上 下
310 / 326
第六章【人の奇縁がつなぐもの】

6-4.アルベルトは人の縁で成り上がる……?(1)

しおりを挟む


「な、何のことかなあ?」

 ミカエラがしてきたアルベルトは、開口一番キョドった。

「今さらなんばそらとぼけようとかねこん人は」

 文字通り[拘束]してまで連れてきたミカエラが、すっかり彼のことを白眼視している。

「いいけんロケット出しんしゃいて!それで全部分かろうもん!」
「あっちょっと!やめて!」

 ミカエラが両手でアルベルトの襟首を掴み、胸元を暴きにかかる。それを彼は両手をクロスさせ隠すようにしてガードしようとする。逆だと確実にアウトな構図である。
 19歳小娘に襲われる35歳おっさん。なにそれ羨ましい。

「ちょっとミカエラ止めなさいよ!」
「なし!?姫ちゃんやって知りたかろうもん!」

「だって……彼が隠したいのなら……」

 知りたいけど、無理矢理に暴いてまで知りたくない。それで嫌われるなんてやだ。
 乙女心は複雑なのである。

「埒が明かないわねえ」
「おとうさん、隠しごとはよくないよ?」

 ミカエラとアルベルトを追ってやって来たヴィオレが呆れ顔で呟く。一緒について来ているクレアもちょっと白い目だ。

「いや、そう言われても……うーん」

 美女と美少女に囲まれて困り果てるおっさん。

「まあわれは主がどんな出自でも構わんよ」
「だって君はエトルリアとは関係ないじゃないか」

 自分の奴隷インリーにはサラッと言い返せるおっさん。傍目にはだいぶカッコ悪いが。

「っちゅうことは、やっぱなんやね、アルさん」

 そしてミカエラは聞き逃さなかった。
 そのツッコミを聞いて、ベッドの上のレギーナが身を固くした。

 ここまでの道中、アルベルトは自分の出自をほとんど語ってこなかった。それは誰も彼の身元を確かめようとしなかったせいでもあるが、数少ない彼の情報を総合しても、『6歳でスラヴィアのシルミウム辺境伯家に引き取られた』『15歳でラグに出てきて冒険者になり、ユーリの下で勇者候補のパーティメンバーとして活動していた』『18歳からラグでソロ冒険者をやっている』この三点しか明らかになっていない。
 つまり、現状の情報だけだとアルベルトとエトルリアには接点がないのだ。

 ただし、一目瞭然だがアルベルトの過去情報には大きな抜けがある。それはつまり、ということ。

「アルさんて確か、6歳でシルミウム辺境伯に引き取られて、アナスタシア様と一緒に育ったて言いよったよね?」
「それは……まあ、言った気はするけど」
「なら、6歳まではどげんしとったとよ」
「ええと……」
「記憶が無いわけやないっちゃろ?」

「アルベルトさんが6歳っていうと、スラヴィア争乱の最末期の頃よね」

 形のいい顎をつまんでヴィオレがさらっと口にして、それにアルベルトがギクリと反応した。

「じゃあ……やっぱり、あなたは」
「……えっ」
「姫ちゃんが見とうとてるのよ。アルさんが隠しとったロケットの裏っかわ。刻印された家紋

 見られたと知って驚きを顔に浮かべたアルベルトは、なおも視線を彷徨わせて逡巡していたが、やがて観念したのか襟のボタンを外し始めた。
 そうして胸元に手を入れて取り出したのは、古びた真鍮製の小さなロケットペンダント。

「家族の形見なんだ。誰にも見せてはダメだって、母様かあさまにきつく言われてたんだ」

 どこからどう見ても一般庶民にしか見えないアルベルトの口から出た『母様かあさま』という単語に、ミカエラがやはりという顔になる。

「でも、他ならぬに見られたのなら、もう隠してはおけないね」

 彼はそう言って、首からロケットを外した。そうしてベッドに近寄ると、跪いて掌に乗せたそれをレギーナに捧げた。

「見ても、いいの?」
「貴女には、見る権利がおありかと」

「おお…おとうさんがなんか新鮮…!」
「クレア。黙っていなさい」

 離れたところでクレアとヴィオレが何か言っているが、それには構わずレギーナはロケットを受け取った。
 裏返すと小さな裏蓋があり、そこに彼女が予想した通りの家紋が彫られていた。ずいぶん摩耗してはいたものの、見間違いようもなかった。

「開けてみても?」
「……ええ、どうぞ」

 許可を得て裏蓋を開くと、中にあったのは小さな小さな肖像画。貴族の老人と夫婦、それに女の子ふたりと男の子の幼い姉弟の姿が描かれていた。そしてレギーナはその老貴族を別の姿絵で見た覚えがあった。

「やっぱり……あなた、ゲルツ伯爵家の遺児だったのね」


 “失われたエトルリアイレデンタ”と呼ばれる土地がある。かつて、およそ30年前までエトルリア連邦の領土だった地域だ。
 地理的にはエトルリア連邦の代表十二都市のひとつであるアクイレアの北東部、ヴィパーヴァ渓谷を中心としたエトルリアの北東の角にあたる。北はアウストリー公国と、東は現在のスラヴィア自治州と接する地域であり、代表都市ゴリシュカを中心にゲルツ伯爵家が代々治めていた。
 エトルリアの代表都市は、かつては十二ではなく十三都市あった。その失われた十三番目の代表都市こそがゴリシュカだったのである。

 スラヴィア争乱の最末期、突如として南攻してきたアウストリー公国の南方辺境伯軍の急襲を受けて、ゲルツ伯爵は麾下の領軍を率いてヴィパーヴァ渓谷に籠城し、同時にエトルリアの総代表都市フローレンティアに援軍要請を行った。エトルリア王宮は直ちに宮廷魔術師ロベルト・パスキュールを指揮官とする魔術師団を派遣して、ヴィパーヴァ渓谷でアウストリー軍と激突した。
 その結果、両軍の魔術戦で地下の瘴脈の暴走を招いた挙げ句にヴィパーヴァ渓谷全体が瘴気に汚染され、ゴリシュカは壊滅してゲルツ伯は戦死、市民の大半も巻き込まれて犠牲になった。逃れられたゴリシュカ市民はごく少数で、ゲルツ伯爵家でも伯爵のほかひとり息子の嫡男が戦死、嫡孫のうち長女の死亡も確認されている。
 だが嫡男の子供たちの中で次女と長男の行方はようとして知れない。その次女の名はフランチェスカ、長男の名はという。当時9歳と5歳の幼い姉弟である。

 戦後、瘴気に呑まれたヴィパーヴァ渓谷はエトルリア連邦もアウストリー公国もこれを放棄せざるを得ず、現在の地域区分的にはスラヴィア自治州に組み込まれてこそいるが、ヴィパーヴァ渓谷は未だに無国家地帯である。元々アウストリーとの紛争地域ではあったが、直前まで実効支配していたエトルリア側からすれば、そこは確かに“失われたエトルリアイレデンタ”と呼ぶべき土地なのだ。
 ゴリシュカの壊滅という大きな被害を出したスラヴィア争乱はその後、大きな戦闘行為がほとんどなくなり、それから約10年をかけてスラヴィアの各都市と周辺各国に停戦条約が結ばれ終結した。

 そして年月が経つにつれ、“イレデンタ”という単語は少しずつ意味が変遷してゆく。もとの意味が消えたわけではないが、ゲルツ伯爵家の行方不明の血族をも指すようになっていったのだ。
 それは具体的には、フランチェスカとアルベルトの姉弟を指す。そのどちらかでも無事に見つけ出せればゲルツ伯爵家の再興に繋がり、翻って“イレデンタ”をも取り戻した事になる。

 エトルリアではこの考え方が浸透していて、だから国民には必ずゴリシュカの悲劇を教育で受け継いでいるし、王宮では彼らを見つけ出した者に褒賞を与えると公言しているほどである。

「やっぱりアルさん、そうやったんやね。ばってんなし、今まで隠しとったん?」

「…………母様も父様も仰っていたんだ。『エトルリアもアウストリーも信用ならない』って」



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー



【宣伝】
都市ゴリシュカの話は拙作『魔力なしの役立たずだとパーティを追放されたんだけど、実は次の約束があんだよね~~なので今更戻って来いとか言われても知らんがな』にも出てきています。そっちも併せて読み返すと、ちょっとだけニマニマできるかも?





しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

ドラゴン王の妃~異世界に王妃として召喚されてしまいました~

夢呼
ファンタジー
異世界へ「王妃」として召喚されてしまった一般OLのさくら。 自分の過去はすべて奪われ、この異世界で王妃として生きることを余儀なくされてしまったが、肝心な国王陛下はまさかの長期不在?! 「私の旦那様って一体どんな人なの??いつ会えるの??」 いつまで経っても帰ってくることのない陛下を待ちながらも、何もすることがなく、一人宮殿内をフラフラして過ごす日々。 ある日、敷地内にひっそりと住んでいるドラゴンと出会う・・・。 怖がりで泣き虫なくせに妙に気の強いヒロインの物語です。 この作品は他サイトにも掲載したものをアルファポリス用に修正を加えたものです。 ご都合主義のゆるい世界観です。そこは何卒×2、大目に見てやってくださいませ。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~

於田縫紀
ファンタジー
 図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。  その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

処理中です...