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第六章【人の奇縁がつなぐもの】

6-13.勇者の決断(3)

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「あの……申し訳ないんですが、俺、姫様と結婚はできません」

 申し訳なさそうにそう告げたアルベルトの宣言に、[通信]の向こうにいるヴィスコット3世を含めてその場の全員が騒然となった。

「なんでよ!?私の何が不満なの!?言ってよ直すから!」
「アルさんそら酷かぁ!姫ちゃん泣かすんやったらタダじゃおかんばい!」
「貴方相変わらずデリカシーがないのね!少なくとも陛下の御前で口にすることではなくてよ!?」
「おとうさん、ひどい」
「待て待てアル坊!ジブン何言うてるか分かっとるんか!?」
『……ほう。君はうちの可愛いレナとエトルリアの玉座だけではまだ不満だというのかね?』

「いえ、そうではなくてですね。⸺レギーナさん、結婚したら勇者を辞めなくちゃならないって分かってるよね?」

「「「「「……あ。」」」」」
『……そう言えばそうじゃったのう』
「だから蛇王を封印するまでは結婚できないし、封印したらしたで勇者に正式認定されるまで結婚できないし、認定されたらされたで勇者の選定からやり直しになるから結婚できなくなるんだよ」

 そもそもアナトリアで、勇者条約の婚姻条項を盾に皇太子との婚約を拒否したのはレギーナ自身である。恋心に舞い上がって、その事実を彼女はすっかり忘れていたのだ。

『まあそれならそれで、やっぱりレナには玉座を継いでもらって⸺』
「嫌よ!」

 レギーナの叫びが3世の言葉を遮る形になり、3世はタイムラグでまだ聞こえていないはずなのに言葉を止めてしまった。

「……勇者は辞めないわ」
「姫ちゃん、そら……」
「でも結婚も諦めたくないの!」

 確かに、彼女の気持ちも分かる。女性としては好きな相手と結婚して幸せな家庭を築くことは憧れであり、幸せのひとつの理想形ではあるだろう。

「だから!私、勇者条約を改正するから!結婚しても勇者を辞めなくていいようにするわ!」

 そうして決然と言い放ったレギーナのその言葉に、今度こそ全員が絶句したのであった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「……はぁ。ちょっと疲れちゃったわ」

 ぐだぐだになったヴィスコット3世との通信謁見を終えて、レギーナがため息をついた。


 彼女の突然の勇者条約改正宣言に、居合わせた全員の意見は大きく二分された。彼女の決意を肯定する意見と、否定的意見である。とはいえ明確に反対した者はおらず、難色を示したのもヴィオレとナーンだけであった。
 ヴィスコット3世は即答で『よし、ではエトルリア政府としてレナを全面的に支持しよう!ついでに玉座も継いでくれてよいからの!』と大乗り気だったし、ミカエラも「姫ちゃん言い出したら聞かんけんなあ」と苦笑しつつも受け入れているようであった。クレアに至っては「ひめ、すごい、カッコイイ」と目をキラキラさせていて、当のアルベルトも「レギーナさんがやりたいようにすればいいんじゃないかな」と苦笑するだけだった。
 対して、ヴィオレとナーンは懸念を示した。勇者条約は古代ロマヌム帝国の滅亡直後の発効、つまり制定されてからもう七百年ほども経つ古い条約である。その間一度も改正がなかったとは言わないが、少なくとも結婚条項に関しては当初から大きな改正はされていないはず、というのが主な理由だ。

「過去の歴代勇者たちの多くが、特に女性勇者に関してはほぼ全員が正式な婚姻はせずに事実婚で済ませていたという話、レギーナだって知っているでしょう?」
「前例がないなら作ればいいのよ!」
「このひぃさんムチャクチャうとるで」
「なんかそれ、どっかで聞いたセリフやね?」
「だって前にそう言った人は本当にそうしちゃったじゃない!」

「「「「あー、確かに」」」」
「なんや?どいつがそないなこと言うたんや?」
「……マリアだよ、ナーンさん」

「…………あー!あいつホンマ相変わらずムチャクチャやな!」

 そう。マリアだって『巫女は婚姻せずに生涯を神に捧げて生きる』という、神教教団の長い長い慣例を覆して、巫女の結婚への道筋を開いたのだ。であるならばレギーナが勇者条約の改正を目指したっていいはずだし、達成も不可能ではないはずである。

「よーし!そうと決まれば私、頑張るからね!」
「はは、楽しそうだねレギーナさん」
「まあばってんでもその前に、姫ちゃんは身体治して蛇王ばさんならんさないといけないばってんけどね」

「う……そんな現実突きつけなくたっていいじゃない……!」
「むしろ逆やろ」
「逆?」
「明確な目標のできたっちゃけんがんだから、尚のこと頑張れるやん?」
「⸺!」

 ミカエラの一言に、我が意を得たりとばかりに目をキラキラさせるレギーナである。
 こうして、彼女の大目標は決まった。
 進むべき道さえ決まれば、どこまでも突き進んで行けるのが黄加護の特徴である。輝きを含んだ黄色の瞳のレギーナにとっては、これからが黄加護の本領発揮というところであろう。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「あ、それはそうとナーンさん」
「なんやアル坊どないしてん」
ゲルツ伯爵家の遺児おれのこと、新聞記事にするの禁止ね」
「な……!?何でやねん!こないなどえらい大スクープ発表せん手ェないで!?」
「発表はエトルリア王家がすべきでしょ?」

「く……っ、珍しくアル坊がマトモな事言うとる」
「ちょっと、アル、に失礼なこと言わないでくれる?」
「なあ姫ちゃん、やっぱこん人いっぺん1回ぼてくりこか半殺しした方がようない?」
「や!アル坊の言うことももっともやねんなあ!」

「「手のひら返しがすごいわすごかぁ」」
「ナーンさんってこういう人だよ」
「なるほどね。よく分かったわ」
「オレの扱い酷ないかなあ!?」
「どう考えても自業自得だよねナーンさん」





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