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第六章【人の奇縁がつなぐもの】
6-7.勇者が敗けても世間は動く(2)
しおりを挟む「で、ビックリする話って?」
「これはマジでビックリなんやけど、マリア様が婚約発表したばい」
「嘘でしょ!?」
レギーナたちもお世話になった、先代勇者パーティ“輝ける五色の風”の法術師にして神教の巫女でもあるマリア。巫女は生涯地位を退かず、未婚を貫いて神々に仕えるはずなのに、一体何がどうしてそうなったのか。
「どうも教団が方針転換したらしくてくさ。『巫女にも教義を守らせることになった』げなて」
「……あー、そう言われちゃうとね」
「今まで誰もなんも気にしとらんやったしウチも疑問にも思っとらんやったっちゃけど、確かに巫女だけ教義から外れとったんよね」
そう言われてみると確かに、今までの巫女たちは『産めよ、殖やせよ、地に満ちよ』という神教の教義を守っていなかった事になる。
「それで?お相手はどこの誰なのよ」
「ヨロズヤ男爵家の次男坊やって」
「……あー。リンジロー、だっけ」
西方世界の主要各国に支店を構えて手広く流通と小売を展開するヨロズヤ商会は、商工ギルド所属の世界最大手商会である。各国に一族を根付かせていて、10以上の国で男爵位を持っている。エトルリアでも男爵家として社交界の片隅に食い込んでおり、レギーナも国元ではそれなりに懇意にしていた。
リンジロー・ヨロズヤはそのエトルリアの、ヨロズヤ男爵家の次男である。
「ていうかマリア様って、その……アル、のことが好きって言ってなかった?」
「いい加減名前呼ぶの慣れりーよ」
「え、無理」
「無理やら言うたらつまらんめーもんて!」
ちょっと油断するとすぐアルベルトのことを『あなた』とか『彼』とか呼ぼうとするので、レギーナには今、使用人たちを含めて厳重な監視の目が向けられている。
それはそれとして、マリアはアルベルトの嫁を自称していたはずだが。それにレギーナたちに対して「兄さんを取っちゃダメ」と釘まで刺してきたはずだったのだが。
「なんかね、幼馴染なんやって」
「リンジロー卿が?」
「そう。そんで、巫女神殿に納入に来て再会して、ちょうど巫女に婚姻許可が出されるタイミングやったけんてあっさりまとまったらしいばい」
「え、じゃあ……アル、のこと諦めたのかしら」
「じゃないと?まあなんかなし姫ちゃんからすれば助かったんやない?」
「そ、そうね……」
「やけんなしそこでキョドるかねえ」
レギーナがアルベルトとの婚姻を目指す上で、最大の障害になりかねなかったのがマリアである。イリュリア王国の首都ティルカンで会った際、アルベルトとそういう事になる未来をあり得ないとばかりに否定してしまった身としては、どう言い訳しようか迷っていたのも事実だ。
だがそのマリアが別の相手と結婚するというのなら、これは朗報というべきだろう。
ちなみに、この報せを聞いたアルベルトはといえば「えぇ……マリア、俺と結婚するって言ってくれてたのに……」とかなりショックを受けていた様子であったという。
あれだけ好き好き言われてたのに、サッサとモノにしなかったアンタが悪い。
「じゃあ嬉しい話は?」
「うん。ジュノ先輩が“凄腕”に昇格ったげな」
「ホントに!?」
『西方通信』紙には有力な冒険者の昇格速報も載せられている。“凄腕”以上のランクは世界的に見ても希少なため、昇格すれば名が掲載されるのだ。
冒険者ジュノは〈賢者の学院〉でのレギーナやミカエラの二学年先輩で、同じエトルリア出身者として学生時代に世話になった女性である。彼女は勇者候補にこそなれなかったものの、“力の塔”を17席で卒塔したあと冒険者になっている。
ところが、新人時代に所属した冒険者パーティで起きたトラブルが原因でパーティに所属できなくなり、そのせいで冒険者ランクが頭打ちになっていた。彼女が凄腕に昇格するための条件、それが「冒険者パーティを結成する、あるいは加入すること」であった。
「じゃあ男性恐怖症治ったのね!」
世話になった先輩の朗報に、レギーナの顔も久々に綻ぶ。
「それは分からんけど。でも自分で立ち上げたらしいけん、組みたい仲間ば見つけたっちゃろうね」
「そっか。だったらお祝い贈らないと」
「そやね。まあウチらは東方からまだ帰られんけんが、王宮のほうで手配してもらっとこうて思うっちゃけど」
「それでいいわ。早速叔父さまにお願いしなくちゃね」
「……あー、それなんやけど」
何やら急にミカエラが気まずそうな顔になった。
「……なによ」
「実は、言おうかどうしょうかて迷うとったっちゃけど……」
「……けど?」
「姫ちゃんが蛇王に敗けたこと、なんでかバレとるとよね」
「はぁ!?」
「情報ギルドに漏れたごたってくさ、『西方通信』の一面ぶち抜きで記事にされて全世界に広まってしもうとるとよ」
「なんで!?誰なのよ情報リークしたのは!?」
確かに敗れたのは事実だが、レギーナたちはその事実を特に公表していなかった。死んだならともかく、生きて戻って再戦を目指すのだから、緒戦の敗北などという不名誉な情報をわざわざ公表するわけがない。だからそれを知っている者も限られるのだ。
蒼薔薇騎士団のメンバーやアルベルト、銀麗たちはわざわざ喧伝したりしないだろうし、他に知り得たのは北離宮の使用人たちとメフルナーズやロスタムをはじめとした王宮の一部の面々、それにラフシャーンとその麾下の騎士たちくらいのものか。
「それに関してはヴィオレがアルさんと調べてみるて言いよったけん、ひとまずそれ待ちやね」
「え、アル……も調べてくれるの?」
「惚れた相手が不名誉情報拡散の調査ばしてくれるけんて、そげん嬉しそうな顔せんと」
そんな事言われたって嬉しいものは嬉しいのだ。やっぱり私のこと気遣って、ちゃんと見ててくれるのだと思えば、どうしても顔が緩んでしまうレギーナである。
「ばって問題は拡散元やのうして拡散先なんよね」
「広まった先?」
「だって『西方通信』の一面トップ記事なんばい?そげなん陛下の耳に入らんわけないやん?」
「…………げっ!」
そう。目に入れても痛くないほどレギーナを溺愛し倒しているヴィスコット3世が、遠く離れた異国で愛する姪が瀕死の重傷を負ったなどと聞いて黙っているわけがないのだ。
「えっちょっ、待って?どこまで具体的に漏れてるの!?」
「はいこれ、記事」
差し出された紙面をひったくるようにして受け取り、記事に目を通す。具体的な受傷内容や戦闘の経緯こそ書かれていないが、『力及ばず敗北』『昏倒したまま帰還し現在も意識不明』などと目を覆うような事実が紙面を踊っている。
「……離宮だわ」
「まあそうやろね」
「侍女の子たちか、それとも侍従か。ジャワドではないと思うんだけど」
「ヴィオレも同じこと言いよったね。やけんそっちは任しとこう」
問題はそっちではなく、ヴィスコット3世をどう宥めるか、である。
「黄神殿に連れてってくれる?直接姿をお見せしないと、きっと安心して頂けないわ」
「そうやろうね。分かった」
こうしてレギーナは、療養の身を押して自ら対処せねばならなくなってしまったのである。
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