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第六章【人の奇縁がつなぐもの】
6-4.アルベルトは人の縁で成り上がる……?(1)
しおりを挟む「な、何のことかなあ?」
ミカエラが連行してきたアルベルトは、開口一番キョドった。
「今さらなんば空とぼけようとかねこん人は」
文字通り[拘束]してまで連れてきたミカエラが、すっかり彼のことを白眼視している。
「いいけんロケット出しんしゃいて!それで全部分かろうもん!」
「あっちょっと!やめて!」
ミカエラが両手でアルベルトの襟首を掴み、胸元を暴きにかかる。それを彼は両手をクロスさせ隠すようにしてガードしようとする。逆だと確実にアウトな構図である。
19歳小娘に襲われる35歳おっさん。なにそれ羨ましい。
「ちょっとミカエラ止めなさいよ!」
「なし!?姫ちゃんやって知りたかろうもん!」
「だって……彼が隠したいのなら……」
知りたいけど、無理矢理に暴いてまで知りたくない。それで嫌われるなんてやだ。
乙女心は複雑なのである。
「埒が明かないわねえ」
「おとうさん、隠しごとはよくないよ?」
ミカエラとアルベルトを追ってやって来たヴィオレが呆れ顔で呟く。一緒について来ているクレアもちょっと白い目だ。
「いや、そう言われても……うーん」
美女と美少女に囲まれて困り果てるおっさん。
「まあ吾は主がどんな出自でも構わんよ」
「だって君はエトルリアとは関係ないじゃないか」
自分の奴隷にはサラッと言い返せるおっさん。傍目にはだいぶカッコ悪いが。
「っちゅうことは、やっぱエトルリア出身なんやね、アルさん」
そしてミカエラは聞き逃さなかった。
そのツッコミを聞いて、ベッドの上のレギーナが身を固くした。
ここまでの道中、アルベルトは自分の出自をほとんど語ってこなかった。それは誰も彼の身元を確かめようとしなかったせいでもあるが、数少ない彼の情報を総合しても、『6歳でスラヴィアのシルミウム辺境伯家に引き取られた』『15歳でラグに出てきて冒険者になり、ユーリの下で勇者候補のパーティメンバーとして活動していた』『18歳からラグでソロ冒険者をやっている』この三点しか明らかになっていない。
つまり、現状の情報だけだとアルベルトとエトルリアには接点がないのだ。
ただし、一目瞭然だがアルベルトの過去情報には大きな抜けがある。それはつまり、6歳になるまでどこでどうやって育ったのかということ。
「アルさんて確か、6歳でシルミウム辺境伯に引き取られて、アナスタシア様と一緒に育ったて言いよったよね?」
「それは……まあ、言った気はするけど」
「なら、6歳まではどげんしとったとよ」
「ええと……」
「記憶が無いわけやないっちゃろ?」
「アルベルトさんが6歳っていうと、スラヴィア争乱の最末期の頃よね」
形のいい顎をつまんでヴィオレがさらっと口にして、それにアルベルトがギクリと反応した。
「じゃあ……やっぱり、あなたは」
「……えっ」
「姫ちゃんが見とうとよ。アルさんが隠しとったロケットの裏っかわ。刻印された家紋ば」
見られたと知って驚きを顔に浮かべたアルベルトは、なおも視線を彷徨わせて逡巡していたが、やがて観念したのか襟のボタンを外し始めた。
そうして胸元に手を入れて取り出したのは、古びた真鍮製の小さなロケットペンダント。
「家族の形見なんだ。誰にも見せてはダメだって、母様にきつく言われてたんだ」
どこからどう見ても一般庶民にしか見えないアルベルトの口から出た『母様』という単語に、ミカエラがやはりという顔になる。
「でも、他ならぬレギーナ姫に見られたのなら、もう隠してはおけないね」
彼はそう言って、首からロケットを外した。そうしてベッドに近寄ると、跪いて掌に乗せたそれをレギーナに捧げた。
「見ても、いいの?」
「貴女には、見る権利がおありかと」
「おお…おとうさんがなんか新鮮…!」
「クレア。黙っていなさい」
離れたところでクレアとヴィオレが何か言っているが、それには構わずレギーナはロケットを受け取った。
裏返すと小さな裏蓋があり、そこに彼女が予想した通りの家紋が彫られていた。ずいぶん摩耗してはいたものの、見間違いようもなかった。
「開けてみても?」
「……ええ、どうぞ」
許可を得て裏蓋を開くと、中にあったのは小さな小さな肖像画。貴族の老人と夫婦、それに女の子ふたりと男の子の幼い姉弟の姿が描かれていた。そしてレギーナはその老貴族を別の姿絵で見た覚えがあった。
「やっぱり……あなた、ゲルツ伯爵家の遺児だったのね」
“失われたエトルリア”と呼ばれる土地がある。かつて、およそ30年前までエトルリア連邦の領土だった地域だ。
地理的にはエトルリア連邦の代表十二都市のひとつであるアクイレアの北東部、ヴィパーヴァ渓谷を中心としたエトルリアの北東の角にあたる。北はアウストリー公国と、東は現在のスラヴィア自治州と接する地域であり、代表都市ゴリシュカを中心にゲルツ伯爵家が代々治めていた。
エトルリアの代表都市は、かつては十二ではなく十三都市あった。その失われた十三番目の代表都市こそがゴリシュカだったのである。
スラヴィア争乱の最末期、突如として南攻してきたアウストリー公国の南方辺境伯軍の急襲を受けて、ゲルツ伯爵は麾下の領軍を率いてヴィパーヴァ渓谷に籠城し、同時にエトルリアの総代表都市フローレンティアに援軍要請を行った。エトルリア王宮は直ちに宮廷魔術師ロベルト・パスキュールを指揮官とする魔術師団を派遣して、ヴィパーヴァ渓谷でアウストリー軍と激突した。
その結果、両軍の魔術戦で地下の瘴脈の暴走を招いた挙げ句にヴィパーヴァ渓谷全体が瘴気に汚染され、ゴリシュカは壊滅してゲルツ伯は戦死、市民の大半も巻き込まれて犠牲になった。逃れられたゴリシュカ市民はごく少数で、ゲルツ伯爵家でも伯爵のほかひとり息子の嫡男が戦死、嫡孫のうち長女の死亡も確認されている。
だが嫡男の子供たちの中で次女と長男の行方は杳として知れない。その次女の名はフランチェスカ、長男の名はアルベルトという。当時9歳と5歳の幼い姉弟である。
戦後、瘴気に呑まれたヴィパーヴァ渓谷はエトルリア連邦もアウストリー公国もこれを放棄せざるを得ず、現在の地域区分的にはスラヴィア自治州に組み込まれてこそいるが、ヴィパーヴァ渓谷は未だに無国家地帯である。元々アウストリーとの紛争地域ではあったが、直前まで実効支配していたエトルリア側からすれば、そこは確かに“失われたエトルリア”と呼ぶべき土地なのだ。
ゴリシュカの壊滅という大きな被害を出したスラヴィア争乱はその後、大きな戦闘行為がほとんどなくなり、それから約10年をかけてスラヴィアの各都市と周辺各国に停戦条約が結ばれ終結した。
そして年月が経つにつれ、“イレデンタ”という単語は少しずつ意味が変遷してゆく。もとの意味が消えたわけではないが、ゲルツ伯爵家の行方不明の血族をも指すようになっていったのだ。
それは具体的には、フランチェスカとアルベルトの姉弟を指す。そのどちらかでも無事に見つけ出せればゲルツ伯爵家の再興に繋がり、翻って“イレデンタ”をも取り戻した事になる。
エトルリアではこの考え方が浸透していて、だから国民には必ずゴリシュカの悲劇を教育で受け継いでいるし、王宮では彼らを見つけ出した者に褒賞を与えると公言しているほどである。
「やっぱりアルさん、そうやったんやね。ばってんなし、今まで隠しとったん?」
「…………母様も父様も仰っていたんだ。『エトルリアもアウストリーも信用ならない』って」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
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都市ゴリシュカの話は拙作『魔力なしの役立たずだとパーティを追放されたんだけど、実は次の約束があんだよね~~なので今更戻って来いとか言われても知らんがな』にも出てきています。そっちも併せて読み返すと、ちょっとだけニマニマできるかも?
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