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【レティシア5歳】

013.ごおんがえしをしたいのです

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 あの時、襲われた中で生き残ったのは結局レティシアだけだった。馭者は灰熊の爪で胸をひと突きされて即死、護衛は対人戦闘特化の騎士たちで獣に対しては無力だった。そして侍女頭デボラは車両が横転した際にレティシアを庇い、窓硝子片や折れ飛んだ装飾具などが全身に刺さっていて、出血多量とショック症状でほぼ即死状態だった。
 しかも運のないことに、救援に駆け付けたアンドレの小隊には[治癒]の魔術を扱える青加護の魔術師が居なかった。いればもしかすると、デボラは助かったかも知れなかったのだが。
 そして侍女頭だったデボラが亡くなったため、ジョアンナが新たに侍女頭に昇格したのだそうだ。


 この世界は黒、青、赤、黄、白の五色の魔力マナの加護で人類を含めた森羅万象、万物の全てが構成されているのだが、怪我を治す[治癒]や毒などの状態異常を治す[解癒]などは、癒やしと静謐の特性を持つ青の魔力マナの加護を持つ者でなければ習得できない。
 単純計算で人類の5分の1は青加護なのだから、今年の配属で青加護が回されることをアンドレは密かに期待していたのだが、実際に配属されたのは赤加護のマチューだった。赤加護は情熱、浄化、破壊を司る。要は攻撃力特化で青加護とは真逆の性質を持つのだ。

 まあ実のところ青加護が居ないわけではない。何を隠そうアンドレがそうだ。だが彼は魔力値が1しかない、いわゆる“魔力なし”と言われるタイプだった。魔力が1しかない人間はその魔力を自己の生命維持にしか回せず、魔術に回す魔力がのだ。


「わたくしはあの時、もうぜったいに助からないのだと、あきらめていました」

 不意に、沈んだ声でポツリと漏らすレティシア。

 森から獣が出た、お嬢様だけでもお逃げ下さいと車外から叫ぶ護衛の声に被さるように響く悲鳴と絶叫、それに森の木を倒すような轟音。パニックに落ちたような馭者の恐怖の声。何が起きたのか分からず、思わず窓の外を確認して灰色の大きな塊が騎竜ごと護衛のひとりをのを見てしまい、レティシア自身が恐怖に囚われ身動きが取れなくなったのだ。
 その後すぐに馭者が狂ったように脚竜車を走らせ始めて、レティシアもデボラもパニックに陥った。元々そんな危険になど縁のない人生だったはずなのだ。だからふたりとも、初めて迫りくる死の恐怖に対して全くの無力だった。

 そう、たった今自分で語った通りだ。
 レティシアは自分の命がここで終わるのだと、そのからは逃れられないと、明晰な頭脳で理解して諦めてしまったのだ。

 大好きなお父様にも、生まれた時から世話してくれたセバスチャンにも、ジョアンナはじめ侍女たちにももう二度と会えないと思って悲しかったし、怖かった。でもデボラが「わたくしめがお供致しますから寂しくありません」と言ってくれて、それだけが心の支えだったのだと、ポツリポツリとレティシアは語る。
 その直後に車両が派手に横転して、レティシア自身はデボラが身を挺して庇ってくれたが彼女は大怪我を負っていた。目の前で大好きなデボラが自分を置いて死んでゆく、その現実が受け入れられず、なのに自分は何もできなくて、ただ泣き叫ぶことしかできなくて。

 けれど騎士様が助けに来てくださった。他のみなは助からなかったけれど、騎士様が運命を変えてくださって、わたくしをお父様の元へ帰してくれた。それが本当に嬉しかったのです。


 悲しみに沈み耐えていたレティシアの表情は、いつの間にか穏やかな笑みに変わっていた。


 青加護なのに[治癒]の魔術ひとつ使えない、あの時の誰も助けてやれなかったと密かに自分を責めていたアンドレに、レティシアはその微笑みを向けながら、はっきりと言ったのだ。

「わたくしを死のうんめいからすくい出してくださったきしさまには、いっしょうをかけても返せないごおんがございます。ですからわたくしは、わたくしのしょうがいをかけてもきしさまにごおんがえしをしたいのです」





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