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第五章【蛇王討伐】
5-47.封印の洞窟(1)
しおりを挟むスルトはその後いくつか確認事項を告げると、顕現を解いて虚空に消えていった。それとともにひなげしの海も消え去り、無味乾燥な登山道の荒野が再び現れた。
スルトはもしもレギーナたちが全滅するような事態になっても一切手出しはしないと、全滅しないまでも怪我の治療や移動の手助けなども一切しないと告げた。ただ、もし全滅したら下界の人間たちへ報せを送ってくれるとのこと。
そのほか、蛇王はあくまでも魔王でありまだ真竜ではないこと、ゆえに人間の勇者であっても対抗できること、蛇王の瘴気の大半を消費させ弱体化させれば封印の効力が強まるため、あとはすでにある封印を補強するだけで済むとも教えてくれた。
気を取り直してレギーナたちは再びアプローズ号に乗り込み出発した。封印の洞窟はもう目の前、程なく見えてくると言ったスルトの言葉を信じて進めば、やがて登山道を遮るような高い高い断崖が見えてきた。
「あれだよ」
スズを停止させたアルベルトが指差す方向を見上げれば、その断崖の頂上付近に突き出た岩場に、ぽっかりと開く洞窟が見えた。登山道そのものは断崖の手前で右手に折れて更に先まで伸びているが、その先は一気に細くなり、人が歩くのがやっとの荒れ道が何とか判別できるに過ぎない。
というかここまでは、おそらくラフシャーン麾下の兵士たちが拡張整備してくれたのだろう。
「この山は昔は聖山として崇められていて、拝炎教の神官たちの修行の地でもあったそうだよ。今はもう誰も寄り付かないらしいけど、山頂には神を祀った祠も残っているって話だよ」
「それで道が続いているってわけね」
「そう。で、あの封印の洞窟までは⸺」
「あげな高いとこ、[浮遊]か[跳躍]ば使わな入られんめえね」
停止したことで、車内と御者台を繋ぐ連絡通路のドアを開けてミカエラが出てきた。
彼女が言うとおり、封印の洞窟へはアプローズ号を断崖の下に残して、必要な荷物だけ持って身ひとつで向かうしかなさそうである。
「中に入る前に、一旦ここで休憩を取ろうか。道中の魔物やスルトを相手にある程度消耗してるし、腹ごしらえして少し仮眠も取っておいた方がいいよ」
「そうね。そうしましょうか」
スルトの魔力の残滓の影響か、周囲に魔物の気配はない。だからアルベルトの提案を素直に容れて、レギーナたちは一旦車内に戻った。
彼がサッと作った昼食を久々に堪能したあとレギーナたちは仮眠と最後の準備のために寝室へ入り、アルベルトも自室で封印内に持ち込む道具類を確認し、愛用の背嚢と腰袋に詰めてゆく。
「……万が一のために、これも持っていくか」
久々に取り出したそれを眺めて、しばし逡巡したあとアルベルトは腰袋に仕舞い込んだ。使う場面など来なければいいと思いながらも、置いて行く気にはなれなかった。
そうして自分も少し横になり、しばらくそのままでいたが全く寝付けなかった。そのうちに居室の方から彼女たちの声が聞こえてきて、アルベルトも荷物を持って自室を出た。
「じゃ、行きましょっか」
アプローズ号とスズを銀麗に任せて、アルベルトと蒼薔薇騎士団はついに洞窟の入り口に降り立った。
「……いよいよやね」
「やり遂げるわ。みんなで、力を合わせて」
「ええ、そうね」
「がんばる」
そうして彼女たちは、足並みを揃えて封印の洞窟に踏み入ったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
封印の洞窟は、見たところ何の変哲もないただの洞窟だった。明らかに自然にできた山体の裂け目で、だが封印という人工物があるせいか中は5人が横並びに立てる程度には広く、床面は歩きやすいよう均されている。
その洞窟を入ってすぐのところに、不自然に拡張された空間があった。
「ここは……」
「人工的に掘り広げられた形跡があるわね」
「蛇王に挑むパーティは、ここで最終的な準備を済ませるんだ」
「そうなんだ。じゃああなた達も?」
「輝ける虹の風はここで一泊して、翌朝に挑んだんだよね」
「……こげんとこでよう一泊しきったね?」
「朝から登山したって言ったでしょ、魔物に囲まれてなかなか進めなくて、ここまで辿り着いた時にはもう陽が沈んでたんだよね」
日没を受けて輝ける虹の風は、比較的安全なこの場所でキャンプを張って一夜を明かした。もちろん[囲界]で限定した空間を[結界]で強固化し、[遮界]で覆い隠して安全を確保した上でのことである。
そうして翌朝になって封印内に入り、蛇王との戦闘に臨んだのだ。
「実はその時は、勝てずに一度撤退したんだよね」
「勝てなかったの!?」
「そうなんだよ。それで一旦ハグマターナまで退いて、鍛え直してから改めて再挑戦したんだよね」
アルベルトが景季の店で段平を見たのも、朧華の元で気功の修行をしたのも、陳大人に料理を習ったのも、全て最初の敗戦から再挑戦までの間の出来事である。ユーリや他のメンバーもそれぞれ自己を鍛え直し、そうして強くなった彼らは再挑戦で見事に再封印を成し遂げたのだ。
「そう、だったの……」
「それで凱旋まで1年近うもかかったったい」
「実はそうなんだよね」
憧れでもある先輩勇者ユーリ。手合わせでまだ一度も勝てたことのないそのユーリでさえ蛇王には一度敗北しているというその事実に、レギーナの顔が強張る。もちろん彼女の知る今のユーリとは違って、当時は彼もまだ若く未熟だったのだろうが、それでもショックは大きい。
「だから、くれぐれも油断しないようにね。特に蛇王はどんな卑怯な手段でも平気で繰り出してくるから」
「そうね……分かったわ」
「で、この洞窟なんだけど封印までは一本道で、魔物なんかも出てこないから」
説明を加えつつ、アルベルトは蒼薔薇騎士団を先導して歩き出す。
「そうなん?」
「多分だけど、封印の聖なる魔力が悪しきものを寄せ付けないんだと思うよ」
「確かに、その可能性はあり得るわね」
「実際、俺達は封印の境界を素通りできるけど、蛇王を含めて闇の眷属は近寄ることさえ難しいみたいだし」
「まあ封印っちゅうのはそういうモンやしね」
つまり、仮に歯が立たずに撤退を選択したとしても、封印の境界近くまで退くことさえできれば逃げ切れるということだ。
「それで、この洞窟ってどれだけ深いの?」
「程々に長いけど、そこまで深くはないよ。そろそろ下り坂になるけど、そこを降りきったら封印の境界が見えてくるよ」
アルベルトの言うとおり、しばらく歩くと下り坂が現れた。さほど急勾配でもないので普通に歩いて降りられそうである。
下り坂自体はそこそこ長かったが、体力を消耗するほどではなかった。駆け出しのパーティならともかく、ベテランのアルベルトと実力者揃いの蒼薔薇騎士団にとっては何ほどのものもない。
そして坂を降りきったその先に、青白く淡い光を放つ空間が見えてきた。
「これが……封印の境界ね」
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