【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

文字の大きさ
上 下
309 / 342
第六章【人の奇縁がつなぐもの】

6-3.自覚した心と隠された事実

しおりを挟む


「それでね」

 ひとしきり泣いたあと、レギーナが落ち着いたのを見計らってミカエラは身体を離し、椅子に座り直した。
 そうして待っていると、レギーナは再びポツリポツリと話し出す。

「私を助けてくれたのって、やっぱり……彼よね」
「うん。アルさんやね」
「その、どうやって助けてくれたの?」

 レギーナ自身すら死を覚悟した中で、彼女以外には誰もまともに蛇王と直接渡り合えなかったはずなのに、どうやって自分の身柄を取り戻してくれたのか。彼女にはそこの記憶が曖昧で分からない。

「あの人、霊遺物アーティファクト使いんしゃったとよ」
「霊遺物!?」
「そう。“身写しの人形”っていうとげなんだって。対象の霊炉心臓に触れさせることで、対象の姿になって代わりに敵を引きつけてくれるとげな」

 アルベルトが最後の準備の際に、念のためと言いつつ腰袋に忍ばせたのが“身写しの人形”である。起動させれば失われた魔術である[身写しんしゃ]によって対象の姿そっくり同じに変わることができ、同時に[認識阻害]を発動させて、本体のほうを認識できなくする効果も付与されている。それによってあの時、本物のレギーナは誰の目にも認識できなくなり、人形の方を本物だと思い込んだのだ。
 アルベルトは人形が発動するまでのごく僅かな時間に真銀ミスリルのダガーで蛇王の手からレギーナを解放させ、認識できなくなる前に手を伸ばして彼女の身体を抱きとめたのだった。

「……なんで彼、そんなの持ってたの?」
「ユーリ様からもろうたって言いよんしゃったよ」

 ユーリが魔術師マスタングと討伐したヴァルガン王国の吸血魔“血祖”。その血祖が貯め込んでいた財宝の中に、それはあった。ユーリはそれまでにも大きな討伐のたびにアルベルトを連れ出しては彼を含めて戦利品を山分けしており、その時もアルベルトに分け前が用意されたのだ。
 手を出すなと言われて見ていただけだからとアルベルトは固辞したのだが、押し問答の末に「では預かっていてくれ」と言われて最終的に押し付けられた。その際にユーリから「勝手に売られては困るが、使うぶんには構わないよ」とも言われており、効果が効果なだけにアルベルトも最終的に使うことを決断したのだった。

「また、助けられちゃった……」
「そうやね。感謝してもしきれんばい」

 幾度も助けられ、二度ならず三度までも命を救われた。ミカエラで一度、レギーナで二度。彼がいなければ蒼薔薇騎士団は、東方世界に辿り着くことさえできなかった。
 その上さらに彼は貴重な霊遺物を使ってまで蛇王の魔の手から救い出してくれて、再戦の機会を与えてくれたのだ。それほどの大恩、もはやどうやって返せばいいのか。レギーナにもミカエラにも、すぐには答えが出せそうにない。

「それでね」
「うん?」
「あの、あのね?……その、ね?」

 急に口ごもり、目を泳がせ頬を染めて、モジモジと言いづらそうにするレギーナ。それを見てミカエラはなんとなくイタズラ心を起こした。

「なァん?もしかして命ば助けてもろうた貰ったけんからて、うっかり惚れたりやらなんてしとらんしてないめえねでしょうね?」

 それはほんの冗談のつもりだった。
 だがそう言われたレギーナの方はビクリと肩を震わせたあと、みるみるうちにその顔が耳まで真っ赤に染まってゆく。

「え……マジで?」

 これには逆にミカエラがビックリである。確かにアルベルトは紳士だし穏やかで優しいし料理も上手いし、いざという時にはとても頼もしくて、人間としても冒険者の先輩としても尊敬できる人物で返しきれないほどの恩もあるけれど。

 でも、おっさんだ。

 彼との年齢差は16歳もあり、ぶっちゃけ親子ほど歳が離れている。だって彼女の母のヴィットーリアと2歳しか違わないのだ。

 それなのに、本気で?

 だが、真っ赤になった顔を両手で覆ってしまった彼女の姿に、もはや疑う余地などなかった。
 そう言えばこの子全然男慣れしてないし、こんなに長期間行動を共にした男性なんて親族以外では彼が初めてだった!

「あー……まあ、気持ちは分からんでもないばってん」

 気付かなければ良かったのだろうが、気付いてしまった。そしてひとたび気付いてしまえば、それはというものだ。
 なんと言ってもレギーナは勇者であることをさて置いても、大国エトルリア連邦の王女である。いくら恋に落ちたとはいえ、彼女が平民のおっさん冒険者と結ばれる余地などどこにもない。

「あのね、多分だけど……大丈夫だと思うの」

 だというのに、レギーナには悲観した様子がない。顔から両手をどかした彼女はまだ真っ赤な顔をしていたが、その目に確信の光が宿っている。

「彼がね、私を抱いて逃げてくれていた時にね、見ちゃったの」
「見たって、なんを?」
「彼、ロケット下げてたの」

「あー、なんかプラプラしよったねそう言えば」

 あの時ミカエラは彼の隣を並走しつつ、必死でレギーナに[治癒]をかけ続けていた。逃走しながらだと集中も安定しないし、だから効きも思わしくなくて、だけど一刻も早く止血だけでもしないとと思って必死だった。
 その際に、アルベルトの胸元でロケットペンダントが踊っていたのは目の端に捉えていた。興味もなかったし、レギーナのことで頭が一杯だったから今まで忘れていた。

「あのロケットに、家紋が彫ってあったの」
「え、うそ」

 家紋などというものは、通常は貴族でなければ用いない。稀に平民で家紋を持っている者もいるが、そういう人物は大抵が昔の貴族の末裔だったり、没落して平民になった元貴族である。

「なら、アルさんて貴族の子孫とかなんやろか」
「子孫っていうか……孫?」
「孫!?」
「多分」
「ばってん、アルさん今まで家名とか全然名乗っとらんやん?」

 アルベルトはここまで、彼女たちには名しか名乗っていなかった。平民だから家名はないと、そう言っていたのだ。
 もしも貴族の孫なら普通は貴族だ。祖父から本人までの間に没落したとしても、家名や家紋は容易に廃止しないものである。仮に家名や家紋を捨てたとすれば平民に落ちて数世代は経っているはずで、それだと孫という表現がおかしくなる。
 それに何より、没落貴族の孫だろうが何だろうが、王女レギーナの伴侶としてはどのみち認められるはずがない。

「その家紋がね」
「うん」
「────」
「マジで!?」

 いまいち確信が持てないのか、それとも不確定情報なので声に出すのを憚られたのか、誰もこの場にいないのにレギーナはミカエラに耳打ちした。
 そしてミカエラは驚愕する他はない。確かにそれが事実なら⸺

「それやったら絶対イケるやん!」
「そうよね?」
「むしろ陛下が大喜びで縁談進めるやつやん!」
「やっぱりそうよね!」
「なんなら『身体使ってでも必ずオトして来い』ぐらい言われるっちゃない!?」
「う……言いそう、かも」

 王女が身体使ってオトせとか言われる平民(没落貴族?)ってどんなんや。

「やったら確認せなやん!ちょおアルさん呼んでくるけん!」
「あっ、ちょっと!」

 そう言ってミカエラは、レギーナが止める間もなく部屋を駆け出して行ってしまった。唖然とするレギーナは、虚しく伸ばした腕を、ぱたりと落とすしかない。

「ていうかミカエラ……?」

 呆然としたまま、誰も居なくなった部屋でレギーナは呟く。

「あなたいつの間に、彼のことになってるのよ……?」

 それは生まれて初めて恋心を自覚したレギーナにとって、無視できないであった。





しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

『伯爵令嬢 爆死する』

三木谷夜宵
ファンタジー
王立学園の中庭で、ひとりの伯爵令嬢が死んだ。彼女は婚約者である侯爵令息から婚約解消を求められた。しかし、令嬢はそれに反発した。そんな彼女を、令息は魔術で爆死させてしまったのである。 その後、大陸一のゴシップ誌が伯爵令嬢が日頃から受けていた仕打ちを暴露するのであった。 カクヨムでも公開しています。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。

仰っている意味が分かりません

水姫
ファンタジー
お兄様が何故か王位を継ぐ気満々なのですけれど、何を仰っているのでしょうか? 常識知らずの迷惑な兄と次代の王のやり取りです。 ※過去に投稿したものを手直し後再度投稿しています。

処理中です...