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【レティシア5歳】
023.お茶会(1)
しおりを挟む「それでね、こんどからわたくしのきょういくがかりになる方とお会いしたの。ロッチンマイヤーせんせい、とおっしゃるのですって」
「はあ」
「わたくしはまだ5さいなのだけど、少しはやめにおべんきょうをはじめなくてはならないの。リュクサンブールのほうからもきょういくがかりがお見えになって、そちらはシュワルツェネガーせんせい、とおっしゃるの」
「そうなのですか」
自分は今、何を聞かされているのだろう。何故、公爵家の庭園に設けられたガゼボでお姫様の話に付き合っているのか。
アンドレの嘘偽りのない、真摯な疑問である。
暑季上月の下週の昼下がり、陽射しは早くも身を焦がすような暑さになりつつあるがガゼボの屋根は広く、吹き抜ける風が暑さを和らげるため不快感はさほどない。
正確にはアンドレは、レティシアのおしゃべりに付き合っているわけではない。
彼女から正式にお茶会に招待されて、ふたりきりでお茶と会話を楽しんでいるのだ。
なんとビックリ、これがレティシアが初めて主催したお茶会である。
………と言えば聞こえはいいものの、要は彼女の淑女教育の一環としてのお茶会の練習に付き合わされているだけである。
ただ、練習しているだけのはずのレティシア本人は本当に楽しそうで、鈍いアンドレでもそういう体裁なのだとさすがに分かる。
分かるけども、彼女と一緒になって無邪気に楽しむ気分にはなれない。彼女のアンタッチャブルな血筋を理解してしまったこともあるし、何より少し離れた本館の一室の窓から執事長と侍女頭がじっと見ているのだ。隠れる素振りさえないので、もしもアンドレが不穏な動きでも見せようものならすっ飛んでくること請合いだ。
ちなみにガゼボの椅子は備え付けの大理石製で、アンドレの巨体が座ってもビクともしない。しないが、尻の下に敷いているクッションはすっかり潰れてしまってもう使い物にならないだろう。新品だと聞いているが、良かったのだろうか。
「………アンドレ、さま?」
「えっ、あっハイ」
「わたくしのおはなしは、たいくつでしたか?」
反応の鈍いアンドレの様子に、レティシアがこてんと首を傾げて聞いてくる。
「あっ、いいえ!公爵家のお姫様ともなると大変なんだなあ、と思いまして!」
ちょっとうわの空になっていたことを目ざとく察知され、慌ててアンドレは否定する。悲しませたりした日には、きっとオリヴィエの耳に入って氷の刃みたいな視線を向けられるに違いない。視線だけならまだいいが、あの娘溺愛公爵を怒らせたなら物理的に抹殺されてもおかしくない。
だからアンドレは、自分が5歳の頃はまだ勉強なんて考えもしないで、兄たちや近所の子供たちと野山を駆け回っていた、などという話を慌てて話す。
「おそとを、走るのですか?」
不思議そうにキョトンとするレティシア。きっと彼女の中には、野外を走り回るなんて行為は概念自体が存在しないのだろう。
「わたくしにもできるでしょうか」
とか思いきや、意外にも前向きのご様子。
いやいやいや!真似しようとか思わないで下さいね!下手に怪我でもされたら世にも恐ろしいことになりかねませんから!
「うんどうしつでなら、走ったことはあるのですけれど」
「う…うんどうしつ、ですか?」
聞けば別館に運動専用の広い部屋が設けてあるらしく、そこで兄たちも身体を動かして遊んだりしたらしい。レティシアは5歳になって初めて入室を許可されて、それで何度か走ってみたり、室内の器具を使って運動してみたりしたのだそうだ。
屋内運動場なんて、そんなものはアンドレの方に概念から存在しないので、そう聞いてもピンと来ない。来ないが、おそらく万全の安全対策が施されて怪我ひとつ負わないようにできているのだろう。
全く、高位貴族の金の使い方は想像を絶する。とはいえ王孫で大公の孫なら過保護になるのもやむなしだろうか。
「お姫様も大変なのですね………」
「なにが、でしょうか?」
まあこんな感じで、噛み合わないふたりであった。
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