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【レティシア12歳】

031.ドンマイ

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「お、お前、どうすんだその話」
「だから困ってるって最初に言ったじゃねえか」

 そう。困ったことがあってちょっと相談に乗ってほしい、と珍しくアンドレに言われたから、ジャックはわざわざ時間を作って彼を飲みに誘ったのだ。
 だがまさかこんな話だとは露ほども思っていなかった。こんなの相談されたってこっちが困る。

「いやそうだけどさあ、どうすんだよそれ」
「そんなの自分で答えが出せてたら相談なんかするかよ」
「だからって俺に話振るな!」
「だってお前以外誰もまともに聞いてくれんだろう!?」
「いやいや、こんな話は団長とか副団長に持って行けよ!」
「あの人たちに相談したところで『受けなさい』って言うに決まってんじゃねえか!」

 アンドレの所属するのは西方騎士団。所轄の地域に所領を持つ貴族たちの最高位がノルマンド公爵家だ。
 つまるところ、ノルマンド公爵家の意向に西方騎士団は逆らえないし逆らわない。

「……………子爵家実家には話通したのかよ?」
「言えるわけねえし、言ってもどうにもならん」

 ブザンソン子爵家はブルグント侯爵家の配下に当たるが、ブルグント侯爵家がノルマンド公爵家に逆らえるかといえば普通に考えても無理である。
 ちなみに今、ノルマンド公爵家に圧力をかけられそうな家はただひとつ、2年前から筆頭公爵家に上がったアクイタニア公爵家のみである。長女のブランディーヌ嬢が第二王子シャルルの婚約者に決定したことで、次代の外戚にほぼ内定したアクイタニア家が序列上は暫定的にノルマンド家を上回っている。
 だがアクイタニア公爵家の所領は南方騎士団の管轄にあって、西方騎士団所属のアンドレとはなんの繋がりもない。

「詰んだ………」

 テーブルに肘をついて両手で顔を覆って、この世の終わりみたいな声を出すアンドレ。

「……………気にするなドンマイ

 ジャックもそう声をかけるしかない。

「なんでそこアルヴァイオン語なんだよ。せめてしょうがないセ・ラヴィって言えよ」
「いやそっちの方が酷くないか?」

 アンドレとジャックは互いに顔を見合わせて、そしてどちらからともなく大きなため息を吐くのであった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ジャックと別れて部屋に戻ったアンドレは、改めて釣書を読んでみた。
 婚約を受けるならという前提で、ブザンソン子爵家への莫大な経済支援やアンドレの伯爵位陞爵、さらに希望するなら騎士を続けても構わず、社交の場にも必要最低限を除いて出なくてもいいと書いてある。アンドレにとってのデメリットはほぼないという、あり得ないほどの好条件だ。
 まあ強いてデメリットを上げるなら、伯爵へと陞爵することで貴族社会での風当たりが暴風化することだろうか。それはアンドレ自身はもちろん実家の子爵家にも吹き荒れることだろう。


『“大人”の私と“子供”のレティシア様は婚約できません』
『大人になった時、それでも私と婚約したいとお望みであれば、その時にまたお話しましょう』

 他ならぬ自分が言ったことだ。

『わたくしがおとなになったら、きしさまはこんやくしてくださいますか!』

 あの時、金色の瞳から大粒の涙を溢しながら彼女は叫んだ。
 だがまさか、彼女が本当に婚約に支障のない年齢まで想い続けるなどと、誰が考えるだろうか。


 別にレティシアが嫌いというわけではない。
 というか、好き嫌い以前の問題だ。


 結局、悩みに悩んで頭ハゲるかと思うくらいに悩み抜いて、アンドレは釣書に断りの返書を送った。
 大変ありがたいお話だが自分は騎士としてレティシア様に仕えたい、無限の将来を秘めた彼女をとりたてて才も地位もない自分に縛り付けることはしたくない、どうか公女として、相応しい伴侶を見つけて頂ければと思っている。
 そんなふうな文意で、でもあれこれと故事や引用を多用して失礼にならぬよう必死で考えた文面は便箋三枚にもなった。震える手で封筒に封をし、初めて使うセー男爵の蝋印を押して、街の逓信局から首都へと送った。





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