16 / 57
【レティシア5歳】
012.あの日の真相
しおりを挟む「ええと、お手をお繋ぎ致しましょうか…………ひ、姫様」
おそるおそる、いや文字通りに恐る恐るお伺いを立てるアンドレ。
「それよりもわたくしは、きしさまに抱っこしていただきとうございます!」
それに対して満開の笑顔でおねだりする公女様。
「で、では、失礼して………」
ねだられたからには彼は拒否などできない。
ということで、あの時以来の念願を見事に叶えてもらったレティシアである。
ここはノルマンド公爵家首都公邸の自慢の庭園。レティシアお気に入りの場所である。
なんでそんな場所にアンドレがレティシアと来ているかと言えば。
あのあと、レティシアは誰に何を言われても頑として婚約したいとの希望を取り下げなかった。それで困り果てたノルマンド公オリヴィエは、彼女の説得をアンドレ自身に丸投げしたのだ。
だってもう、あとは婚約者候補本人に断ってもらうしか諦めさせる手立てがないのだ。
そしてアンドレにとってはいい迷惑だった。地位や身分の差を考えれば拒否なんてできるわけがないのだ。しかも説得が困難を極めることは先ほどレティシア自身が全員の説得を完封してのけたことから明らかだ。
確かにアンドレ本人から婚約を断られれば、レティシアの性格から言って地位や権力に物を言わせてまで押し通すことはしないだろう。だがその場合、この愛らしい幼子を失恋の悲しみで苦しめることになるのだ。
そこまで見通して絶望に項垂れるアンドレに、侍女頭のジョアンナが提案してきたのだ。「ひとまず、お嬢様とおふたりでお散歩でもなさってはいかが?」と。
おそらくそれは、レティシアとふたりで話し合ってどうするか決めては?という意味なのだろう。ふたりの年齢も身分も違いすぎて現実的に実現困難だと理解させれば、聡明なレティシアのことだからきちんと納得して諦めるはず。ジョアンナはそう考えたのだろう。
そしてそれに公爵が一も二もなく賛成して、あれよあれよという間にアンドレとレティシアは庭園に放り出された。正確には彼女が大乗り気で案内すると息巻いて、アンドレは文字通り引きずられて行っただけだが。
ただし、現在のふたりは婚約者でもなければ親族でもない、あくまでも無縁の赤の他人である。だからふたりの後ろから距離を取って、ジョアンナやセバスチャン、オリヴィエや侍女や侍従、さらには護衛たちまでゾロゾロついて来ている。
年頃のふたり、ではないとはいえやはり男女を完全にふたりきりにはできない、という配慮だろう。
「この木は花季になればとってもきれいなお花を咲かせるんですのよ。さくら、という東方のめずらしい木なんですって」
「はあ、そうなんですか」
「あちらにあるのもやっぱり花季に咲く木で、これも東方の『もも』というんですって。お花が散ったら実がなって、とってもあまくておいしいの!」
でも日持ちがしないから、この前収穫してみなで食べてしまったの。騎士様にも食べさせてあげたかったです。そう言ってしゅんと項垂れるレティシアに、アンドレは思わず「では来年食べさせて下さい」と言いかけて辛うじて飲み込む。そんな約束をしてしまえば彼女の思う壺である。
「そう言えば、お嬢様のお誕生日はもうお迎えになられたのですね?」
「そうなの!わたくしの5かいめのおたんじょうびだって、みなにおいわいしてもらってうれしかったのです!」
アンドレの腕の中で、本当に楽しそうに話すレティシア。幸せそうだなあ、などと他人事みたいにそれを見ているアンドレである。
レティシアの誕生日は暑季に入って半月ほどでやってくる。この世界、年齢は年明けとともに一律に加算するのが一般的なのでレティシアも新年の慶賀とともに5歳になっているのだが、「生まれた日」は別に記録されていて、当日はきちんとお祝いするのが一般的である。これは貴族だろうと庶民だろうと変わらない、西方世界に共通する風習だ。
レティシアはその誕生日のお祝いのあと、領内のリゾート地であるポンセムに避暑に出かけたのだという。ポンセムはノルマンド地域圏の南西部、北海に望む遠浅の干潟のある土地で、干潮になれば歩いて渡れる島や、干潮時のみ子供でも安心して泳げる天然のプールがあったりして、暑季の家族連れの旅行先として人気がある。
だが父のノルマンド公オリヴィエは急な公務でどうしても一緒に行けなくなり、後から必ず合流すると約束して、レティシアだけを先に行かせたのだそうだ。
それでレティシアは、誕生日のお祝いに作ってもらった自分専用の脚竜車で、早速ポンセムに向かった。生まれた時からずっと世話してくれていた侍女頭デボラと少数の護衛だけを連れて。
そう。灰熊に襲われたのは、そのポンセムに向かう道中のことだったのだ。
12
お気に入りに追加
247
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。
しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。
それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…
【 ⚠ 】
・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。
・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
元公爵令嬢、愛を知る
アズやっこ
恋愛
私はラナベル。元公爵令嬢で第一王子の元婚約者だった。
繰り返される断罪、
ようやく修道院で私は楽園を得た。
シスターは俗世と関わりを持てと言う。でも私は俗世なんて興味もない。
私は修道院でこの楽園の中で過ごしたいだけ。
なのに…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 公爵令嬢の何度も繰り返す断罪の続編です。
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる