【不定期更新中】熊男爵の押しかけ幼妻〜今日も姫様がグイグイ来る〜【長編】

杜野秋人

文字の大きさ
上 下
15 / 57
【レティシア5歳】

011.言い出したら聞かない子

しおりを挟む


「いやいやいやいや!」

 レティシア以外のその場の全員が見事にハモった。

「何を言っているんだレティ!?」
「そうですともお嬢様!」
「婚約者など、まだお嬢様には早うございますぞ!」

 公爵も、レティシア専属の侍女頭も、執事長のセバスチャンまでもが、彼女の口から飛び出した爆弾発言に異口同音に異を唱える。だが当のレティシアは涼しい顔だ。

「どうして?わたくしだってこんやくしゃを決めなくてはならないと、この前ざんねんそうにお話しになっていたこと、わたくし知っているのですよ?」

 それは先日のレティシアの誕生日パーティーでのこと。「もう5歳なのだからそろそろ婚約者を決めなくてはならないが、正直誰にも嫁になどやりたくない」と、お父様が爺やに向かって愚痴をこぼしていたのをレティシアは聞いていた。目の前の料理に夢中になっているからと父は油断していたのだが、当の本人はしっかりと大人たちの会話を聞いて憶えていたのだ。
 ただし後半部分はいつものお父様の溺愛の色が濃かったから彼女の記憶には残らなかった。だから残ったのは「婚約者を決めなくてはならない」という部分だけ。そして「こんやくしゃ」が将来を共にする大事な殿方のことだとレティシアでさえ知っている。
 だったら、その殿方は自分が好ましい人を選びたい。子供ながらに彼女はそう考えたのだ。

「ですから、いいでしょうきしさま?わたくしのこんやくしゃになってください!」

「いやちょっと待って下さい!」

 たまらずにアンドレは声を上げた。ノルマンド家の門を潜ってからこっち、住む世界が違いすぎるという現実を嫌というほど見せつけられて来たのに、公女様の婚約者になどなれるわけがない。
 というか、そもそも年齢が違いすぎる。

「そうだぞレティ、こんな大事なことを、そんなに軽々しく決めるものじゃない」

 公爵も何とか翻意させようと試みる。

「お嬢様、お嬢様のご婚約は当家だけでなく王家ともリュクサンブール家とも話し合って決めなくてはならない大事なお話です。我がままはなりませんぞ」

 いつも気難しい顔をして小言ばっかりの執事長セバスチャンさえもが反対してくる。

「どうして?わたくしのしょうらいのことなのに、わたくしが決めてはいけないの?」
「「「ゔっ…!」」」

 そして悲しそうな顔になるレティシアに、全員が何も言えなくなる。

 そりゃあオリヴィエだって娘の幸せを何よりも願っているし、いつか娘が恋をしたなら頑張って応援するつもりだ。だがいくら何でも5歳では初恋と言うにも早すぎる。しかも相手はこの父よりも身体の大きな──

「そう言えば、君は今いくつだったかな?」

「えっ、私ですか?………その、私は入隊10年目で」
「ということは、25歳か」
「はい………」

 レティよりも20も歳上じゃないか!
 ダメだダメだ、私と9つしか違わないんだぞ!?

「…………おとうさま、ダメですか?」
「うぐっ!?」

 オリヴィエの喉まで出かかった反対意見は、だがレティシアの悲しそうな瞳に完封されてしまう。

「お嬢様。ことはお嬢様の一生を左右するとても重大なことでございます。一時の感情だけで簡単に決めてはなりません。じっくりと時間をかけて、慎重に決めなくてはならないのです」
「じかんをかけるって、どのくらい?」
「それは、お父様やお祖父様、それにお祖母様がお決め下さいます」

「………そうしてまっていたら、知らないあいだにこんやくしゃまで決められているのよね?」
「くっ…!」

 理詰めで納得させようとしたセバスチャンでさえ、理で論破される始末である。

「お嬢様、ひとつ大事なことを確認するのをお忘れですよ」
「だいじなこと、ってなあに?」
「騎士様がすでにご婚約、あるいはご結婚なされていたらどうなさるのです?」

「…………あっ!」

 侍女頭のジョアンナに指摘されて驚くレティシア。
 大事なことなのだが、レティシアは全く考えもしていなかった。確かに騎士様は自分と違って大人の男性なのだからすでに結婚していても不思議はないし、もしそうなら彼女の恋は実らないのだ。
 そのことに初めて気が付いて、しゅんと項垂れるレティシア。そんな様子もまたひどく愛らしかったりする。

「………そのあたり、君はどうなんだい?」

 聞きたくないけど、確かめなくてはならない。そんな葛藤を滲ませながらも公爵がアンドレに確認する。まさかレティシアが婚約したいと言い出すなどと考えてもいなかったから、オリヴィエはアンドレの婚約関係まで調べていなかった。

「その、婚約者はおりません……」
「結婚は?」
「まだ未婚です」
「子供………もいないな?」
「はい、もちろんです」

 そしてアンドレは正直に答えるしかない。彼が答えるたび、レティシアの顔色がみるみる明るくなってゆく。

 なんてこった!これ以上拒否する根拠が見つからないじゃないか!歳の差は彼と婚約したいと言い出した時点で障害にはなり得ないし、身分や地位も同様だろう。そもそもレティシアこの子は一度言い出したら聞かない子だ。
 そこまで考えて、オリヴィエは頭を抱えるしかない。こんな事なら彼に会わせるんじゃなかった、と思ってももう後の祭りである。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は反省しない!

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢リディス・アマリア・フォンテーヌは18歳の時に婚約者である王太子に婚約破棄を告げられる。その後馬車が事故に遭い、気づいたら神様を名乗る少年に16歳まで時を戻されていた。 性格を変えてまで王太子に気に入られようとは思わない。同じことを繰り返すのも馬鹿らしい。それならいっそ魔界で頂点に君臨し全ての国を支配下に置くというのが、良いかもしれない。リディスは決意する。魔界の皇子を私の美貌で虜にしてやろうと。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

素顔を知らない

基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。 聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。 ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。 王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。 王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。 国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?

山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

処理中です...