上 下
5 / 57
【序】

001.騎士アンドレ・ブザンソン(1)

しおりを挟む


 アンドレ・ブザンソンは貧乏子爵家の三男坊としてこの世ラティアースに生を受けた。

 ブザンソン家はガリオン王国で代々続く子爵の家系だ。国から与えられた領地は国の東にある竜央山地にほど近い、隣国ヘルバティア共和国との国境地帯にある。気候は1年を通して寒暖差の激しい準高地帯で、平野部も少なくこれと言って特産物もないが、たびたび繰り返される他国との戦争の前線になることもなく平和な土地ではあった。しかし一方でガリオン王国を南北に貫く大街道“竜骨回廊”から離れた土地でもあり、物流も人流も盛んとは言えなかった。
 だから領主たる子爵家だけでなく、領民も裕福な暮らしは望めない。何とか日々を暮らしていくだけの僅かな稼ぎで、細々と暮らしていくだけの質素な生活を強いられる、そんな領地だった。

 だがそれでも、ブザンソン子爵家には笑顔が絶えなかった。高望みさえしなければ、それなりに日々のささやかな幸せを感じて生きていくことはできたのだ。


 そんなブザンソン家は子沢山の家柄だった。当主ジャン=マリー自身も五男一女の長男であり、自身も生涯でふたりの妻に三男二女を儲けた。そんな子供たちの笑顔と笑い声が絶えない家ではあったが、その中にひとりだけ、異質の存在を抱えていた。
 それが、ジャン=マリーの三男アンドレである。

 アンドレは生まれたときからだった。何しろ出生時体重が6リブラ約6kgをゆうに超えていたのだ。一般的な新生児の体重がおよそ3~4リブラ、4リブラ半を超えれば大きな子だと言われるので、彼を産むのがいかに難産だったか想像に難くない。
 そのせいで母マドレーヌは出産時に拡がった腰骨が戻らなくなって歩くことができなくなり、寝たきりの生活を余儀なくされて、健康を害したままおよそ1年足らずで亡くなってしまった。アンドレは初乳こそもらえたものの、ロクに母に抱かれることもないまま永遠の別れをすることとなった。
 だから当然、彼に母の記憶はない。あるのは肖像画のなかで穏やかに微笑む母の姿と、父や兄姉たちから語り聞かされた様々な逸話だけである。

 母の愛を知らずに育つしかなかったアンドレに対して、父も兄姉も大変に優しかった。彼が腐らず曲がらず真っ直ぐに育ったのは、そうした家族の愛によるところが大と言えよう。

 彼はすくすくと育った。
 そして、育ちすぎた。

 元々産まれた時から人並外れた巨体だった彼は、成長しても巨大であり続けた。10歳の頃にはすでに兄たちを超えて父に並ぶほどの背丈になっており、幼年学校でも中等学校でもクラスメイトから頭ひとつ以上抜けた大きさだった。教室の机も椅子もいくつ壊したか分からず、困り果てた学校側から自前の机と椅子を用意するよう言われたほどだ。
 そのあまりの巨体は同級生たちを怖がらせ泣かせること数知れず、物陰からの出会い頭に女性の先生を失神させたことさえあった。いかつい体術教師も彼の前では押し黙り、街を歩けば人並みに避けられ衛兵を呼ばれ、店先を覗けば店主に命乞いまでされた。
 そして、挙げ句の果てには現役の騎士から地方騎士団にスカウトされるに至った。まだ12歳の少年が、だ。

 そんな彼が13歳になって首都ルテティアにあるルテティア国立学園の騎士科に進んだのは、半ば必然だったと言えようか。親類一同が総力を挙げて支援し、一族の騎士になった者たちから剣術槍術の指導を受け、一族の資産を集めて雇われた家庭教師グーヴェルナントに受験勉強をみっちり仕込まれた。
 まあそれまでに、都合6人もの家庭教師に逃げられたのだが。
 そうして首尾よく進んだ騎士科では、入学から卒業まで実技では文句なしの首席であった。座学の方は………まあ何とか留年しなかった、とだけ言っておこうか。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

元公爵令嬢、愛を知る

アズやっこ
恋愛
私はラナベル。元公爵令嬢で第一王子の元婚約者だった。 繰り返される断罪、 ようやく修道院で私は楽園を得た。 シスターは俗世と関わりを持てと言う。でも私は俗世なんて興味もない。 私は修道院でこの楽園の中で過ごしたいだけ。 なのに… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 公爵令嬢の何度も繰り返す断罪の続編です。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

処理中です...