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【レティシア5歳】

012.あの日の真相

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「ええと、お手をお繋ぎ致しましょうか…………ひ、姫様」

 おそるおそる、いや文字通りに恐る恐るお伺いを立てるアンドレ。

「それよりもわたくしは、きしさまに抱っこしていただきとうございます!」

 それに対して満開の笑顔でおねだりする公女様レティシア

「で、では、失礼して………」

 ねだられたからには彼は拒否などできない。
 ということで、あの時以来の念願を見事に叶えてもらったレティシアである。


 ここはノルマンド公爵家首都公邸の自慢の庭園。レティシアお気に入りの場所である。
 なんでそんな場所にアンドレがレティシアと来ているかと言えば。


 あのあと、レティシアは誰に何を言われても頑として婚約したいとの希望を取り下げなかった。それで困り果てたノルマンド公オリヴィエは、彼女の説得をアンドレ自身に丸投げしたのだ。
 だってもう、あとは婚約者候補アンドレ本人に断ってもらうしか諦めさせる手立てがないのだ。
 そしてアンドレにとってはいい迷惑だった。地位や身分の差を考えれば拒否なんてできるわけがないのだ。しかも説得が困難を極めることは先ほどレティシア自身が全員の説得を完封してのけたことから明らかだ。
 確かにアンドレ本人から婚約を断られれば、レティシアこの子の性格から言って地位や権力に物を言わせてまで押し通すことはしないだろう。だがその場合、この愛らしい幼子を失恋の悲しみで苦しめることになるのだ。

 そこまで見通して絶望に項垂れるアンドレに、侍女頭のジョアンナが提案してきたのだ。「ひとまず、お嬢様とおふたりでお散歩でもなさってはいかが?」と。

 おそらくそれは、レティシアとふたりで話し合ってどうするか決めては?という意味なのだろう。ふたりの年齢も身分も違いすぎて現実的に実現困難だと理解させれば、聡明なレティシアのことだからきちんと納得して諦めるはず。ジョアンナはそう考えたのだろう。
 そしてそれに公爵が一も二もなく賛成して、あれよあれよという間にアンドレとレティシアは庭園に放り出された。正確には彼女が大乗り気で案内すると息巻いて、アンドレは文字通り引きずられて行っただけだが。

 ただし、現在のふたりは婚約者でもなければ親族でもない、あくまでも無縁の赤の他人である。だからふたりの後ろから距離を取って、ジョアンナやセバスチャン、オリヴィエや侍女や侍従、さらには護衛たちまでゾロゾロついて来ている。
 年頃のふたり、ではないとはいえやはり男女を完全にふたりきりにはできない、という配慮だろう。

「この木は花季かきになればとってもきれいなお花を咲かせるんですのよ。さくら、という東方のめずらしい木なんですって」
「はあ、そうなんですか」
「あちらにあるのもやっぱり花季に咲く木で、これも東方の『もも』というんですって。お花が散ったら実がなって、とってもあまくておいしいの!」

 でも日持ちがしないから、この前収穫してみなで食べてしまったの。騎士様にも食べさせてあげたかったです。そう言ってしゅんと項垂れるレティシアに、アンドレは思わず「では来年食べさせて下さい」と言いかけて辛うじて飲み込む。そんな約束をしてしまえば彼女の思う壺である。

「そう言えば、お嬢様のお誕生日はもうお迎えになられたのですね?」
「そうなの!わたくしの5かいめのおたんじょうびだって、みなにおいわいしてもらってうれしかったのです!」

 アンドレの腕の中で、本当に楽しそうに話すレティシア。幸せそうだなあ、などと他人事みたいにそれを見ているアンドレである。


 レティシアの誕生日は暑季なつに入って半月ほどでやってくる。この世界、年齢は年明けとともに一律に加算するのが一般的なのでレティシアも新年の慶賀とともに5歳になっているのだが、「生まれた日」は別に記録されていて、当日はきちんとお祝いするのが一般的である。これは貴族だろうと庶民だろうと変わらない、西方世界に共通する風習だ。

 レティシアはその誕生日のお祝いのあと、領内のリゾート地であるポンセムに避暑に出かけたのだという。ポンセムはノルマンド地域圏の南西部、北海に望む遠浅の干潟のある土地で、干潮になれば歩いて渡れる島や、干潮時のみ子供でも安心して泳げる天然のプールピシーヌがあったりして、暑季なつの家族連れの旅行先として人気がある。
 だが父のノルマンド公オリヴィエは急な公務でどうしても一緒に行けなくなり、後から必ず合流すると約束して、レティシアだけを先に行かせたのだそうだ。
 それでレティシアは、誕生日のお祝いに作ってもらった自分専用の脚竜車で、早速ポンセムに向かった。生まれた時からずっと世話してくれていた侍女頭デボラと少数の護衛だけを連れて。

 そう。灰熊に襲われたのは、そのポンセムに向かう道中のことだったのだ。





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