破棄から始まる下克上

杜野秋人

文字の大きさ
上 下
8 / 25
本編

8.決闘後の顛末

しおりを挟む


 崩れ落ちるヴィクトーリアの身体をジークムントが抱き止めたことで、ようやく我に返った立会人が勝敗を宣言し、一気に場が騒然となった。勝つと思われていたヴィクトーリアの無残な敗北、しかもどう見てものだ。
 決闘の結果とはいえ公太子の婚約者、それも国の重鎮たる辺境伯の娘を死なせたとあっては一大事である。居並ぶ観衆の中に魔術師団の治癒師たちもいたため、公王を筆頭にすぐさまヴィクトーリアとジークムントの元へ駆け寄ろうとする。

 だがその彼らに対して、公太子クラウスが宣言したのだ。勝者の権利を行使する、と。

 クラウスはヴィクトーリアへの治療を認めないと吠えた。公太子じぶんに逆らって決闘まで持ち出したのはヴィクトーリア自身であり、その結果死ぬことになろうともそれはと。そして当初の予定通りヴィクトーリアとの婚約を破棄し、タマラを婚約者とすると言い放ったのだ。
 だがそれに否を唱えたのがジークムントだった。勝者は自分であり、と。そして彼は勝者としてヴィクトーリアの治療を求め、と鋭い口調で命じた。クラウスが勝者の権利を持つタマラに何か言わせようとしても、ジークムントは代理人として受けた以上、勝者の権利も自分にあると主張して譲らなかった。

 ただ、それでもタマラが、というかタマラに言わせたクラウスの決闘前の主張はそのまま認める他はなかった。彼とヴィクトーリアとの婚約は当初の予定通り破棄され、タマラが新たに公太子の婚約者となり、公王家と辺境伯家の血の盟約もまた破棄された。それだけでなくクラウスはヴィクトーリアを公太子に楯突いた罪人として、地下牢へ放り込めと命じたのだ。
 そしてそれは決闘の結果であるがゆえに公王でさえ覆せず、思惑通りに望みを叶えたクラウスの高笑いがいつまでも教練場に響いていたという。


「あの場で殺してやれればどんなに良かったか」

 ギリ、と音が鳴るほど強く奥歯を食いしばり、ルイーサが不敬を口にする。彼女は若い頃から特別な訓練を受けていて、普段はヴィクトーリアの専属侍女を務めつついざという時の護衛も兼ねるである。しかもヴィクトーリアと同じ師匠たちの元で学んだ姉弟子でもあった。歳は21、ヴィクトーリアの5つ上である。

 ヴィクトーリアは斬り飛ばされたはずの右腕をそっと持ち上げ眺める。右袖は肘先からなくなっていて血がこびりついたままになっているが、その先に自分の右腕が、失われた時の傷跡も生々しいままで
 何となく拳を握り、開いてみる。動くには動くがぎこちなく、痛みを伴った。

 ジークムントが命じたとおり、決着がついたその場ですぐさまヴィクトーリアの胸が開かれて[治癒]の魔術で傷の手当が行われ、斬り飛ばされた右腕の肘から先も[治癒]で癒着が試みられた。公国の誇る魔術師団の魔術師たちの素早く的確な処置のおかげで彼女は一命を取り留め、右腕も元通りとはいかないまでも癒着は成功した。回復訓練リハビリ次第では元のように剣を振るうことも可能だろう、という話だ。


 ヴィクトーリアはそこで初めて、周囲に目を向けた。冷たい石壁に、石の天井。自分が寝かされているのは古く固い簡易寝台で、ルイーサの向こうには鉄格子も見える。

「………そうか、ここは地下牢か」
「はい。申し訳ありません」

「だが、それならそなたは?」

 ここが公城の地下牢であるのならば、そもそもルイーサが何故ここにいるのか。いかにヴィクトーリア専属の護衛侍女とはいえ、そうやすやすと忍び込めるような場所ではないはずだ。

「ご安心を。お嬢様に同情し、殿下に反感を抱いた者は多いのです。ですからわたくしが便ことなど造作もありません。そもそも公王陛下が殿下に異を唱えておられますし」

 ヴィクトーリアの疑問に、ルイーサは微笑わらって答えた。
 だがそれでも、いつまでも忍び込んでおくことはできないともルイーサは語った。そして子細を報告するためにも、一度辺境伯領へ帰らなければならないと言う。

 側を離れている間は信頼できる者に後を頼むつもりだが、それでもお嬢様のことが心配だ、と嘆く侍女に対して、辺境伯領へ帰るのならばとヴィクトーリアは言伝を頼むことにした。自分は無事であるから心配しないで欲しい、と。
 ただそれでも、瀕死の状態から脱したとはいえ彼女は重体のままでまともに動くことさえ難しい。到底療養には向かない不衛生な環境ではあるが、ルイーサの言葉が事実ならすぐに処刑される可能性は低いだろうし、彼女が戻ってくるまで身体を休めることくらいは可能だろう。
 可能な限り早く戻って来ますから、と拳を握るルイーサに対して、無理はしなくていいから、と念押ししてヴィクトーリアは彼女を送り出した。本当に牢番を味方につけているようで、彼女は後ろ髪を引かれつつも出て行った。


 さて、それでは少しだけ休むとするかな。
 そう思い定めてヴィクトーリアは備え付けの硬い寝具に身体を横たえ目を閉じた。確かに劣悪な環境ではあるが、辺境伯領で魔獣を討伐しつつ何日も野営した時に比べればいかほどのこともなかった。だってここは雨風は凌げるし、石壁と鉄格子にのだから。
 だが何となく、ジークムントの顔が脳裏に浮かんで、つい彼に会いたいと思ってしまった。きっと彼のことだから瀕死の重傷を負わせたことを気に病んでいるだろうし、貴方のせいではないと、むしろ命を救ってくれて感謝していると、早く言ってやりたかった。
 そしてそんなことを望みつつ、彼女はゆっくりと眠りに落ちていった。





しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

子爵家三男だけど王位継承権持ってます

極楽とんぼ
ファンタジー
側室から生まれた第一王子。 王位継承権は低いけど、『王子』としては目立つ。 そんな王子が頑張りすぎて・・・排除された後の話。 カクヨムで先行投降しています。

婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話

Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」 「よっしゃー!! ありがとうございます!!」 婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。 果たして国王との賭けの内容とは――

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

旅の道連れ、さようなら【短編】

キョウキョウ
ファンタジー
突然、パーティーからの除名処分を言い渡された。しかし俺には、その言葉がよく理解できなかった。 いつの間に、俺はパーティーの一員に加えられていたのか。

俺だけ2つスキルを持っていたので異端認定されました

七鳳
ファンタジー
いいね&お気に入り登録&感想頂けると励みになります。 世界には生まれた瞬間に 「1人1つのオリジナルスキル」 が与えられる。 それが、この世界の 絶対のルール だった。 そんな中で主人公だけがスキルを2つ持ってしまっていた。 異端認定された主人公は様々な苦難を乗り越えながら、世界に復讐を決意する。 ※1話毎の文字数少なめで、不定期で更新の予定です。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

処理中です...