
「……………ひっ!?」
もはや掠れた悲鳴しか出なかった。
そんなことになれば、アウストリーの全土はなすすべ無くマジャル軍の侵略者たちに蹂躙されてしまうだろう。古代ロマヌム帝国の後裔を称する八裔国のひとつ、栄えあるアウストリー公国の命運も儚く潰えてしまうことになる。しかもその破滅の侵掠の先頭に立つのはエステルハージ家の当主ウルリヒと、その娘のヴィクトーリアになるのだ。
そこまで想像して、ようやくクラウスは自分が何をやらかしたのか、明確に理解することになった。
「だからいつもあれほど言っておったのだ。ヴィクトーリア嬢を大事にいたせ、東方辺境伯家を蔑ろにするな、と」
まあ今さら気付いたところで詮ないことだがな、と公王は力なく嗤った。クラウスは一言も返せなかった。
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