破棄から始まる下克上

杜野秋人

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本編

9.破棄の代償(1)

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「本当に、ヴィクトーリア嬢との婚約を破棄するつもりか」

 公城の最奥部、公王の執務室に呼び出され、渋り切った顔の父王にそう問われて、公太子は自信満々に答えた。

「もちろんそのつもりです。二言はありません。
あんななど我が妻として、我が公爵家の妃として相応しくありません!もっと相応しき貴顕の血筋をこそ娶るべきです!」

 自信に満ちたその顔を見て、後継者として手塩にかけて育てたはずの男が実は何ひとつ理解していなかったのだと、公王は理解せざるを得なかった。

「おまえは、我が国を滅ぼすつもりなのだな」

「………は?父上は何を仰せなのですか?」

「東方辺境伯がこのまま引き下がることくらい、解らんのか?」
「もしもごちゃごちゃと不満を述べたてるようであれば、公王家の威光をもって黙らせれば済むではありませんか」

 やはり公太子は解っていない。
 公王家と辺境伯家がだということが。

「では、聞こうか。もうここ十数年も我が国の軍事を一手に引き受け続けている、我が国最高の軍事力を抱えて我が国最大の領土を持つ、東方辺境伯エステルハージ家を如何にして押さえるか………いや、違うな。でどうやれば押えられるのか、果たして抑えられるものか、そなたの考えを聞こう」

 クラウスは、ちょっと何言ってるか分かんないといった表情を少しだけ浮かべたあと、真顔で答えた。

「そんなもの、我が国の筆頭貴族である四大侯爵家と北方辺境伯、南方辺境伯の軍勢を結集し、もしも足りないようなら他の貴族たちの私兵も拠出させれば良いでしょう?東方辺境伯がどれほどの軍勢を持つかなど考えるまでもなく、一家門と他の全家門との戦いになるのですから、問題なく討ち滅ぼせるでしょう!」

「……………バカめ」
「は?」
「バカめ、と言ったのだ」

 公王はやれやれ、といった様子で冷めた目を愚息に向ける。

「四大侯爵家で軍勢を持つのは公都防衛を担うグーゼンバウアー家のみ、兵数は10万に満たぬ。北方辺境伯はブロイスやルーシの侵攻に備え、南方辺境伯はエトルリアと交戦中でどちらも一兵も動かせぬわ。そして他の貴族たちの持つのはほとんどが私兵に過ぎず、常備兵力はそれぞれ万に満たぬであろうよ」 

 そこで公王はわざわざ言葉を切って、またしても愚息に蔑んだ目を向ける。
 その目を向けられるたび、クラウスの心が冷えていく。

「我が国が国家として常備する兵力は30万といったところか。予備兵まで招集しても40万には届かぬであろうな」
「そ、それだけあれば充分では?」

「百万だ」

「………は?」

「昨年報告のあった東方辺境伯の保有兵力だ」

 ひゃくまん。
 公国の常備兵力の3倍以上。
 その事実に気付いて、クラウスの心がますます冷える。

「東方辺境伯はそれだけの兵力を有し、北方や南方にも援兵しておる。その上で仇敵マジャルを抑え、さらに魔獣や魔物の討伐隊まで組んでおる。対して公国兵力はもう10年は実戦を経験しておらぬ」
「…………。」
「戦慣れした多数の軍勢を、戦の経験のない少数の兵でどうやって抑えるのだ?あまつさえ『問題なく討ち滅ぼせる』だと?世迷い言も大概にいたせ」

「そ、そんな………ではなぜ東方辺境伯は反乱を」
「そこで“血の盟約”が活きるのだ」


 つまり、公王家が辺境伯家を尊重して対等と扱う限り、辺境伯家は反乱を起こすことなく未来永劫公王家に忠誠を誓う。それこそが“血の盟約”である。それを次期公王であるクラウスが独断で一方的に破棄したのだ。
 それが何を意味するか、さすがにクラウスでも分かる。東方辺境伯エステルハージ家の離叛である。





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