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01.アンジェラとマイン

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 つまらない人生だったと、心からそう思う。

 言いたいことも言わず、やりたいことも我慢して、ただ人のために泥ばかり被って。
 常に誰かのために、なにかのために。
 自分のことはいつだって後回し。
 確かにそれでみんなからは感謝され良くしてもらって、周りの評価は高かったけども。両親にも愛されて、恋人もちゃんといて、幸せかそうじゃないかと言われたら、多分幸せだったんだろうけども。

 そうじゃない。
 私の望みはじゃないんだ。
 そうじゃ、なかったんだ。

 だから、あの時衝動的に、私はホームに滑り込む電車の前に飛び出してしまったんだ。

 死んでから初めて気付くなんて。

 ああ、ホント、バカだなあ、私。


 だから、は悔いなく生きる。
 私は、今度こそ、私の望むとおりに生きるんだ。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 …………てなことを唐突に思い出したのが6歳の冬。年が明けたら7歳になって、初等教育学校の2年生に上がろうかって寒季ふゆの日の小春日和の昼下がりのことでしたよ。
 いやーまさか、雪の庭を見ようと三階自室のバルコニーに出てってそこから転落するなんて思いもしないよね。あの手すり絶対腐って凍ってたな。古い木造だったし長雨からの大雪の後だったしね。
 そんで大怪我して生死の境を彷徨って、多分そのせいで前世の記憶を思い出したんだろうなあ。

 あ、では「小春日和」なんて言わないんだっけ。なんて言ったっけ?ちょうど適した訳語あったかなあ?


 ども。アルヴァイオン大公国でグロウスター伯爵家の次女やってます、アンジェリーナです。フェル歴675年、年が明けて18歳になりました!
 実家はブリグストゥって名前の港湾都市を領地に持ってるしがない田舎貴族です。昔はブリグストゥうちも栄えてたんですけどねえ…ええ、ほんの数百年くらい前までは(笑)。まあ今は辺鄙な港町ですよ。細々と海上交易の中継地点として稼がせてもらってます。

 で、私、次女なんで、割と自由にのびのびやらせてもらってます。お父様もお母様も貴族にしては鷹揚で寛容な方で、いつも「アンジーの好きになさい」って言って下さるし。兄様も姉様も「無茶だけはしないように」ってしか言わないし。
 だから実は、伯爵家の子女なんですけど冒険者やってます。てへ☆

 ていうのもね、実は私、なんと!これでも〈賢者の学院〉のなのです!
 だから何だ、って?いやいや、我がアルヴァイオン大公国が誇る、この西方世界の最高学府たる〈賢者の学院〉ですよ!?西方世界全体の各国からよりすぐりの天才たちがこぞって入塔を目指す狭き門!受験するだけでもステータス、入塔できたら一生の自慢、そして卒塔できれば超エリートコース確定でその後の人生約束されたも同然の!あの!〈賢者の学院〉ですよ!
 しかも私、卒塔席次13席ですよ!毎年1000人前後が入塔する〈賢者の学院〉の“力の塔”で、列強各国の優秀な王侯貴族子女たちを抑えて、上から13番目ですよ!?すごくない?ねえ凄くない!?しかも同級生女子トップ!凄い!

 ………ええ、はい、自慢ですスイマセン。
 でもホント、これ一生自慢できるのよマジで。超頑張って受かったのも自慢だし、超超頑張って三年間必死になって授業に食いついてったし、そして退学にも除名にもならずにきちんと結果残して卒塔できたからね!もう人生の絶頂かと思いましたよ!


 まあでもね、上には上がいるって言いますかね。上位10名が認められる「勇者候補」には落選しましたよ。トップ10とかホント化け物かってぐらい圧倒的な差を付けられてましたからね。ああいうの、「持って生まれたモノが違う」って言うんだろうなあ。
 それ考えたらいっこ上のレギーナ先輩とかホントすごいよね。私と同じ女子なのに、同期の男子にも圧倒的な差をつけてぶっちぎりの“力の塔”首席卒塔ですからね。そんで今や彼女は押しも押されもせぬ勇者様ですよ。あの人見てるとホント、「あ、私なんかとはケタが違うや」って思っちゃいましたもんね。
 まあそんな先輩から、「あなた卒塔したら蒼薔薇騎士団うちのパーティに来る?」って誘われた時は涙が出るほど嬉しかったなあ。そんな凄い人に認めてもらえたってだけでも頑張ってきた甲斐があったっていうか。ぶっちゃけ卒塔したことよりも全然嬉しかったですよ。マジで。

 でも、よくよく考えてメンバー入りは辞退しました。だって“本物”の中に混じってやってけるかってえと、ねえ?必死で命かけて頑張って、無理するなって言われてるのに無理して無茶も重ねて、それでやっと届いた13位ですよ。とてもじゃないけどそれ以上に上がれる気なんてしませんて。
 しかも先輩が一緒にパーティ立ち上げたのが彼女と同級で“奇跡の塔”首席のミカエラ先輩っすよ!ムリムリ絶対ムリ、ホントにケタが違うんだから!

 でもまあ、「勇者候補」に名が上がる程度には成績優秀だったんで、冒険者やる分には将来が明るいわけですよ。元々“力の塔”の出身者にはそういう人材が多いですし、私みたいに実家の爵位も継げず、どこぞに嫁に行くか独立して平民になるしかないような立ち位置だと、冒険者って便利な職業なんですよねえ。


 まあそんなわけで、今やフリーのソロ冒険者。頑張ることなく、無理することなく、自分のペースでやりたい事をやりたいようにのんびりやってます。
 なんたって私は前世の日本で、自分のしたいこともやらずに人の手助けばっかりな人生で、それで心を病んで死んじゃったんだから、今生こそは自分に正直に生きるのだ!「自分のやりたいように」を確保するために学生のうちは頑張りましたけど、それが終わった今はもう頑張りません!実家の爵位も継がなくていいし、平民に降ったって全然平気。なんたってもうひとりで野宿すらできますからね!
 ってなことを先輩に話したら「まあそれは貴女の人生だもの。好きにしたらいいんじゃない?」って言ってもらえたから、だからもう恐れるものは何もないのだ!わはははは!

 ………んまあ、ホントは政略結婚でもして実家の役に立たなきゃなんないんでしょうけどね。でも、さっきも言ったように、今生では自分に正直に、望むままに生きるんだってあの6歳の時から思い描いてるんで、ちょっとそれはノーサンキューで。っていうのも両親や兄様姉様ともきちんと話し合って、ちゃんと許可もらったんで。
 好きなように生きるったって、大事な家族と喧嘩したり逆らったりまでして無理にやる意味ないもんね。


 で、今はアルヴァイオン北部のレイクランドって土地にやって来ています。ここって大きな湖と深い森とがある風光明媚な未開地で、人の街から離れてるせいで獣や魔獣がけっこう蔓延ってて、割と手頃に稼げるんだよね。大して強い個体もいないし、ソロ冒険者がローリスクでにはいい所。

 でもさあ。
 なーんで今私の目の前にがいるのかなあ?


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……………なんだ?」
「いーえ、なーんでもありません」

 訝しげな問いを向けられて、アンジェリーナはそっぽを向いて誤魔化した。

「どうせ、俺が何故ここにいるのか気になっているんだろう、アンジェラは」
「いーえー。べっつにー。」

 図星を差されたのでそっぽを向いたままつっけんどんな返事を返す。
 アンジェリーナは冒険者として活動する時は『アンジェラ』と名乗っている。一応は生まれや身分を隠すための偽名だが、本当に隠す気があるのか本人にも何とも言えない。
 日本人としての名前でも名乗れればよかったのだが、生憎と憶えているのは死んだ瞬間の情景と、そこに至るまでの心の動きや見聞きしたいくつかの事柄だけで、名前や細かい生涯まで全て思い出せたわけではなかった。

 で、今目の前にいるのは去年ブロイス帝国に遠征した際に知り合った、同じ冒険者の『マイン』だ。いつも一緒にいる仲間の『オスカー』と一緒に、彼はこのレイクランドの森の中でアンジェラと焚き火を囲んでいた。
 なんでコイツがここにいるのか。そもそもブロイスで活動してるはずじゃないのアンタは。まさかと思うけど、私のこと追いかけて来た?じゃなきゃこんな所までわざわざ来ないでしょ。
 でも、ねえ。まさかね。さすがにそれは自意識過剰ってやつかなあ、やっぱ。

 アンジェラはチラリと目だけでマインを見やる。豪奢な輝く金髪、朱色の瞳は炎のように煌めいていて………あ、これは焚き火の炎が写りこんでるだけか。いやまあそれを抜きにしても美丈夫イケメンなんだけどさ。

 実際、マインは思わず見惚れるほどのいい男だった。髪と瞳もさることながらまっすぐ伸びた鼻梁、切れ長の目にキリリと整った眉毛、口元は引き締まり、顎はシャープで肌は抜けるように白い。そして鍛え抜かれた細マッチョの身体。
 言っちゃ何だが冒険者だと言われてもにわかに信じがたい。どこぞの王子様だと言われた方がよほどしっくりくる。

 ま、王子様なんかがそうそう冒険者なんて危ない稼業をやるはずないけどね!
 アンジェラは脳裏に浮かんだ先輩レギーナの顔を意識の奥へと追いやった。エトルリア連邦王国の姫君が勇者やってんだから、と思わないでもなかったが、アレは多分きっと例外だ。
 だって彼女は卒塔直後から勇者候補に選ばれて、本人も在塔中から勇者を目指してるって公言してたんだから。そして目の前のマインは〈賢者の学院〉では見たことがない。王侯貴族で冒険者やるような人間はほとんどが学院の卒塔生なんだから、マインはきっと多分違う。

「まあ概ねお前の思ってる通りだ」

 そっぽを向いたままのアンジェラに向かってマインがそう言った。
 え、マジで?マジで王子様なの?

「わざわざここまで来たのは、運が良ければお前に会えるかもな、という考えがあったからだ」

 あ、そっちか。

「だがアルヴァイオンのどこで活動してるかなんて聞いていなかったから、別に会える確信があったわけではない」

「……なにそれ。当てずっぽうで来たってこと?情報もなく来るなんて、会えなかったらただの無駄足じゃないの」
「だがこうしてお前と会えている」
「それは結果論でしょ。付き合わされるオスカーさんの身にもなりなよ」
「なに、オスカーも賛成してくれたからこそ一緒に来ている」

 そう胸を張るマインの横でオスカーがかすかに苦笑している。いやめっちゃ付き合わされてんじゃん。気付けよイケメン。

「ま、でも、私明日には帰っちゃうけどね」
「帰る?どこにだ」
「地元よ。私もここには遠征で来てるの。この森はお手軽に稼げるから時々狩りにくるのよね」

「そうか。ならば故郷はどこだ?」
「お互い詮索はナシ。それが冒険者のしきたりでしょう?教える必要があるのなら言うけど、そうでなきゃわざわざ言ったりしないわ」

 だいたい1、2回組んだ程度の顔見知りでしかないしねえウチら。それも去年遠征したブロイスでの話だし、こっちはあの時別れてそれっきりだとばっかり思ってたんだけど。

 マインはなおも聞きたがっているようだったが、オスカーが袖を引いて止めていた。グッジョブ、オスカーさん。

 だってねえ、今回帰るのは縁談が来たからなんだよね。まあ気乗りしないし即答でお断り一択なんだけどさ、貴族の建前としては両家の顔合わせには出ないといけないし。
 まったくもう、こんな社交にも出てこない変わり者の令嬢と婚約したいだとか、どこの物好きなんだか。

「ほらほら、話は終わり。さっさと寝る!夜中に叩き起こすから、そしたら見張り代わってもらうからね!」

 アンジェラはそう言ってマインとオスカーを組み上げた簡易テントの方へと追いやった。もう晩食も済んでだいぶ遅い時間になっていたし、これ以上は彼らの睡眠時間を削るばかりだ。
 そうしてまだ何か言いたそうだったマインがオスカーに引きずられるようにテントに消えて、それでやっと彼女はひとりの静かな時間を手に入れたのだった。
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