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本編
8.決闘後の顛末
しおりを挟む崩れ落ちるヴィクトーリアの身体をジークムントが抱き止めたことで、ようやく我に返った立会人が勝敗を宣言し、一気に場が騒然となった。勝つと思われていたヴィクトーリアの無残な敗北、しかもどう見てもトドメまで刺されたのだ。
決闘の結果とはいえ公太子の婚約者、それも国の重鎮たる辺境伯の娘を死なせたとあっては一大事である。居並ぶ観衆の中に魔術師団の治癒師たちもいたため、公王を筆頭にすぐさまヴィクトーリアとジークムントの元へ駆け寄ろうとする。
だがその彼らに対して、公太子クラウスが宣言したのだ。勝者の権利を行使する、と。
クラウスはヴィクトーリアへの治療を認めないと吠えた。公太子に逆らって決闘まで持ち出したのはヴィクトーリア自身であり、その結果死ぬことになろうともそれは彼女の意思であると。そして当初の予定通りヴィクトーリアとの婚約を破棄し、タマラを婚約者とすると言い放ったのだ。
だがそれに否を唱えたのがジークムントだった。勝者は自分であり、公太子は勝者ではないと。そして彼は勝者としてヴィクトーリアの治療を求め、絶対に死なせるなと鋭い口調で命じた。クラウスが勝者の権利を持つタマラに何か言わせようとしても、ジークムントは代理人として受けた以上、勝者の権利も自分にあると主張して譲らなかった。
ただ、それでもタマラが、というかタマラに言わせたクラウスの決闘前の主張はそのまま認める他はなかった。彼とヴィクトーリアとの婚約は当初の予定通り破棄され、タマラが新たに公太子の婚約者となり、公王家と辺境伯家の血の盟約もまた破棄された。それだけでなくクラウスはヴィクトーリアを公太子に楯突いた罪人として、地下牢へ放り込めと命じたのだ。
そしてそれは決闘の結果であるがゆえに公王でさえ覆せず、思惑通りに望みを叶えたクラウスの高笑いがいつまでも教練場に響いていたという。
「あの場で殺してやれればどんなに良かったか」
ギリ、と音が鳴るほど強く奥歯を食いしばり、ルイーサが不敬を口にする。彼女は若い頃から特別な訓練を受けていて、普段はヴィクトーリアの専属侍女を務めつついざという時の護衛も兼ねる護衛侍女である。しかもヴィクトーリアと同じ師匠たちの元で学んだ姉弟子でもあった。歳は21、ヴィクトーリアの5つ上である。
ヴィクトーリアは斬り飛ばされたはずの右腕をそっと持ち上げ眺める。右袖は肘先からなくなっていて血がこびりついたままになっているが、その先に自分の右腕が、失われた時の傷跡も生々しいままで戻っている。
何となく拳を握り、開いてみる。動くには動くがぎこちなく、痛みを伴った。
ジークムントが命じたとおり、決着がついたその場ですぐさまヴィクトーリアの胸が開かれて[治癒]の魔術で傷の手当が行われ、斬り飛ばされた右腕の肘から先も[治癒]で癒着が試みられた。公国の誇る魔術師団の魔術師たちの素早く的確な処置のおかげで彼女は一命を取り留め、右腕も元通りとはいかないまでも癒着は成功した。回復訓練次第では元のように剣を振るうことも可能だろう、という話だ。
ヴィクトーリアはそこで初めて、周囲に目を向けた。冷たい石壁に、石の天井。自分が寝かされているのは古く固い簡易寝台で、ルイーサの向こうには鉄格子も見える。
「………そうか、ここは地下牢か」
「はい。申し訳ありません」
「だが、それならそなたは何故ここに?」
ここが公城の地下牢であるのならば、そもそもルイーサが何故ここにいるのか。いかにヴィクトーリア専属の護衛侍女とはいえ、そうやすやすと忍び込めるような場所ではないはずだ。
「ご安心を。お嬢様に同情し、殿下に反感を抱いた者は多いのです。ですからわたくしが便宜を図ってもらうことなど造作もありません。そもそも公王陛下が殿下に異を唱えておられますし」
ヴィクトーリアの疑問に、ルイーサは微笑って答えた。
だがそれでも、いつまでも忍び込んでおくことはできないともルイーサは語った。そして子細を報告するためにも、一度辺境伯領へ帰らなければならないと言う。
側を離れている間は信頼できる者に後を頼むつもりだが、それでもお嬢様のことが心配だ、と嘆く侍女に対して、辺境伯領へ帰るのならばとヴィクトーリアは言伝を頼むことにした。自分は無事であるから心配しないで欲しい、と。
ただそれでも、瀕死の状態から脱したとはいえ彼女は重体のままでまともに動くことさえ難しい。到底療養には向かない不衛生な環境ではあるが、ルイーサの言葉が事実ならすぐに処刑される可能性は低いだろうし、彼女が戻ってくるまで身体を休めることくらいは可能だろう。
可能な限り早く戻って来ますから、と拳を握るルイーサに対して、無理はしなくていいから、と念押ししてヴィクトーリアは彼女を送り出した。本当に牢番を味方につけているようで、彼女は後ろ髪を引かれつつも正面から堂々と出て行った。
さて、それでは少しだけ休むとするかな。
そう思い定めてヴィクトーリアは備え付けの硬い寝具に身体を横たえ目を閉じた。確かに劣悪な環境ではあるが、辺境伯領で魔獣を討伐しつつ何日も野営した時に比べればいかほどのこともなかった。だってここは雨風は凌げるし、石壁と鉄格子に守られているのだから。
だが何となく、ジークムントの顔が脳裏に浮かんで、つい彼に会いたいと思ってしまった。きっと彼のことだから瀕死の重傷を負わせたことを気に病んでいるだろうし、貴方のせいではないと、むしろ命を救ってくれて感謝していると、早く言ってやりたかった。
そしてそんなことを望みつつ、彼女はゆっくりと眠りに落ちていった。
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