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第六章【人の奇縁がつなぐもの】

6-5.アルベルトは人の縁で成り上がる……?(2)

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 ゲルツ伯爵家は家名からも分かる通り、元は北部ゲール語系の家名でルーツはアウストリーにある。だがヴィパーヴァ渓谷が係争地となったことで、ゲルツ伯爵家は時代により帰属する国家を幾度も変えてきた。アルベルトの生まれた頃にはエトルリアに帰属して数世代を経ていたが、伯爵家はどちらの国とも最初からある程度一線を引いて、どうにでも動けるよう独立自尊の気風を貫こうとしていた。
 スラヴィア争乱の最末期には大きな戦闘もほとんどなくなり、周辺大国の版図もほぼ固まりつつあった。そんな中でエトルリアは渓谷を死守したかったし、アウストリーは争乱終結までにどうしても渓谷を攻略したかった。

 両軍の戦闘は結果的に、ゴリシュカに籠もるゲルツ伯軍を無視する形で頭ごなしに行われた。アウストリー軍の宣戦布告はなく、到着してすぐアウストリー軍と交戦状態になったことでエトルリア軍の着陣報告もなかった。
 そのせいで渓谷全体の瘴気汚染に気付くのが遅れて市民を逃がす猶予さえ失ったのだから、ゲルツ伯爵家からの信用度が無くなるのも無理からぬことだった。

「おとうさん…ごめんなさい」
「クレアちゃんは何も悪くないじゃないか」

 エトルリア先遣隊の魔術師団を率いたのは、当時弱冠17歳であったクレアの父ロベルト・パスキュールである。だがクレアはもちろんまだ生まれていないから、彼女に責任などあろうはずがない。
 というか誰の責任も問えないのだ。だって戦争とは、戦場とはそういうものである。勝敗が確定していれば敗戦国がその責を負うのが一般的だが、ヴィパーヴァ渓谷を巡る戦いは勝敗がつかなかった。ただゴリシュカとゲルツ伯爵家が滅んだだけである。
 だからこそエトルリア王家は、その当時すでに王家であったヴィスコット家は、責任を感じてイレデンタを捜し求め続けたのだ。そしてそれは当時まだ王子だった現王3世も、当時まだ生まれていなかった王女レギーナも同様で。

「わあああああん!」
「わあビックリした!?」

 いきなりレギーナが顔を覆い、声を上げて泣き出したからビックリである。確かに悲劇的な話だが、泣くほどの事では⸺

「わあああ!もう結婚してぇ~!」
「なんで!?」

 滂沱と涙を流しつつ両手を差し伸べ求婚されて、思わず物理的に引いてしまったアルベルトである。

「いや、姫ちゃん色々すっ飛ばし過ぎやってそれ」
「ていうか、今の話のどこにそんな流れがあったのかなあ!?」
「だって、おとうさんはイレデンタ…」

「い、イレデンタ?」

 ポカンとするアルベルト。それを見てレギーナ以下はキョトンとする。

「……どんな意味かはけど、俺はもう30年も前に滅んだ家の子だしずっと平民として生きてきたから、王女殿下と婚姻できるような身分でもないですよ」

 ていうか歳の差あり過ぎるし、王女で勇者とか普通に無理だし。
 とか何とか呟いているアルベルトを見て、今度は唖然とする蒼薔薇騎士団。

「アルさん……」
「うん?」
「もしかして、に気付いとらんてない?」

「…………価値って言われてもね。14の歳の暮れにアナスタシアナーシャと一緒にシルミウムを逃げ出した時点で⸺」
「解っとらんったいてないんだ
「んんん?」

 あくまでも理解してなさそうな顔のアルベルトを見て最初に気付いたのは、蒼薔薇騎士団で唯一エトルリア出身でないヴィオレだった。

「ああ、なるほどね。貴方、エトルリア国内で育っていないからイレデンタののね」

 エトルリア国民であればゴリシュカ滅亡後の約30年間で、ゴリシュカの悲劇とイレデンタの価値は徹底的に教育され浸透している。だがアルベルトは生まれはともかく、育ったのはスラヴィア自治州内であってエトルリアではなかった。
 当然、彼はイレデンタなんて知らないし、自分がずっと探されていたなんてこの瞬間まで全く気付いていなかったのである。

「マジで知らんやったったいなかったんだ
「ええと……」
「おとうさんをね、生きて連れて帰ったら王家から賞金がもらえるよ」
「手がかりを見つけ出しただけでも褒賞品が下賜されるわね」
「ウソぉ!?」

「やけん、姫ちゃんの結婚相手としても問題なく認められるばい」
「むしろ陛下が喜ぶ」
「えええ……」
「貴方の人脈や見識の広がりようを見て、『どこかの王族』であっても不思議はないとは思っていたのだけれど。でもまさか、が出てくるだなんてねえ……」

 ことエトルリアにとって、エトルリアの王族にとって、イレデンタつまりアルベルトはどんな王侯貴族よりも重要で尊重すべき存在である。すでに死んでしまっているならともかく、こうして無事に生きてのだからなおさらだ。
 他の国にとってはそうではないが、少なくともエトルリアにとってはアルベルトが生きていることが何よりも重要で、喜ばしいことなのだ。
 そしてエトルリア王女であるレギーナにとってもそれは同様で。

 ちなみにこれは、アウストリー公国だとそうではない。アウストリーにとって重要なのはあくまでも土地であり領土であり、だからかの国ではゲルツ伯爵家の生き残りを探したりなどしていない。

「クレアの言う通りね。叔父さまもきっとお喜びになると思うの」
「本当に!?」
「そうやね。陛下も2世陛下も、1世陛下もずーっと気にしとんしゃったけんね」
大地の賢者おじいちゃんも、旅しながらゲルツ伯爵家の手がかりを探してるんだよ」
「ガルシア様まで!?」

 だってエトルリア国民全ての悲願なのだ。クレアの祖父ガルシアとてエトルリアの臣民のひとりなのだから当然のことである。

「そうと決まったら陛下に報告せんとしないと!」
「そうね。早い方がいいでしょうね」
「国を挙げてお祝いになるね」

「いや……ちょっと待ってくれないかな」

 一気にお祝いムードになりつつある中、独り取り残された恰好のアルベルトが困惑したように声を上げた。

「なあに?あなたは私とじゃ結婚したくないの?」
「そうじゃなくて。その、いきなり急すぎてついて行けないっていうか」
「あーまあ、そら分からんでもないけど」

「そもそも、まだ一度も名前すら呼ばれてないのに結婚って言われてもね……」

「「「……あっ。」」」
「えっ?」

 今さら発覚した驚愕の事実。
 そう。レギーナはアルベルトと出会ってからここまで、ただの一度も彼の名を呼んでいなかった。

「言われてみれば…」
「確かに、聞いた覚えがないわねえ」
「ウチはずーっと『おいちゃん』て呼んどったし、姫ちゃんは『彼』とか『あなた』とかばっかりやったねそう言えば」
「ううう嘘でしょ!?」

 嘘ではない。男性に慣れていないレギーナは彼の名を呼ぶことを恥ずかしがって、ここまで全て二人称で済ませていた。それにすっかり慣れきってしまっていたことに気付いてすらいなかったのだ。
 だが一度自覚してしまえば、レギーナ自身にも身に覚えがありすぎた。

「わああああごめんなさいいいぃぃぃ!」

 そうして、今度こそレギーナは真っ赤になった顔を覆って、ベッドに突っ伏してしまったのだった。



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー



【ネタばらし】
レギーナがアルベルトの名を一度も呼んでない件、これは最初から作者が仕組んでいたものです(爆)。レギーナの登場する序章第12話から読み返してもらっても構いませんが、意図的に呼ばせてないので彼女は本当に一度も彼の名を呼んでおりません(爆笑)。




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