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第五章【蛇王討伐】
5-50.湧き上がる違和感
しおりを挟む「姫ちゃん、後ろ!」
「おっと!」
ミカエラの警告が間に合い、レギーナは後ろから振り下ろされた巨岩のような腕をひらりと躱した。躱しざまに背後をドゥリンダナで斬り払うのも忘れない。
『おのれ、ちょこまかと!』
「敏捷性で私と勝負しようだなんて思わないことね!」
背後に迫っていた蛇王の巨体はすでに脇腹にも胸板にも傷はなく、周囲にはまだ数十体もの瘴気の魔物の姿がある。この魔物の数だけ蛇王の瘴気を浪費させたと考えていいのだろうが。
たった今斬った腕からもさらに瘴気の魔物が湧いてきて、彼女は素早く距離を取る。だがすぐさま再び斬り込んで湧いた魔物たちを斬り払う。
「でも、相当に面倒ね!」
先に蛇王を斬り刻んでしまえば、逆にこちらが魔物の数で押し切られてしまいかねない。
「これキリがないばい」
「[浄炎柱]⸺」
クレアの位置までミカエラが下がってきたところで、クレアが自身の持てる最大の浄化魔術を発動させた。今回はアンキューラの皇城地下と違って瘴脈はないが、広範囲の空間を浄化するにはやはり効果的な一手になる。
その上でさらに。
「クレア、やるばい」
「わかった」
ミカエラとクレアはふたりで儀式魔術を編んで、[浄散霧]の詠唱に入った。アルベルトはヴィオレも含めて3人を守りつつ、瘴気の魔物を屠ってゆく。
「ホントに凄いな、断鉄」
刀鍛冶の景季の鍛えた“断鉄”は、瘴気の幻想体とはいえほぼ実物と変わらない魔物たちを紙のように容易く斬り裂いてゆく。しかもいくら斬っても斬れ味にいささかの衰えもない。
まあ実体ではないから血糊が付かないというのもあるのだろうが、それでも驚嘆するばかりである。
「⸺くっ!」
そしてレギーナもまた瘴気の魔物たちを先に減らそうとしているが、彼女には蛇王の巨体が執拗に迫ってくるので思うように戦えていなかった。
『うぬは勇者であろうが!我の相手をせよ!』
「あんたを先に刻んだら面倒なのよ!」
巨岩のごとき腕で掴みかかろうとする蛇王と、その両肩から鎌首を伸ばしてくる二匹の蛇を、ひらりひらりと躱すレギーナ。蛇王が徒手であることも幸いしてか、今のところ彼女は問題なくあしらえている。
だがいつまでもそうしてはいられない。勇者といえどレギーナは人間で、長引くほどに体力を消耗する。逆に蛇王をはじめ魔物たちは瘴気の実体化でしかないので、アンキューラ皇城の地下ダンジョンで戦った血鬼と同じく体力などという概念を持たないのだ。
だがミカエラとクレアが[浄散霧]を発動させるまでは、魔術の援護は期待できない。それまでは回避と、雑魚の数減らしに専念するしかない。
「「[浄散霧]⸺!」」
そして程なくして、待ちわびた魔術が発動する。浄炎柱がかき消えると同時に空間全体に浄化の力を帯びた霧が一気に立ち込め、瘴気の魔物たちの動きが目に見えて鈍る。さすがにそれだけで消滅するほど弱い個体はいなさそうだが、それでも格段に戦いやすくなった。
『ぬうう、小細工など!』
「強がってないで効いてるって認めなさいよ!」
[浄散霧]によって動きが鈍ったのは蛇王も同様である。その蛇王が喋っているのを見て、レギーナはあの血鬼と同じ結末を脳裏に描く。ただそうなるとしても効果はすぐには現れないだろうし、そもそも魔王は血鬼などとは桁が違う存在なので、最悪効かないことまで想定して過度な期待は持たない。
初手で呑まれかけたことを除いては、彼女に油断は一切なかった。周囲の魔物を掃討し、時々蛇王に斬りつけ、増えた魔物をまた薙ぎ払う。浄散霧が発動している限り、この繰り返しで蛇王は弱体化させられるはず。
『ええい、小癪な小娘め!』
対して蛇王には、やや余裕が失われつつあるようである。相変わらず巨岩のような剛腕を振るい、肩の蛇を伸ばしてレギーナを捕まえようと躍起になっているが功を奏していない。
さすがにこの巨体からの攻撃を一撃でももらえばレギーナの[物理防御]でも防ぎきれるか分からないため、彼女はあくまでも一撃離脱に徹していた。
油断せず、着実に。鮮やかさなどなくとも勝てばいい。現状で優勢を保っているのだから、それを覆させる隙などレギーナは与えない。
「このまま行きゃあ、問題なく勝てそうやね!」
「最後までがんばる」
[浄散霧]の[固定]も終えて魔術での周囲の掃討に復帰しつつ、ミカエラもクレアも勝利の手応えを感じ取っていた。もちろん油断などしないが、それでも気持ちに余裕が出てくるのは人の身では無理からぬことだろう。
(おかしい……!)
だがアルベルトには違和感が拭えない。蛇王は果たして、こんなにも弱かっただろうか。
まだ何か、見落としがあるように思えてならないが、だがそれがなんなのか、アルベルトにさえ明確に言語化できない。
今また、蛇王がレギーナの身を捕らえようと低い姿勢から右腕を振り上げる動作に入る。拳が開いているのはおそらく、彼女の身を鷲掴みにせんとしてのこと。
対して敏捷性に勝るレギーナはそれを余裕を持って躱すべく、バックステップで距離を取る。油断こそ見当たらないがその顔には余裕が浮かび、揺るがぬ優位を疑っていないように見受けられた。
「あっ」
唐突に、アルベルトは違和感の正体に気付いた。蛇王が拳を握っていない理由にも。
「レギーナさん!」
蛇王の拳が人差し指を立てる形に握られる。その人差し指の先に集まる黒い光。
「避けるだけじゃ⸺」
ダメだ、避けるにもただ下がったらダメだ!
そう言いかけたアルベルトの言葉は、最後まで発せられる事はなかった。
『気付くのが遅いわ』
蛇王が腕を突き出すと同時、その人差し指から漆黒の光線が迸った。
レギーナの眼前、黄色く淡く光る六角形が無数に連なった[魔術防御]が展開する。
その[魔術防御]が、パリィンと澄んだ音を立てて一瞬で砕けた。
「えっ」
そして黒い光線が、驚くレギーナの腹部、右脇側を貫通した。
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