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第五章【蛇王討伐】

【幕間4】絶望の中で得たもの(1)【R15】

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【注意】
今回もR15回になります。52話以降をレギーナ視点からお送りします。

少々どころではないレベルの暴力表現、およびショッキングで惨たらしい死亡表現があります。某死に戻りを繰り返す超有名レジェンド作品をお読みになれる方なら耐えられるかと思いますが無理なさらないように。
今回もまた次回の前書きに簡単なあらすじを付記しますので、今回をお読みになれなくても話の筋を追えます。ですので、お読みになった方でも無理だと感じた時点で読むのをやめることをお勧めします。



 ー ー ー ー ー ー ー ー ー



「ぉご、あ……!」

 瘴気の黒い炎を全身に纏った蛇王に蹴り飛ばされた瞬間、レギーナはその動きを目で捉えることが全くできていなかった。

(なに……今、蹴られた……!?)

 それまでは“開放”なしでも、レギーナのスピードが蛇王を上回っていた。無論それで調子に乗ったりなどしないし、蛇王の動きを冷静に見極めて、回避は万全だった。瘴気の光線に脇腹を貫かれてからはなおさらだ。
 一度の[破邪]と[治癒]だけでは完全に癒やせなかったようで、受傷部位には堪えがたい激痛が残ったままだ。だからこそ、さらなる痛撃を浴びないよう彼女はより慎重に立ち回っていた。

 だというのに。
 何が起こったのか、知覚すらできなかった。

 混乱しつつも態勢を立て直すべく、吹っ飛ばされ転がった先で即座に身を起こした。
 だがその眼前、目と鼻の先には

「が……は……!」

 一瞬、意識を完全に刈り取られていた。
 それが戻ったのは、弧を描いて宙を舞ったあと、頭から地面に叩きつけられたからである。

 全身に激痛が走る。壁のように見えたのは蛇王の巨大な拳で、その拳に殴り飛ばされたのだと気付くまでに時間を要した。
 鼻が潰れていて息苦しい。上半身全体に衝撃を食らったようで、左の上腕とおそらく肋骨も折れている。[物理防御ブロック]がまだ発動している感覚があることにも気付いて、その上でなおこれだけのダメージを負わされたことに慄然とした。

 立ち上がろうとして、脚が震えていることに気がついた。
 これまで対峙してきたどんな敵よりも遥かに強大な圧倒的なまでの暴威に晒され、恐怖を感じているのだと理解が及んで、またもや愕然とした。

 それでも、自分は勇者だ。
 どんなに強大な相手であろうと、臆するわけにはいかない。臆したことを、悟られてはいけない。
 そう心を奮い立たせて立ち上がり、愛剣ドゥリンダナを構え直す。

「ま……まだ……」
『もう終わりだ、勇者よ!』

 振り絞った勇気は、蛇王の嗜虐に満ちた哄笑と、再び放たれた瘴気の光線によって木っ端微塵に粉砕された。

 蛇王が突き出した左腕、貫手ではなく指を開いた左拳の五本の指の先端から放たれた黒い光線ビームが、レギーナの左肩、右胸、右上腕、右腰、左腿をそれぞれ一瞬で撃ち抜いた。
 一度破られたあと、それでも無いよりマシと張り直していたはずの[魔術防御バリア]は、またしてもあっさりと砕けた。
 万全な状態で“開放”していれば、あるいは躱せたかも知れない。だがすでに甚大なダメージを食らっていた身では、光線を躱しようもなかった。もとより光の速度など、イリュリア王国の首都ティルカンの地下下水路でミカエラがなす術なかったように、人の身で躱せるようなものでもなかった。

「っぎゃあああああ!!」

 耐え難い痛みによる悲鳴、ではない。瘴気が体内から直接、その悍ましさと恐怖に絶叫した。
 踏ん張ることもできず吹っ飛ばされ、壁面に叩きつけられる。全身はすでに抵抗力を失い、なす術なく重力に囚われて落下する。
 そう、その壁面から崩落した大小無数の瓦礫とともに。

 落下したのはレギーナが最初で、一拍遅れて崩壊した壁面が瓦礫と化して次々と落ちてくる。あっという間に彼女は瓦礫に埋まって身動きが取れなくなった。

「ひ、い」

 まだ[物理防御]の効果が辛うじて残っていたのが幸いだったのか、あるいは不幸だったのか。次々と落ちてくる瓦礫の向こうに、哄笑しながら距離を詰めてくる死の象徴を彼女は見てしまった。
 瓦礫の下敷きになり身動きが取れない中、辛うじて動かせた左腕で頭をなんとか庇った。だが、そこまでだ。

「ああああああああああああ!!!!」

 巨岩のような蛇王の拳が、瓦礫の山ごとレギーナを容赦なく叩き壊しすり潰す。声を限りに絶叫したのは、そうしなければ恐怖のあまりに正気を保てなかったから。そこにいるはずの親友に、なんとか助けを求めたかったから。

 だがすでに崩壊寸前だった[物理防御]が仕事をしたのはここまでだった。

「ぷ、ぎ」

 鎧が服が、全身の骨が筋肉が内臓が、無残に圧し潰される音を聞きながら、レギーナの意識もまた、潰れた。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 レギーナの意識が再び浮上したのは、物凄い力で瓦礫だった小石の山から頭を掴まれ引きずり出された時である。首が引き千切られそうなほど圧倒的な力で吊るし上げられたが、すでに全身が破壊されていて抗うことさえできない。
 わずかに開いた目に、同じく恐怖の色を瞳に浮かべた親友の姿が映る。

(ごめん、ミカエラ……)

 辛うじて、それだけが頭を過ぎった。
 自分はもうダメだが、親友にだけは何とか生き延びて欲しかった。
 だがもう自分では、どうすることもできない。意図しない肉体の生存反応で肺の中の血を吐き出したものの、動けたのはわずかにそれだけだ。
 感覚のない右手にかかる重みで、自分がまだドゥリンダナを握りしめていることが分かる。せめてこれだけは、形見として持ち帰ってもらえたら。

 薄れゆく意識を必死に繋ぐ彼女の目に、眼前で動き回るアルベルトの姿が映った。だがその意味を正確に理解できる思考力さえ彼女には残っていなかった。

 頭の後ろで、誰かが何か言っている。聞き取れないそれが聞こえた直後、頭を締め付けられる感覚に気付いた。

「あ……が……あ……!」

 漏れ出た声は、もはや無意識のもの。すでに痛みさえ感じなくなっているというのに、頭蓋が軋む音だけが嫌にはっきりと耳の中を荒れ狂う。

(ああ……今度こそ……私……)

 その不快な音を聞きながら、レギーナはいよいよ生命いのちを手放そうと目を閉じた。





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