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【レティシア12歳】
030.釣書
しおりを挟む「…………なんだって?」
ちゃんと聞き取れたのに、それでも思わずジャックは聞き返してしまった。
今確かにノルマンド家と聞こえたような気がしたが、もしかすると聞き間違ったかも知れない。
「だから」
だがアンドレは、今度は聞き間違いようのない声量で口を開いた。
「ノルマンド公爵家の、レティシア様からの、釣書が来たんだ」
あー、そういやコイツ、ノルマンド公に気に入られて男爵になったんだっけ。
ジャックは知らない。アンドレがノルマンド家に呼ばれてセーを留守にしていた10日の間に、彼がレティシアに求婚されていたことを。だってアンドレ自身が誰にもそんな話をしていないのだから知っているわけがない。
だからアンドレとは親友と呼べる間柄のジャックでさえ、ノルマンド公自身が娘の命を救った彼を気に入って男爵位を授けたのだとしか思っていなかった。
「へ、へえ。良かったじゃねえか」
公爵家から婿に請われるなんて大変名誉なことだ。身分差は気になるが、向こうからの縁談なんだから迷うことなんてないだろう。
というかそもそも、身分の低いこちらが断れるわけもない。
「良かぁねえよ」
だというのに、アンドレは渋りきった顔をしていた。
「相手のレティシア様はまだ12歳だぞ」
「じゅっ…!?」
ノルマンド家唯一のお姫様の年齢を、この瞬間まで知らなかったジャックである。
念のために確認しておくと、アンドレは今年32歳である。ちなみに今はフェル歴671年の花季だ。
「それにノルマンド公はアンリ陛下の弟君で、レティシア様は先代ルイ陛下のお孫さんだ」
「王孫!?」
そういやそうだった。今のノルマンド公って先代ノルマンド公のお孫さんで、王妃になったノルマンド公女の代わりにノルマンド家を継いだんだっけ。
「いくら何でも身分が違いすぎるよ」
アンドレはげんなりと肩を落とす。もう諦めたと思ってたのになあ、とか何とか呟いている。
「しかも釣書の下の方の余白に小さく書いてあったんだ。『なんだったら断ってくれてもいいよ』って」
「………はあ!?」
釣書の余白にそんな落書きなんてできるわけがない。それが公爵家の釣書とあればなおさらだ。
そんなものにそんなことができる人物なんて、そんなのノルマンド公本人以外に存在するはずがない。
「ていうことは何か?ノルマンド公本人はこの縁談に乗り気でないってことか!?じゃあなんで釣書なんてわざわざ送ってきた!?意味が分かんねえ!」
そんなもの分かるわけがない。だってジャックはノルマンド公女がアンドレに口頭で婚約を申し込んだことを知らないのだから。
そしてアンドレのほうは正確に理解していた。2年前に手紙が届かなくなったのは、本人が書いていたとおりに忙しくなって手紙を書く時間が取れなくなっただけなのだと。そして婚約者を決めても誰からも『早い』と言われなくなる年齢まで我慢して、満を持して釣書を送ってきたのだと。
そう。レティシアは初恋を卒業したのでも何でもなかった。ただアンドレが逃げられなくなるまで潜伏して油断させていただけなのだ。しかも堂々と釣書を送ってきたあたり、アンドレが相変わらず婚約も結婚もしていないことなどとっくに調べてあるのだろう。
余白の落書きは、彼女を止められなかったノルマンド公オリヴィエのせめてもの抵抗の表れだ。だが公爵にできる抵抗なんてその程度でしかない。なんたって彼女は言い出したら聞かない子だ。
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