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第六章【人の奇縁がつなぐもの】
6-3.自覚した心と隠された事実
しおりを挟む「それでね」
ひとしきり泣いたあと、レギーナが落ち着いたのを見計らってミカエラは身体を離し、椅子に座り直した。
そうして待っていると、レギーナは再びポツリポツリと話し出す。
「私を助けてくれたのって、やっぱり……彼よね」
「うん。アルさんやね」
「その、どうやって助けてくれたの?」
レギーナ自身すら死を覚悟した中で、彼女以外には誰もまともに蛇王と直接渡り合えなかったはずなのに、どうやって自分の身柄を取り戻してくれたのか。彼女にはそこの記憶が曖昧で分からない。
「あの人、霊遺物使いんしゃったとよ」
「霊遺物!?」
「そう。“身写しの人形”っていうとげな。対象の霊炉に触れさせることで、対象の姿になって代わりに敵を引きつけてくれるとげな」
アルベルトが最後の準備の際に、念のためと言いつつ腰袋に忍ばせたのが“身写しの人形”である。起動させれば失われた魔術である[身写]によって対象の姿そっくり同じに変わることができ、同時に[認識阻害]を発動させて、本体のほうを認識できなくする効果も付与されている。それによってあの時、本物のレギーナは誰の目にも認識できなくなり、人形の方を本物だと思い込んだのだ。
アルベルトは人形が発動するまでのごく僅かな時間に真銀のダガーで蛇王の手からレギーナを解放させ、認識できなくなる前に手を伸ばして彼女の身体を抱きとめたのだった。
「……なんで彼、そんなの持ってたの?」
「ユーリ様から貰うたって言いよんしゃったよ」
ユーリが魔術師マスタングと討伐したヴァルガン王国の吸血魔“血祖”。その血祖が貯め込んでいた財宝の中に、それはあった。ユーリはそれまでにも大きな討伐のたびにアルベルトを連れ出しては彼を含めて戦利品を山分けしており、その時もアルベルトに分け前が用意されたのだ。
手を出すなと言われて見ていただけだからとアルベルトは固辞したのだが、押し問答の末に「では預かっていてくれ」と言われて最終的に押し付けられた。その際にユーリから「勝手に売られては困るが、使うぶんには構わないよ」とも言われており、効果が効果なだけにアルベルトも最終的に使うことを決断したのだった。
「また、助けられちゃった……」
「そうやね。感謝してもしきれんばい」
幾度も助けられ、二度ならず三度までも命を救われた。ミカエラで一度、レギーナで二度。彼がいなければ蒼薔薇騎士団は、東方世界に辿り着くことさえできなかった。
その上さらに彼は貴重な霊遺物を使ってまで蛇王の魔の手から救い出してくれて、再戦の機会を与えてくれたのだ。それほどの大恩、もはやどうやって返せばいいのか。レギーナにもミカエラにも、すぐには答えが出せそうにない。
「それでね」
「うん?」
「あの、あのね?……その、ね?」
急に口ごもり、目を泳がせ頬を染めて、モジモジと言いづらそうにするレギーナ。それを見てミカエラはなんとなくイタズラ心を起こした。
「なァん?もしかして命ば助けてもろうたけんて、うっかり惚れたりやらしとらんめえね?」
それはほんの冗談のつもりだった。
だがそう言われたレギーナの方はビクリと肩を震わせたあと、みるみるうちにその顔が耳まで真っ赤に染まってゆく。
「え……マジで?」
これには逆にミカエラがビックリである。確かにアルベルトは紳士だし穏やかで優しいし料理も上手いし、いざという時にはとても頼もしくて、人間としても冒険者の先輩としても尊敬できる人物で返しきれないほどの恩もあるけれど。
でも、おっさんだ。
彼との年齢差は16歳もあり、ぶっちゃけ親子ほど歳が離れている。だって彼女の母のヴィットーリアと2歳しか違わないのだ。
それなのに、本気で?
だが、真っ赤になった顔を両手で覆ってしまった彼女の姿に、もはや疑う余地などなかった。
そう言えばこの子全然男慣れしてないし、こんなに長期間行動を共にした男性なんて親族以外では彼が初めてだった!
「あー……まあ、気持ちは分からんでもないばってん」
気付かなければ良かったのだろうが、気付いてしまった。そしてひとたび気付いてしまえば、それは無理筋というものだ。
なんと言ってもレギーナは勇者であることをさて置いても、大国エトルリア連邦の王女である。いくら恋に落ちたとはいえ、彼女が平民のおっさん冒険者と結ばれる余地などどこにもない。
「あのね、多分だけど……大丈夫だと思うの」
だというのに、レギーナには悲観した様子がない。顔から両手をどかした彼女はまだ真っ赤な顔をしていたが、その目に確信の光が宿っている。
「彼がね、私を抱いて逃げてくれていた時にね、見ちゃったの」
「見たって、なんを?」
「彼、ロケット下げてたの」
「あー、なんかプラプラしよったねそう言えば」
あの時ミカエラは彼の隣を並走しつつ、必死でレギーナに[治癒]をかけ続けていた。逃走しながらだと集中も安定しないし、だから効きも思わしくなくて、だけど一刻も早く止血だけでもしないとと思って必死だった。
その際に、アルベルトの胸元でロケットペンダントが踊っていたのは目の端に捉えていた。興味もなかったし、レギーナのことで頭が一杯だったから今まで忘れていた。
「あのロケットに、家紋が彫ってあったの」
「え、うそ」
家紋などというものは、通常は貴族でなければ用いない。稀に平民で家紋を持っている者もいるが、そういう人物は大抵が昔の貴族の末裔だったり、没落して平民になった元貴族である。
「なら、アルさんて貴族の子孫とかなんやろか」
「子孫っていうか……孫?」
「孫!?」
「多分」
「ばってん、アルさん今まで家名とか全然名乗っとらんやん?」
アルベルトはここまで、彼女たちには名しか名乗っていなかった。平民だから家名はないと、そう言っていたのだ。
もしも貴族の孫なら普通は貴族だ。祖父から本人までの間に没落したとしても、家名や家紋は容易に廃止しないものである。仮に家名や家紋を捨てたとすれば平民に落ちて数世代は経っているはずで、それだと孫という表現がおかしくなる。
それに何より、没落貴族の孫だろうが何だろうが、王女の伴侶としてはどのみち認められるはずがない。
「その家紋がね」
「うん」
「────」
「マジで!?」
いまいち確信が持てないのか、それとも不確定情報なので声に出すのを憚られたのか、誰もこの場にいないのにレギーナはミカエラに耳打ちした。
そしてミカエラは驚愕する他はない。確かにそれが事実なら⸺
「それやったら絶対イケるやん!」
「そうよね?」
「むしろ陛下が大喜びで縁談進めるやつやん!」
「やっぱりそうよね!」
「なんなら『身体使ってでも必ずオトして来い』ぐらい言われるっちゃない!?」
「う……言いそう、かも」
王女が身体使ってオトせとか言われる平民(没落貴族?)ってどんなんや。
「やったら確認せなやん!ちょおアルさん呼んでくるけん!」
「あっ、ちょっと!」
そう言ってミカエラは、レギーナが止める間もなく部屋を駆け出して行ってしまった。唖然とするレギーナは、虚しく伸ばした腕を、ぱたりと落とすしかない。
「ていうかミカエラ……?」
呆然としたまま、誰も居なくなった部屋でレギーナは呟く。
「あなたいつの間に、彼のこと愛称で呼ぶ仲になってるのよ……?」
それは生まれて初めて恋心を自覚したレギーナにとって、無視できない大問題であった。
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