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【レティシア5歳】
019.追加の5人前
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6/26に用語解説に敬称について追記しました。未読の方はご確認下さい。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「全然足らない、という顔をしているね?」
苦笑しつつ言うオリヴィエの声に気付かれたかと青褪めたが、彼が手を叩くと新たな料理の皿を載せたワゴンを押したメイドたちがズラズラと入ってくる。載せられているのは庶民が通う大衆食堂で出されるような、つまりアンドレにも馴染み深い下々の料理の数々だ。しかも見るからに量が多い。
「君にも馴染みのある料理をと思って、うちの騎士団員にも確認して作らせた。君がその身体でどれだけ食べるか分からなかったからとりあえず5人分ほど用意させたが、どうだろうか」
「お気遣いありがとうございます。充分です」
本当はもう5人前ほど欲しいところだが、さすがにそんな贅沢など言えるわけがないので口には出さない。というかその巨体ゆえに衣服に金を使わざるを得ないアンドレは必然的に食費を削るしかなく、普段から腹五分以下で抑える癖がついていたため、多分きっとこれで満足できるはずだ。
ふと顔を上げると、今まで目にしたこともない大量で未知の料理の数々を目の当たりにしてレティシアもカミーユも目を見開いて驚いている。まあ公爵家のお坊ちゃんお嬢ちゃんでは無理もなかろう。だが隣を見ると副団長まで唖然としていた。いやアンタはこっち側でしょうに。
新しく用意されたカトラリーをもらい、アンドレはいそいそと食事を再開する。
やはり公爵家の取り澄ました華美な料理よりもこちらの方が自分にはしっくりくる。それに思う存分食べられるなんてずいぶん久しぶりだ。その思いは自然と振る舞いに出るもので、モリモリと食べ進めるアンドレをいつしか全員が食い入るように見詰めていた。
「おとうさま」
「なんだいレティ」
「わたくしも、あれを食べられるでしょうか……」
食卓の反対側の端でレティシアが、公爵家のご令嬢にあるまじきことを言い出した。あまりにアンドレが美味そうに食うので自分も食べたくなったらしい。
「うーん、レティにはまだちょっと早いかなあ」
早いも何も、まず間違いなく口に合わないはずだが。そう思ったがアンドレは食事中に喋ってはいけないだろうと思って何も言えない。
すると給仕役の侍女のひとりが公爵にそっと耳打ちして、頷きを得てから部屋を出てゆく。
しばらくして戻って来た彼女は新たに料理のワゴンを押していた。その上に蓋を被せた皿も載っている。
彼女がレティシアの前に皿を置いて銀の蓋を取ると、そこには小ぶりな丸パンに切れ込みを入れて朝鳴鳥の胸肉とレタスを挟み、ハニーマスタードで味付けしたサンドイッチがいくつも載っていた。
「ブザンソン様にお出し致しました朝鳴鳥の胸身の照り焼きを、シェフがサンドイッチに致しました。これならばお嬢様でもお召し上がりになれるかと」
レティシアの目が大きく見開かれ、その瞳がキラキラ輝いて、許可を得るかのようにオリヴィエの方を見る。
「レティ、ひとつだけだよ」
「よいのですかおとうさま!」
「もちろん。食べたいんだろう?カミーユもひとつ食べなさい」
オリヴィエはそう言いつつ、自分でも手を伸ばしてひとつ手に取る。
「まあ、たまにはこういうのもね」
そう言ってウインクする姿は、確かにイケメン王子のそれだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
晩食のあと、レティシアはアンドレと食後のお茶を楽しみたかったようだったが、もう比較的遅い時間だったこともあり、湯浴みして寝るようにと公爵に言われて、ジョアンナに連れられて渋々と部屋へ下がって行った。カミーユも同じように侍従に連れられて行った。
ちなみに彼女はサンドイッチを全部食べられなかった。元より貴族令嬢が食べ慣れない脂っこい料理だし、小さな胃袋で通常の食事を終えた直後だったのだから無理もない。それでも「アンドレ、さまはこのようなものをおめしあがりになるのですね…」と嬉しそうだったのが、やけにアンドレの脳裏にこびりついた。
一回一回、噛みしめるようにアンドレの名を呼んでいるのは全力で気にしないことにする。
「しかしまあ、あれはレティシアには食べさせられないな」
リビングに場所を移して、食後のお茶を嗜みながらノルマンド公オリヴィエがしみじみ言う。その点に関してはアンドレにも全く異論はない。
「まあ身体が資本の君ら騎士にとっては、ああいうのが身体を作るんだろうというのは解るんだがね」
「我らだけでなく、冒険者なども好みますね」
味よりもむしろ、値段と量の点から。
安くてたくさん食べられて、脂質と糖分が補充できるとなれば言うことはないのだ。
「なるほどねえ。
それで、明日の段取りだがね──」
その後、アンドレは夜中遅くまで叙爵式の段取りと立ち居振る舞い、それに受爵の口上をみっちり叩き込まれるハメになった。しかも明日になれば公爵家専属のスタイリストまで来るという。
「騎士礼装は持ってきてあるよね?」
「え、ええまあ。団長に持って行けと念を押されましたもので」
「よし、それさえあればあとは何とでもなるさ」
「なりますかね………?」
「なるとも。僕の推薦で執り行う式だからね!」
根拠はよく分からんが、とにかくすげえ自信だ。
さすが、王弟で筆頭公爵ともなると違うなあ。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
「全然足らない、という顔をしているね?」
苦笑しつつ言うオリヴィエの声に気付かれたかと青褪めたが、彼が手を叩くと新たな料理の皿を載せたワゴンを押したメイドたちがズラズラと入ってくる。載せられているのは庶民が通う大衆食堂で出されるような、つまりアンドレにも馴染み深い下々の料理の数々だ。しかも見るからに量が多い。
「君にも馴染みのある料理をと思って、うちの騎士団員にも確認して作らせた。君がその身体でどれだけ食べるか分からなかったからとりあえず5人分ほど用意させたが、どうだろうか」
「お気遣いありがとうございます。充分です」
本当はもう5人前ほど欲しいところだが、さすがにそんな贅沢など言えるわけがないので口には出さない。というかその巨体ゆえに衣服に金を使わざるを得ないアンドレは必然的に食費を削るしかなく、普段から腹五分以下で抑える癖がついていたため、多分きっとこれで満足できるはずだ。
ふと顔を上げると、今まで目にしたこともない大量で未知の料理の数々を目の当たりにしてレティシアもカミーユも目を見開いて驚いている。まあ公爵家のお坊ちゃんお嬢ちゃんでは無理もなかろう。だが隣を見ると副団長まで唖然としていた。いやアンタはこっち側でしょうに。
新しく用意されたカトラリーをもらい、アンドレはいそいそと食事を再開する。
やはり公爵家の取り澄ました華美な料理よりもこちらの方が自分にはしっくりくる。それに思う存分食べられるなんてずいぶん久しぶりだ。その思いは自然と振る舞いに出るもので、モリモリと食べ進めるアンドレをいつしか全員が食い入るように見詰めていた。
「おとうさま」
「なんだいレティ」
「わたくしも、あれを食べられるでしょうか……」
食卓の反対側の端でレティシアが、公爵家のご令嬢にあるまじきことを言い出した。あまりにアンドレが美味そうに食うので自分も食べたくなったらしい。
「うーん、レティにはまだちょっと早いかなあ」
早いも何も、まず間違いなく口に合わないはずだが。そう思ったがアンドレは食事中に喋ってはいけないだろうと思って何も言えない。
すると給仕役の侍女のひとりが公爵にそっと耳打ちして、頷きを得てから部屋を出てゆく。
しばらくして戻って来た彼女は新たに料理のワゴンを押していた。その上に蓋を被せた皿も載っている。
彼女がレティシアの前に皿を置いて銀の蓋を取ると、そこには小ぶりな丸パンに切れ込みを入れて朝鳴鳥の胸肉とレタスを挟み、ハニーマスタードで味付けしたサンドイッチがいくつも載っていた。
「ブザンソン様にお出し致しました朝鳴鳥の胸身の照り焼きを、シェフがサンドイッチに致しました。これならばお嬢様でもお召し上がりになれるかと」
レティシアの目が大きく見開かれ、その瞳がキラキラ輝いて、許可を得るかのようにオリヴィエの方を見る。
「レティ、ひとつだけだよ」
「よいのですかおとうさま!」
「もちろん。食べたいんだろう?カミーユもひとつ食べなさい」
オリヴィエはそう言いつつ、自分でも手を伸ばしてひとつ手に取る。
「まあ、たまにはこういうのもね」
そう言ってウインクする姿は、確かにイケメン王子のそれだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
晩食のあと、レティシアはアンドレと食後のお茶を楽しみたかったようだったが、もう比較的遅い時間だったこともあり、湯浴みして寝るようにと公爵に言われて、ジョアンナに連れられて渋々と部屋へ下がって行った。カミーユも同じように侍従に連れられて行った。
ちなみに彼女はサンドイッチを全部食べられなかった。元より貴族令嬢が食べ慣れない脂っこい料理だし、小さな胃袋で通常の食事を終えた直後だったのだから無理もない。それでも「アンドレ、さまはこのようなものをおめしあがりになるのですね…」と嬉しそうだったのが、やけにアンドレの脳裏にこびりついた。
一回一回、噛みしめるようにアンドレの名を呼んでいるのは全力で気にしないことにする。
「しかしまあ、あれはレティシアには食べさせられないな」
リビングに場所を移して、食後のお茶を嗜みながらノルマンド公オリヴィエがしみじみ言う。その点に関してはアンドレにも全く異論はない。
「まあ身体が資本の君ら騎士にとっては、ああいうのが身体を作るんだろうというのは解るんだがね」
「我らだけでなく、冒険者なども好みますね」
味よりもむしろ、値段と量の点から。
安くてたくさん食べられて、脂質と糖分が補充できるとなれば言うことはないのだ。
「なるほどねえ。
それで、明日の段取りだがね──」
その後、アンドレは夜中遅くまで叙爵式の段取りと立ち居振る舞い、それに受爵の口上をみっちり叩き込まれるハメになった。しかも明日になれば公爵家専属のスタイリストまで来るという。
「騎士礼装は持ってきてあるよね?」
「え、ええまあ。団長に持って行けと念を押されましたもので」
「よし、それさえあればあとは何とでもなるさ」
「なりますかね………?」
「なるとも。僕の推薦で執り行う式だからね!」
根拠はよく分からんが、とにかくすげえ自信だ。
さすが、王弟で筆頭公爵ともなると違うなあ。
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