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【レティシア5歳】
021.あまりに高すぎる壁
しおりを挟む「ああ、そんなに畏まらんでもよろしい。そなたはレティシアの恩人なのだから、我が国としても最大限の敬意を払って当然だしのう」
ほほほ、と鷹揚に笑うアンリ陛下。
「えっ、それは…どういう…?」
「なんじゃ、聞いておらんのか?」
そう言って陛下は訝しげに公爵を見る。
「あれ、君はレティシアの名乗りを聞いてたはずだよね?」
名乗りと言われれば彼女のフルネームのことだろう。あの時彼女は確か………
『わたくしはレティシア。レティシア・ド・ノルマンド・リュクサンブールともうします』
「……………リュクサンブール!?」
「そうとも。あの子は余の姪、父上の孫であると同時にリュクサンブール大公ギヨーム8世陛下の孫でもあるのじゃよ」
「僕の奥さんはユーリアと言ってね、ギヨーム8世陛下のひとり娘なんだ」
ただの公爵家令嬢、それどころかただの王孫ですらなかった。レティシアはこの西方世界でもっとも高貴な血筋のお姫様だったのだ。
リュクサンブール大公家はかつて西方世界の大半を支配下に収めていた世界帝国、古代ロマヌム帝国の皇帝家の血をもっとも濃く残す一族であり、ガリオン王国のすぐ北にあるリュクサンブール大公国の公王家でもある。
今でこそリュクサンブール大公国は竜角山地の南端、ガットラントと呼ばれる高原地帯を中心としたごく狭い地域だけを国土としているが、本来は現在のブロイス帝国南西部からベルガエール王国東部、ガリオン北部一帯を領有していた広大な公国だったのだ。
そして古代帝国皇帝の血筋の権威は国土が失われてもなお健在であり、リュクサンブール大公家は西方世界の大半の国の王族や高位貴族と縁戚関係を結んでいて、世界中から特別な尊崇を受けている。その直系ともなるとそこらの国王よりも高貴な存在と言えるのだ。
加えて言えば、リュクサンブール大公家は直系三親等内の全ての子女に大公位継承権を与えている。つまりギヨーム8世の孫であるレティシアもまた大公位の継承権を持つのだ。
「そ、そ、」
「そ?」
「そんな高貴なお姫様が、私に婚約者になれと!?」
「そういうことだよ」
いやいやいや!
畏れ多いどころの騒ぎじゃないじゃないですか!!
それ絶対ダメなやつ!!
「そうかい?まあそこまで気にしなくともいいんじゃないかな?レティシアは大公位にしろガリオン王位にしろ、継承順位はそこまで高くないからね」
「そうさな、まあ順当に行けばどちらも継ぐことはないじゃろうし」
「いや継がれたらこっちが困りますよ!!」
みるみる壁が積み上がって行く。
身分の差という壁が。
「ん?その言い方だと君はやっぱりレティシアのことを………?」
「あっいや、違います!俺は無理のままなんスけど姫様が諦めないだろうし、俺の身の置きどころとか立場の弱さとか根も葉もない噂が立つこととか考えると………っ!」
ハッ、と我に返るアンドレ。
テンパるあまり素の喋り方が出てしまっていたことに気付いたのだ。
見れば陛下も公爵もじっとアンドレを見ていた。それだけでなく、フルヴィエール侯もアウレリア夫人も殺意のこもった目でアンドレを睨んでいた。
「あ………いや、失礼しました………その、」
「はっはっは!それがそなたの“素”かの」
「ふうん、君普段はそんな口調なんだね」
「すすす、すみません!」
「よいよい。不敬は咎めんと言うたであろう?」
「でも陛下が兄上じゃなかったら、今頃君死んでたねえ」
「ひぃ!?」
「もー、オリーヴ。脅かすんじゃないよ」
「だから!オリーヴって呼ぶな!」
もうやだこの人たち。
早くおうちに帰りたい。
この時のアンドレの嘘偽らざる本音であった。
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