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第六章【人の奇縁がつなぐもの】
6-11.勇者の決断(1)
しおりを挟むその後の調査で、ナーンに情報を提供していた人物も判明した。流していたのは極星宮付き侍従のシアーマクである。なんでも彼は病気の妹の薬代のために、これまでにも王宮の機密情報を幾度かナーンに流して不当に収入を得ていたのだとか。
「ほんとスンマセン勇者様。マジカンベンっす!」
「……あなたね、せめて謝罪くらいきちんと出来ないの?」
謝罪の場でまで軽薄なままのシアーマクに、レギーナも頭が痛い。
拘束されたシアーマクが今跪かされているのは極星宮一階の応接室である。レギーナは動きやすいデイドレスに身を包んで上座のひとり掛けソファに座り、その隣に車椅子を手にしたアルベルトが立ち、ミカエラ以下はそれぞれ応接テーブルの左右のソファに腰を下ろしている。
そのほかシアーマクの同僚であった侍従のフーマンや侍女たちが壁際に並び、反対の壁際にはサーサンやスーラを始めとして離宮警護の騎士たちが控えている。レギーナの後ろには専属護衛に指名された騎士ハーフェズが立ち、睨みを利かせている。
「この者は王宮侍従資格を剥奪し投獄することと致します。その後は副王殿下の御裁可次第ですが、まあ少なくとも奴隷落ちは免れんでしょうな」
拘束されたシアーマクの肩を押さえつけるようにして立っているジャワドが、淡々とそう告げる。そのセリフにさすがのシアーマクも顔を青ざめさせている。
「せめて、せめて妹だけは……」
「この期に及んで貴様の願いなど、聞けるわけがなかろう」
「ねえジャワド」
「いかがなさいましたか、勇者様」
「それ、私に預けてくれない?」
「……預ける、と申されますと?」
ジャワドが訝しげにレギーナを見る。そのレギーナはヴィオレに顔を向けた。
「市井で情報収集するのに、ある程度教養のある手駒が欲しいと思っていたのよね」
「ほう。このような軽薄な輩が信用できますかな?」
「だって奴隷に落とすのでしょう?」
奴隷に落とすということはすなわち、[隷属]で縛って強制的に心身の自由を奪い逆らえなくする、ということに他ならない。例えば同じ奴隷である銀麗は主人であるアルベルトの意向で普段は自由に振る舞っているが、その彼女とて主人の不利益になることや主人を害する行為は実行できないし、命令さえされれば勇者の生命ですら狙うのはすでに前科のある通りである。
シアーマクも奴隷に落とされれば必然的にそうなるわけで、裏切られる心配だけは無くなるのだ。
「……罪人の取扱いに関して、わたくしめの一存ではお返事を致しかねます。副王殿下にご報告申し上げて、その上で勇者様がたのご意向もお伝え致しましょう」
「それでいいわ。判断はメフルナーズ様にお任せするし、私たちの要望はあくまでも希望だから。⸺あと、彼の妹は罪に問わないでいてくれると有り難いわね」
「そちらも、副王殿下にお伝え致しましょう」
そうしてジャワドは、シアーマクを引っ立てて辞していった。新しい侍従は近日中に補充されるそうである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうこうしているうちに、ヴィスコット3世との通信謁見の予定日がやって来た。そんなわけで蒼薔薇騎士団とアルベルト、それにナーンまで含めた一行は、王都アスパード・ダナのイェルゲイル神教の国家神殿にやって来ている。
なお銀麗は今回お留守番である。
「な……なあ、オレまで来ること要らんかったんちゃうん?」
「あら。ナーン様だってここまでの成果を報告しないとでしょう?」
「そないな気遣い欲しないねんけどなあ!」
気遣いでも何でもなくて、ナーンは密命で東方に渡ったはずなのだから報告は義務である。そしてレギーナが敗れて瀕死の重傷を負ったということは即ち、ナーンのサポート体制が不充分であったと見なされるわけで、ヴィスコット3世は必ずやその詳細な説明を求めてくるに違いない。
つまり、もはやナーンが生き延びるためにはレギーナに良い報告をしてもらわねばならず、だからこそ彼は断れずについて来るしかないのである。
「まあ10年も自由に好き放題やって来たツケは払わないとね、ナーンさん」
「ツケた覚えないねんけどな!?商売の基本は明朗会計やで!?」
明朗会計も商売の基本には違いないが、ナーンの場合のそれは舌先三寸口八丁の方だから始末に負えない。そしてそんな彼のことはアルベルトがよく解りすぎている。
イェルゲイル神教には五色の魔力に対応した五つの宗派があり、神殿には必ず各宗派の神殿施設が整えられている。黄派の施設は通信や移送がメインであり、人を他の場所に移動させる“転移の間”、物品を送受する“転送の間”、映像や音声を送り合う“通信の間”などがある。
レギーナたちが今回利用するのは“通信の間”である。
ただしこれらはいずれも魔術の術式によって起動するもので、魔術は万能ではないため有効距離が限られる。[通信]の術式がもっとも遠距離に効果を及ぼせるが、それでもエトルリアの中央大神殿との直通は不可能である。
よって、今回の通信ではアナトリア皇国の皇都アンキューラにあるアナトリア国家神殿、イリシャ連邦の連邦首都ラケダイモーンにあるイリシャ国家神殿、マグナ・グラエキアの首都ネアポリスにあるマグナ・グラエキア国家神殿を中継して、エトルリア連邦の総代表都市フローレンティアにある神教中央大神殿まで繋ぐ必要がある。このため、映像にも音声にも若干のタイムラグが生じるのは致し方ないところである。
レギーナはこの日のために誂えた、コルセットを用いない簡素ながらも王女の格式を備えたデイドレスや装身具を身に纏い、自分の足でしっかりと立っている。車椅子はあらかじめ片付けてもらい、復調をアピールする方向で頑張るつもりだ。とはいえ長時間立ったままなのはまだ少し辛いため、通信が繋がるまではミカエラに背を支えてもらっているが。
そうして彼女は左にミカエラ、右にアルベルトを立たせ、侍女アルターフも後ろに控えさせている。その後方にヴィオレ、クレア、ナーンが並んでいて、他に室内にいるのは術式起動の担当の司徒たちだけだ。
「では、通信を繋げます」
司徒の声とともに、壁面の半分近くを占める巨大な鏡面がブラックアウトし、ジジ……ジジ……とノイズが走ったかと思うと、ヴィスコット3世の顔がいきなりどアップで大写しになった。
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