上 下
20 / 57
【レティシア5歳】

016.無欲な恩人

しおりを挟む


「いやあ、一時はどうなることかと思ったけどね」

 爽やかな喜色満面の笑顔で、キラキラしいオーラをふんだんに撒き散らしながらそう言って、ノルマンド公オリヴィエは優雅にティーカップタサテを傾ける。
 場所は最初に案内された応接間。アンドレの隣にはこの部屋でひとり待たされていた副団長が座ったままだ。

 なおレティシアはあのあとボロボロ泣いて、アンドレに取り縋って抱っこしてもらった挙げ句にまたしても彼の腕の中で寝落ちしてしまい、今はジョアンナに抱えられて行って自室で眠っているはずだ。

「君が断ってくれてひと安心だよ」

 そう続けて、オリヴィエは静かにカップをソーサーに戻した。
 いや混乱を助長させた張本人が何言ってんの!?とアンドレはもちろん執事長セバスチャンも居並ぶ侍女たちも使用人たちも全員が心中ツッコんだが、実際に口に出した者はいなかった。
 まあそれを言えば、発端はアンドレの“騎士の宣誓”だったので、アンドレにだけは非難する資格はないかも知れない。

「まあ私としましては、公爵家唯一の公女様とのご縁なんて、畏れ多いというか身に余るというか何というか……」

 正直勘弁して欲しいですごめんなさい。たったこれだけの言葉を表現するのだけでもアンドレは四苦八苦である。
 無礼に当たらないように、相手の面子を潰さないように、それでいて意図したところがしっかり誤りなく伝わるように。そうした高位貴族特有の婉曲表現持って回った言い方には、全くもって慣れそうにない。

「いやあ、実のところ僕はレティシアが本当に愛する男とならば応援するつもりはあるんだよ?でもねえ、さすがに今回は唐突過ぎるというか」
「20も歳上の平民と変わらぬような騎士を選ぶなんてダメだ、と」
「いやそこまでは言ってないよ」

 そこまでは確かに言わなかったが、「お前なんか認めない」と発言した時点で言ったも同然である。
 そしてそのことを根に持ったレティシアに10日単位で完全無視されて、彼は思い余って自殺未遂までやらかすのだが、それはまた後の話である。


「まあそれはそれとして、君があの子の命の恩人なのは間違いないことだし、それに関してはとても感謝している。君が駆け付けてくれなければ、今頃あの子はデボラと一緒に母親の元へ旅立っていただろうからね」

 だから目録に書いた褒賞品は全て間違いなく君に与えよう。他にも欲しいものがあれば何でも言ってくれて構わない、と公爵はアンドレに告げた。
 だが正直な話、アンドレはレティシアのあの感謝の言葉を伝えられただけで充分過ぎるほどだった。目録に書かれた中で他に欲しいと思ったものといえば子爵家じっかへの金銭援助と、あとは剣と鎧と騎士礼装くらいのものである。

「なんだい、思ったよりずいぶん欲がないね君」

 正直に伝えると、少し意外そうな顔になる公爵。

ノルマンド公爵家うちが褒賞を出すと言えば、大抵誰しもが際限なく欲をかくものなんだけど」
「畏れ多いことでございます。けれど私は、身の丈に合った暮らしができればそれでよいのです」

 元々、ブザンソン子爵家がそういう生活をしてきているのだ。だからその中で生まれ育ったアンドレも、身の丈に合わない贅沢をするという発想そのものがなかった。

「ああ、ですがひとつだけ」

「うん、何かな?何でも言っていいよ」

 鷹揚に頷く公爵に、意を決してアンドレはワガママを告げた。

「あの目録には私の小隊について言及がありませんでした。願わくば、彼らにも褒賞を」

「………ああ、そうか。レティシアが君のことしか言わなかったからそこを失念していたよ。
分かった。君と全く同等には無理だが、金品と装備は贈らせてもらおう」
「お聞き届け下さり感謝致します」

 アンドレにとっては皆苦楽を共にした可愛い後輩たちで頼れる部下たちである。灰熊に命を懸けて立ち向かったのは彼らも同じなのだから、それが無事に報われることになって安堵する。

「ほかには?」
「えっ?」
「まだ色々あるんじゃないか?」

「い、いえ。すでに身に余る栄誉を賜りましたもので、充分過ぎるほどでございます」

「ふうん、なるほどね」

 畏まって頭を下げるアンドレに、公爵は表向きにはそれだけしか言わなかった。だが表情はいつの間にやら社交の場に出るような“貴族のかお”になっていて、さすがに元王子の公爵なだけに何を考えているのか全く伺い知れなかった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

元公爵令嬢、愛を知る

アズやっこ
恋愛
私はラナベル。元公爵令嬢で第一王子の元婚約者だった。 繰り返される断罪、 ようやく修道院で私は楽園を得た。 シスターは俗世と関わりを持てと言う。でも私は俗世なんて興味もない。 私は修道院でこの楽園の中で過ごしたいだけ。 なのに… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 公爵令嬢の何度も繰り返す断罪の続編です。

処理中です...