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第五章【蛇王討伐】

5-46.最後の試練(3)

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 濃密で膨大な魔力マナの渦からスルトが無造作に掴み出したものを見て、レギーナの瞳が驚愕に揺れる。

「そ……それは!?」

 それは一見すると剣のつかであった。両手剣のもののようで握りが長く、シンプルに左右に伸びたガードを備えていて。

 だが、

 なぜ柄だけなのかは、すぐに知れた。
 スルトが手を突っ込んだ魔力の渦がそのまま凝集して炎と化し、柄に纏わりついたからだ。そしてその炎は、見る間に鮮やかな緋色の剣身へと変じた。

「まさか……“業剣”レーヴァテイン!?」
「ウソやろ!?」
「そんな…!」

「ほう、初見でよく分かったのう」

 スルトが肯定したことで、それは事実と確定した。


 “業剣”レーヴァテイン。
 世に十振りしかないとされる宝剣のうちのひと振りで、人類史上で未だ発見に至らない三振りのうちの一本である。“光剣”クラウソラス、“壊剣”フラガラッハとともにその所在は知られておらず、だが実物を誰も見ていないのになぜかある程度の詳細が世に伝わっている。それが何故なのか、もちろん誰にも分からない。
 このうち“業剣”だけはかなり詳細な情報が世に知られていて、西方世界最北部のフェノスカンディア宗主国に伝わる古い伝承によれば、「世界を灼き尽くす災いをもたらす灼熱の剣」であるという。
 持ち主については「黒き巨人」とも「炎の女神」とも言われているものの、それらが伝承上のどの神を指すのかは諸説あり判然としない。だがこの世界における神は実在するものであるため、もしも特定できれば業剣の存在も明らかになるとされていた。


「なんで貴女が、それを持っているのよ!?」

 まあ「炎の女神」と言われれば、スルトはそう呼ぶに相応しい外見をしているが。

「なんでと言われてものう。わらわが作った妾の剣じゃし?まだ誰にも与えとらんからのう」

 しれっとうそぶくスルトである。

 ここまでの僅かな戦闘だけで、すでにスルトは勇者であるレギーナすら歯牙にもかけないほどの圧倒的な実力を見せつけている。それは人の身である勇者と、神をも超える“超神者シュプリームオーヴァー”たる真竜の力の差を考えれば当然のことではあったが、それでもレギーナはまだ勝負になると踏んでいた。
 だって神々が現世に顕現する際は、その力を大きく制限されるのが常である。十分の一か百分の一か分からないが、本来の実力とはかけ離れた幻身としてしか、神は実体化できない。
 だとすればそれは、真竜であろうとも同様のはずである。神々が地上を離れて“どこにもない楽園イェルゲイル”に移ったことで、地上は人の世になったのだ。今さら現世には関わらぬと、関わるとしても限定的な干渉に留めると決めたのは神々の方なのだ。

 だから、まだ勝負になると踏んでいた。
 どうせならその限定的な権能を、命をかけてでも引きずり出してやろうと、そう考えていた。上手くすればそれで“慧眼えげん”が開くかも知れないとさえ、レギーナは目論んでいたのだ。
 だが目の前で宝剣レーヴァテインを出され、しかもそれを自ら作ったのだと言われてしまった。神に等しき存在に抗う根拠など、宝剣ドゥリンダナだけだったというのに。

 レギーナが構えを解いて、ドゥリンダナの切っ先を下ろした。
 そのまま彼女は柄から手を離し、ドゥリンダナを足元に放ってしまう。

 ふぁさり、と迅剣が、ひなげしシャガイェグの紅い海に沈む。

「……降伏するわ。私の敗けよ」

「えっ、姫ちゃん!?」

「…………ほう?」

 悔しそうに顔を歪めるレギーナ。その彼女の口から出た敗北宣言にまずミカエラが驚いて、次いでスルトが意外そうに勇者を見た。

「いやに潔いのう」
「当たり前でしょう?ただでさえ人の身で抗うことさえ難しい真竜あなたを相手にしているのに、宝剣まで持ち出されたら勝ち目なんてあるはずがないわ」

 互いに宝剣を持つのであれば、レギーナの唯一の拠り所であるドゥリンダナはアドバンテージにはなり得ない。それどころかスルトは五眼ごげん全て開いていると言ったのだ。それはすなわち、レギーナがまだ成し得ていない“覚醒”さえも可能だということに他ならない。
 つまりスルトが“覚醒”してしまえば、それだけで勝負が決まってしまう。スルトが言う通り、レギーナはまだまだ未熟者だったのだ。

「いや……そらぁそうかもやけど」
「でも、ひめの言うとおりだよ」

 勝ち気で負けず嫌いで、本気の真剣勝負では今まで絶対に退こうとしなかったレギーナがあまりにもあっさりと降伏したことに、ミカエラは動揺を隠せない。確かに彼女の言う通りだと理解はするものの、それまでどんなピンチでも覆し切り抜けてきた親友を見てきた彼女には、現実が俄には受け入れられない。
 一方その隣に歩み寄ってきたクレアの方は、早くも現実を受け止めつつある。

「レギーナが敗けを認めたというのなら、それは蒼薔薇騎士団わたしたちの敗けということね」

 そしてヴィオレまでも認めてしまった。
 もうこうなると、ミカエラも認めるしかない。

「……ごめん、ミカエラ」
「ううん、姫ちゃんが謝ることやない。ウチら全員が実力不足やったってことやけん」

「あー、勘違いしとるとこ悪いがの」

 悄然とする勇者とその親友が互いを慰め合う中、気まずそうに声を上げたのはもちろんスルトである。

「妾、まだ一言も『不合格』とか言っとらんのじゃがな?」

「…………なによ、私敗けを認めたんだけど?」
「じゃーから、妾は『勝ってみせろ』などとは一言も言っておらんじゃろうが」

 そう言われれば、確かにそうだ。スルトが言ったのは『想定外の一手を見せろ』であって、『自分スルトに勝て』では無かった。

「え……じゃあ、もしかして?」
「もしかせんでも合格じゃ、ごーかく」

「…………何をどうしたらそういう判断になるわけ?」

 本気で分からないといった様子で、レギーナが首を傾げる。ミカエラもクレアも右に倣え状態だ。

「充分に想定外であったわ。お主絶対にブチ切れとったし、死ぬ気で特攻かましてくると思っとったのに」

 要するに、スルトはわざとレギーナを挑発していたのだ。未熟者だの勇者の質が悪くなっただのと貶して彼女を怒らせて、敢えて冷静さを欠かせるように誘導していたのである。

「怒りに我を忘れかけた状態でも彼我の戦力差を見極め、瞬時に冷静さを取り戻して決断し実行に移せるその判断力。敗北を認めるというもあっさりと飲み込むその胆力。なかなか見事であったわ」

  褒められているのか貶されているのかよく分からないが、おそらく多分褒められている。

「自分がと認めることが人には一番難しいものよ。頂点に近い実力を持つ者ほどその判断を下せなくなるというのに、いともアッサリと認めるとか想定外もいいとこじゃろ」

 信じられない、と言うように肩を竦めるスルト。
 うん、やっぱこれ、実は貶されているのじゃなかろうか。

「それでいてお主、実は微塵も諦めとらんじゃろ」

「な……何がよ」
「妾に認めさせて蛇王を討伐することじゃよ。なんなら妾との戦いで“慧眼”を開けんかぐらい目論んどったじゃろ」

 なんとビックリ、バレていた。

「どのような状況下でも正しく判断を下せる冷静さと、貪欲に成果を求める強かさ。それに加えてお主、仲間を守り切ることも念頭に置いとったじゃろ。⸺まあ正直言えば実力的にはやや不安もあるが、そんなお主であれば少なくとも蛇王アレと戦っても死にはせんじゃろ」
「失礼ね、敗ける前提で話をしないでくれる!?」
『わースルトがナチュラルに失礼こいてますー』
「そこで唐突に口挟むでないわ馬鹿ミスラ!」

 ついツッコんでしまうのはスルトの悪い癖かも知れない。まあこのミスラに対しては、誰でもツッコみそうな気もしないでもないが。

「まあ、とにかくじゃ。胸張って務めを果たしてくるとよい」

 コホン、とわざとらしく咳払いして取り繕ったスルトが、レギーナに向かって右手を差し伸べてきた。それを見て瞬時に覚悟を決めた彼女は、しっかりとその手を握り返した。

「ありがとうスルト。必ず役目を果たしてくるわ」
「まあそう気負うでない。死にさえしなければ何度でも挑めるのじゃからの」
「だから敗ける前提で話をしないで!」

「なんじゃ、せっかく真竜ひとが気を軽くしてやろうとしとるのに」

 いやいやスルトさん、それはいわゆるフラグってやつでは?

「いやそこはちゃんと声に出せ馬鹿ミスラぁ!」





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