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先輩が殿下に婚約破棄されたっす
公女さまをお世話するっす
しおりを挟む森を出て少し離れた所で公女さまを下ろして、愛用の背嚢から“通信鏡”を取り出して男爵家に連絡入れたっす。執事さんじゃなくて商会の方の番頭さんに繋げて、森まで迎えを寄越してもらったっす。
そうしたらすぐに脚竜車がやって来て、あっという間に自分と公女さまは男爵家に拉致られたっす。いや言い方!って番頭さんにも御者のおっちゃんにも言われたっすけど、傍から見たらどう見てもそうにしか見えないっすからしゃあねえっすわ。
でも帰り着く寸前で延長してた[強化]が切れて、全身筋肉痛を起こして公女さまを怯え慌てさせたのは失敗だったっすね。必死で大丈夫って言い繕って、でも全然大丈夫じゃなくって、番頭さんが「しゃあねえな」って言いながら自分を肩に担いで脚竜車から下ろして湯場まで連れてってくれたっす。
いや運び方!積荷じゃねぇんすから!いででででで!
目立つ運び方されたもんだからお邸のメイドさんたちが集まってきて、「あらあらまたなの?もうしょうがないわねえ」とか何とか言いながら全裸にひん剥かれて湯に浸けられたっす。湯の中で揉みほぐされるとさすがに筋肉痛も少しは和らいできて、何とかひと心地ついたっすけど、なんつうか、こうして世話焼かれるのはイマイチ落ち着かねえっすわ。普段は自分のほうが世話する側なだけに、なんかこう、っすね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
朝になったら公女さまはもう居なかったっす。帰ってきてたご主人に聞いたら、男爵家で賜ってる小さな領地の領主邸に移したとのこと。まあそりゃそうっすね、王都の男爵家の邸で匿ってて見つかったりしても面倒っすから。
あ、学園では「お義兄さま」っすけど、邸ではご主人っすよ。だってご主人っすから。
まあご主人はご主人で「幼馴染なんだから名前で呼べって言ってるだろ」とか言ってくるっすけど、そこはちゃんと主従の分別として弁えてるっす!自分で自分を止められなくなっても困るっすからね!
夜中のうちに公爵閣下も来られてたそうで、旦那さまと何やら話したあと夜が明ける前にお帰りになったらしいっす。まあもうそこらへんは使用人の出る幕じゃねぇっすね。ていうか湯浴みのあと自分すぐ寝落ちしたから、出る幕もへったくれもなかったっす。
それからは色々忙しかったっす。あの夜のことを知ってる数少ないひとりっすから、公爵家に呼ばれて詳しく話聞かれたり、ご主…お義兄さまと王宮に呼ばれてガチガチに緊張したり、爵位召し上げられて平民に落とされて抜け殻みたいになってるマリアさまの親父さんにお見舞い持ってったり、ホントに色々あったっす。おかげで一時期冒険者稼業はできなかったっすねー。
ちなみに公女さま、分かってたことっすけど冤罪だったそうっす。陛下から莫大な慰謝料と謝罪を頂いたそうで、男爵家にも褒美と感状が送られてきたらしいっす。
でも一番大変だったのが公女さまのお世話っす。さすが深窓のご令嬢っつーか、ご自身じゃ着替えも湯浴みもお出来にならないもんだから、全部人任せで。しかもうちの同僚たちも公女さまのお世話なんてやれるはずがねえから自分に押し付けられちゃって、商会じゃなくて男爵家の本邸に住み込むハメになったっす。
公女さまは公女さまで「貴女になら安心して任せられるわ。作法がなってないのは教えて差し上げるから気にしなくてもよくってよ」とか言って微笑んでくるし。いやもうあの笑みはズルいっすわ。逆らえねえっすもん。
だけどさすがにずっと居座るおつもりなのが見て取れたから、「公爵家から侍女の方を呼んで下さい」ってお願いしたっすね。その方が絶対にお互い楽だし、さすがに公女さまもホントは色々とご不満があったのか、受け入れてくれてホッとしたっす。
そうしたらそうしたで何人も侍女さんが来ちゃって、何故かうちの使用人も従業員もマナー教わるハメになっちゃって、みんなと「一体なんでこんな事に………」って頭抱えたっす。
もちろん自分も習ったっす。強制っす。拒否権なかったっす。なんか理不尽っす!
まあでもそのおかげか、半年も経てばみんなある程度の作法と教養が身についちゃって、貴族との商談とかでも褒められたりしてスムーズにいくようになったり、なんなら作法を褒められたりしてご主人も旦那さまも「ふむ…これは」とか言って考え込んだりしてたっすね。
まあでもその頃には、さすがに公女さまが何を思ってらっしゃるか分かってきたっすね。自分もそこまで鈍感じゃないんで。ご主人とは違うんす。
ああ、でも、やっぱり分を弁えてて良かったなあ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ディアーヌ、こっちへいらっしゃい」
自分の姿を目ざとく見つけて、公女さまがお呼びになるっす。
「自分、その名前あんま好きじゃないんすよね」
最近はもう、すっかり私的な場では素で喋ってるっす。公女さまも「私と貴女の仲なんだし、プライベートでは堅苦しい作法も要らなくってよ」って言って下さってるし。そう、なんか公女さまと仲良くなってるんすよね、何故か。
あっ、学園は結局中退したっす。公的には公爵家へ行儀見習いに出たことになってて、まあ貴族令嬢としては有りがちな退学理由っすね。ホントは男爵家の本邸で公女さまの専属侍女なんすけど。
「どうして?とても素敵な名前ですことよ?可愛らしくも凛々しい貴女に相応しいと思うわ」
「いや~仰々しいんすよね」
苦笑交じりに言うだけ言ってみるっす。生まれた赤ん坊を見た親父が大感激して「女神さまが生まれた!」って大騒ぎして、だから女神なんすけど。
だから気恥ずかしいんすよね。つうか可愛らしくて凛々しいのは公女さまっす。どう考えても自分じゃないっす。
「ふふ、恥ずかしがらなくてもよくってよ」
「いやー、恥ずかしいものは恥ずかしいっす」
「もっと自信を持ちなさいな。それはそれとして、わたくしとお茶にしましょう」
「(あ~まだ仕事あるんすけど……)分かりました。じゃあご相伴に預かるっす」
テラスに設えられたテーブルの、公女さまのお向かいに座ると、早速嬉しそうに微笑んで下さるっす。
いやだからホントマジで可愛いっすね先輩!何食ったらそんな可愛くなるんすか!?綺麗で凛々しくて可愛いとかマジ反則っすよ!
あ、公女さまの生活費は基本全部公爵家から頂いてるっす。このテラスも公女さまのお茶用に公爵家持ちで増設されたし、公女さまのお使いになるドレスとか装身具、家具なんかも全部商会に発注して頂いて。もちろん日常の食材やら今目の前に並んでるお茶やらお菓子やらもそう。おかげで男爵家どころか商会全体の生活水準がワンランク上がったっす。それどころか公爵家から料理長補佐だった人がひとり出向してきて、そのおかげで普段の食事に関しては高位貴族並みになってるっすね。
「わたくしはね、一度貴女とゆっくりお話してみたいと思っていたのよ」
公女さまはたおやかに目線をお紅茶に落としながらそう言ったっす。
「いや~自分、そんな教養もないし話してて面白くもないっすよ?」
「あら、そんなことないわ。冒険のお話とかまた聞きたいわ。とってもワクワクするもの」
「いやあ、血なまぐさいだけっすよ?」
でもその血なまぐさい話を、確かに興味深そうにお聞き下さるんすよねえ。
「それにね、商会のお仕事のお話も下位貴族の普段の生活の様子も、わたくしには知らないことばかりでとっても興味深いわ」
そう、公女さまはやたらと商会の商売の話や、男爵家の日常の話なんかをねだって来るんすよね。まるで、今後ご自分が今後そういう生活を送るために学んでるみたいっす。
「だから、もっともっとたくさん教えて欲しいわ。歳の近い貴女だから話も聞きやすいし、これから長い付き合いになるのだから。………ね?」
くぅ~!そんな風に可愛くお願いされたら断れねえじゃねえっすかぁ!
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