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【レティシア12歳】
039.いろんな意味で危険な少女
しおりを挟む「アンドレさま、今日はどちらへ参りましょうか」
朝から呼び出して待ち合わせた街の唯一の広場の噴水の前で、ニコニコと満面の笑みでレティシアは言った。
「どちらへ、と言われましても」
呼び出されて、取るものも取りあえずやってきたアンドレは困惑を隠せない。あまり人目につく所でおおっぴらに会っていいとも思えないし、先触れが来て「今から」と告げられたせいで平服で来てしまっている。
とはいえ正装して来いなどと言われても困るのだが。というか、何故今日が非番だと知っていたのか。
レティシアにとっては、アンドレの勤務予定を調べるなど造作もないことである。というか彼のことなら何でも知りたいので、全部人を使って調べさせてある。勤務予定も交友関係も行きつけの酒場も、なんなら昨夜の食事内容まで知っている。
もはやちょっとしたストーカーだが、レティシア本人はそのヤバさにまだ気が付いていない。
「わたくし、セーに来てまだ間がないでしょう?どこに行けば何があるのか、まだよく分からないの。アンドレさま、ご案内してくださいますか?」
「うーん…」
案内しろと言われても、この小さな町にレティシアの喜ぶようなものがあるとも思えない。それこそ先日行ったカフェくらいしかないのだ。
商人通りには食材と日用品しか売っていないし、ルテティアのように劇場や音楽堂があるわけでもない。もちろん料亭もなくて、あるのは大衆食堂と居酒屋ばかりだ。
「何も街の中でなくともよいのです」
悩み始めたアンドレに、レティシアの方から助け舟が出された。
「ここはほら、街の周りに森や川がたくさんあるでしょう?落ち着いた、景色の良い場所などご存知ではないかと思いまして」
「………ああ、そういう所なら」
確かにそういった自然と触れ合うことはルテティアではなかなか得難い体験かも知れない。ルテティアにもブロワーニュの森があったが、あそこは人の手で完璧に管理された、いわば人工の森でしかない。そういった意味では、レティシアは本物の自然と触れ合った経験がないのではないか。
「ですが、そのような場所に行って万が一怪我でもなさったら…」
アンドレの脳裏に浮かんだのは、ノルマンド公爵家の首都公邸で話を聞いた“屋内運動場”である。わざわざそんなものを用意するほど体調管理に気を使われ、おそらく実際に怪我ひとつしてこなかったであろうレティシアを、果たして本物の自然の中に連れて行ってもいいのだろうか。森の中を歩けばどうしたって擦り傷くらいはできるし、虫や獣に驚かされる事も多い。なんなら魔獣だって出くわすかも知れない。
獣や魔獣くらいなら、灰熊でも出ない限りはアンドレが一緒にいれば問題なく守れるだろう。そして灰熊は、移住してきたのがレティシアだと分かった時点で西方騎士団の総力をもって周辺地域から一掃されている。だが小さな虫や枝葉で受ける傷までは防げないし、そういった小さな傷から病気になる事だってある。
「あっ、大丈夫ですよ」
「えっ?」
「わたくし、魔術も習いましたから。身体防御はバッチリです!」
両拳を胸の前で握りしめて、むん、と意気込むレティシア。魔術の使えない“魔力なし”のアンドレにとっては驚く他はない。
「そ、そのお歳でもう魔術を習い覚えているのですか!?」
「はい!」
通常、個々の魔術の術式を習うのは大学に入ってから、つまり13歳以降である。6歳からの幼年教育では魔力のなんたるかを学ぶだけで、それも人の身に誰しもが持っていること、生きていく上での活力や生命力として我が身を満たしていること、扱いを誤れば重大な事故になるから気をつけること、その程度しか教えられない。
具体的な魔力の性質とそのコントロール方法は、9歳から12歳までの中等教育に入って初めて学ぶのだ。そしてその基礎が修了しないことには魔術など教えてもらえない。具体的な個々の術式を学ぶのは、通常は大学に入る13歳以降のことであり、大学に進まない庶民であれば魔術の使える大人たちに師事して12歳から習い覚える者もいるが、それも生活に役立つ初歩の魔術だけだ。
なのにレティシアは、まだ12歳で戦闘にも転用できる高等魔術を身に着けているという。高位貴族のレベルの高い教育ではそれが当たり前なのか、それとも彼女がとりわけ優秀で予定よりもかなり先のカリキュラムに至っているのか、アンドレには判断がつかない。
「わたくし、とっても頑張りましたの!8歳から魔力のコントロールを学び始めて、10歳から術式の習得を許可されましたのよ。魔術のバラティエ先生にも、大層お褒め頂きました!」
「10歳から!?」
「はい!ほかの家庭教師の先生方にもとても優秀だと褒めて頂いて、今は14歳時のカリキュラムで学んでおりますの!」
「えええええ!?」
12歳にしてすでに14歳で学ぶべき所まで進んでいると聞かされても、にわかには信じられない。だが先日見せた彼女の所作や醸し出す雰囲気、それに再会してからの会話やマナー、言動の端々に垣間見えるあれやこれやを思い浮かべると、何故だかとても納得してしまう。
さすがは公女というべきか、それとも個人の資質がずば抜けているのか。なんにせよ恐るべき少女である。
「お、お嬢様は」
「はい?」
「天才だったのですね…」
「いやだわそんな、天才だなんて。少しだけ頑張っただけですわ」
頬を赤らめて、その頬に手を添えて照れる姿は相変わらず天使だが、それが嫌味にさえ見えないのだから逆にすごい。
「アンドレさまに褒めて頂けるなんて………わたくしもっと頑張れますわ!」
「いやこれ以上頑張らないで!?」
今でさえもう手の届かぬはるか高みに到達しているというのに、これ以上アンドレとの差を開いてどうするつもりなのか。その差が開けば開くほど彼女の望むアンドレとの婚約、そして婚姻が難しくなるばかりだというのに、本当に分かっているのかこの少女は。
とツッコむことさえすでに憚られる。本物の“天才”に圧倒されるばかりのアンドレであった。
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