10 / 25
本編
10.破棄の代償(2)
しおりを挟む「そもそもの話、この状況で他の貴族たちが我が家に与すると何故言い切れる?」
「え、それは──」
「そなたがヴィクトーリア嬢へ理不尽な婚約破棄を突きつけ、決闘を申し込ませた上で卑怯にも母系の代理人を立てて勝利を掠め取ったこと、この城で働く多くの貴族たちが目にしておる」
「ひ、卑怯などと」
クラウスがタマラに決闘を受けさせたのは、それが受けなければならないものだったからだが、母系の縁者を代理人に立てたのはクラウスだ。どうしてもヴィクトーリアに勝てる代理人を立てたくてタマラから親族の情報を事細かに聞き出し、ジークムントと血縁関係にあることを確認した上で貴族典範を読み込んで、母系の代理人が禁止されていないことに目をつけたのだ。
そしてジークムントを呼び出して代理人を受けさせたのもクラウスだった。タマラとジークムントはそれまで一面識もなかったのに、そして母系の縁者であることを理由に彼が渋ったのにも関わらず、公太子として命じてまで無理に受けさせたのだ。
「代理人は男系の縁者に限る。暗黙の了解とはいえそれが習わしだ。明確に禁止されておらぬゆえに認める他はなかったが、あの場にいた多くのものが不満を抱いたであろうな」
「ですが、しかし」
「取り決めに無いから何をやっても許される、とでも言うつもりか?それを『卑怯』と言わずして何と言うのだ?」
言われて当然の指摘に、ついにクラウスは黙り込む。
「しかもそなた、魔術を用いたであろう?」
そう言われて、クラウスは驚きに目を瞠る。
「ああも多くの者の眼前で、よくもそのような恥知らずの不正をやれたものよな」
「わ、私は──」
「やっておらぬ、などと申すなよ?あの場には魔術師団の団長や副団長もおったのだぞ?魔力残滓を辿れば誰がいつどこで何の魔術を行使したかなど、隠しおおせるものではないわ」
確かにクラウスは魔術を用いた。
それは五色の魔力属性のいずれにも属さない“無属性魔術”と呼ばれる術式のひとつで、[停止]の術式であった。この術式は効果時間は一瞬だけだが、対象の動きを止めることができる。
彼はヴィクトーリアがなかなか敗北しないことに苛立ち、万が一勝たれてしまっては困ると感じ、焦って咄嗟に詠唱してしまったのだ。まさかあれほど劇的な効果が得られるとは思いもよらなかったが、二度の使用でヴィクトーリアを瀕死に追い込めたことで、誰もクラウスが魔術を使ったことを気にかける余裕などあるはずもない、と思っていたのだが。
「あ……あ……あ……」
「フン。もはや否定も言い訳も出せぬか」
公王の目はどこまでも冷たくなる。もはやそれは息子に向けるものではなく、汚らわしい罪人を見る目つきであった。
「理不尽に婚約破棄され血の盟約までも反故にされた辺境伯家に同調する貴族は多かろうて。しかも我が公王家が卑怯にも母系の代理人を立てた挙げ句、魔術行使の不正までやってのけたのだ。
そのような卑怯な王家に、それでも味方してくれる家門があるといいがな」
もはやクラウスは蒼白になって震えるばかりである。
「ああ、それとな」
トドメと言わんばかりに公王が口を開く。
「もしもエステルハージ家が全領全軍を挙げてマジャルに降ったら、どうなると思う?」
「……………ひっ!?」
もはや掠れた悲鳴しか出なかった。
そんなことになれば、アウストリーの全土はなすすべ無くマジャル軍の侵略者たちに蹂躙されてしまうだろう。古代ロマヌム帝国の後裔を称する八裔国のひとつ、栄えあるアウストリー公国の命運も儚く潰えてしまうことになる。しかもその破滅の侵掠の先頭に立つのはエステルハージ家の当主ウルリヒと、その娘のヴィクトーリアになるのだ。
そこまで想像して、ようやくクラウスは自分が何をやらかしたのか、明確に理解することになった。
「だからいつもあれほど言っておったのだ。ヴィクトーリア嬢を大事にいたせ、東方辺境伯家を蔑ろにするな、と」
まあ今さら気付いたところで詮ないことだがな、と公王は力なく嗤った。クラウスは一言も返せなかった。
50
お気に入りに追加
332
あなたにおすすめの小説

子爵家三男だけど王位継承権持ってます
極楽とんぼ
ファンタジー
側室から生まれた第一王子。
王位継承権は低いけど、『王子』としては目立つ。
そんな王子が頑張りすぎて・・・排除された後の話。
カクヨムで先行投降しています。

婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話
Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」
「よっしゃー!! ありがとうございます!!」
婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。
果たして国王との賭けの内容とは――
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

旅の道連れ、さようなら【短編】
キョウキョウ
ファンタジー
突然、パーティーからの除名処分を言い渡された。しかし俺には、その言葉がよく理解できなかった。
いつの間に、俺はパーティーの一員に加えられていたのか。

俺だけ2つスキルを持っていたので異端認定されました
七鳳
ファンタジー
いいね&お気に入り登録&感想頂けると励みになります。
世界には生まれた瞬間に 「1人1つのオリジナルスキル」 が与えられる。
それが、この世界の 絶対のルール だった。
そんな中で主人公だけがスキルを2つ持ってしまっていた。
異端認定された主人公は様々な苦難を乗り越えながら、世界に復讐を決意する。
※1話毎の文字数少なめで、不定期で更新の予定です。
いい子ちゃんなんて嫌いだわ
F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが
聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。
おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。
どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。
それが優しさだと思ったの?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる