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第五章【蛇王討伐】
5-44.最後の試練(1)
しおりを挟む「ここから先はアプローズ号だけで行きます」
その場の強者たち全員が限界まで警戒を跳ね上げる中、アルベルトだけが落ち着いていた。その彼は平静のまま、蒼薔薇騎士団の護衛役として随行してきた騎兵たちも、ロスタムもラフシャーンも下山しろと言う。
「そうは言うが、これほど強大な気配にあんた達だけ向かわせるわけには」
「むしろ逆です。この先には勇者とその仲間以外は立ち入ってはならない」
「まさか、この先にまだ勇者の試練があるっていうの!?」
「…………あ!おいちゃん前回来たけん知っとったとやろ!」
「まあ、そういうことだよ」
「……ふむ。ラフシャーン兄、我々は下山した方が良さそうだ」
「は!?おい本気かロスタム!」
「アルベルト殿、危険はないのだな?」
「レギーナさんが試練に合格できれば、の話ですけどね」
「つまり私次第ってこと?ていうか何が待ち受けているっていうのよ!?」
「それは、行けば分かるよ」
「それはそうでしょうけど!」
とはいえアルベルトが最後の試練と口にした以上は、これもまた先代勇者パーティの一員としての彼が後輩たちに伝えられない事であるのだと理解するしかない。だからレギーナも引き下がるほかはなかった。
レギーナだけでなく、ロスタムもラフシャーンも渋々ながら従うしかなかった。ラフシャーンはあくまでも納得していないようだったが、彼自身はレギーナや銀麗、ロスタムらと違って勇者に伍するほどの実力を持たない。ゆえに最終的には諸々飲み込んで承諾した。
「ラフシャーンさん」
隊をまとめて下山の準備を進めるラフシャーンに、アルベルトが歩み寄り声をかける。
「…………なんだ」
「騎士の皆さんとポロウルで待っていて下さい。遅くとも明日の夜までには戻りますから」
「戻って、来れると思ってるのか?」
「戻って来れるように彼女たちを支援する。それが俺の役割ですから」
「……まあいい。俺にできる事はないというのも理解したし、経験のあるあんたに任せるのが最善なんだろう。何ができるのか、何を知ってるのか知らんが、しっかりサポートしてやってくれ」
そう言い残してラフシャーンは、ロスタムとともに騎兵隊を率いて下山して行った。いい人だな、とアルベルトはしみじみ思いながら、彼らの背を見送った。
騎士たちが下山してアプローズ号を離れると、それまで肌を震わすほど感じていた圧が嘘のように一気に消え去ったではないか。
「……これは、吾も認められたと考えて良いのか」
「多分だけど、俺と契約してるから除外できないって判断されたんじゃないかな」
「どういう意味なのよ、それ」
「まあなんかなし、進んでもよかっちゅうことやろ、これ」
「そうだね。まあ先を急ごうか」
そう言ってアルベルトは、まだ少し怯えているスズに声をかけ落ち着かせたあと御者台に座った。レギーナもミカエラも車内に乗り込み、銀麗は物見を兼ねて屋根に戻る。
アプローズ号は生き物のいない登山道を再び登り始めた。そうして五合目を過ぎた頃。
不意に、清涼な風が吹いた。
あっ、と思う間もなく、周囲一面がひなげしの紅い花で埋め尽くされた。それまで無味乾燥な岩肌剥き出しだった登山道は、今やすっかり見渡す限りの花畑だ。
「遅っそいのう。待ちくたびれたぞ妾は」
そして、その向こうに、全身を緋色に彩られた赤褐色の肌の女がひとり。
アプローズ号の行く手を遮るように、その女は立っていた。腕組みをし、スラリと伸びた脚を肩幅ほどに開いて、尊大に胸を張って。
肌は全身赤褐色、というより暗めの赤銅色で、深いスリットの入った装飾の少ない緋色の、シンプルでタイトなロングドレスを身に纏っている。ドレスには袖がなく、肩口から腕が剥き出しになっていて、その腕には黒鉄色の籠手が装着されていた。
全身のプロポーションもその容貌も完璧なる美の体現としか表現のしようもないほど美しく、さながら天上の神が顕現したかのごとき神々しさで、およそ地上の存在とは思えない。組んだ腕に乗せられた双丘も完璧と言って良い美しさとサイズである。
だがそれ以上に目を引いたのが、なんとも異様な人間にはあるはずのない特徴。
まず目についたのは、腰下まで伸びる緋色の髪に包まれた側頭部から異様に突き出た、大小二対四本の漆黒の角。さながら竜の角のごとく太く大きく湾曲した角が、天に向かって伸びているのだ。
そればかりではなく、腰の後ろから太く長い尻尾が生えていて、これもまた竜のそれのごとく赤銅色の鱗に覆われている。しかもよく見れば、一見して風になびいているかのように見える緋色の長髪は、半ばからは炎そのものであった。
その目の、人間ならば白目に当たる部分は人と同じく白目であるから、魔族でないことは分かる。だが真紅の瞳孔は縦に長く、明らかに人のそれではなかった。
「全く、余計なものを連れ込みおってからに。おかげで威圧する手間が増えたではないか」
どうやら先ほどまで感じていた圧倒的なまでの気配は、やはり目の前のこれが発していたようだ。
「…………あなた、何者なの!?」
登山を再開したあと再び助手座に出てきていたレギーナが、たまりかねたように口を開く。先程のような恐怖こそ感じないものの、彼女は目の前の相手が途轍もない力を持っていると肌で感じ取っていた。
だが返ってきた答えは質問へのそれではなく、なんならレギーナに向けてのものですらなかった。
「ああ?なんじゃ、話しておらんのか小僧。お主前回も来ておったろうに」
この場に小僧などという二人称で呼べる者など、アルベルト以外には存在しない。
「いや、君らが伝えたらダメだって言ったんじゃないか」
「融通利かんのう小僧。この山まで来ておいて、そんなもん今さらではないか」
『そうですねー。そう言えば情報解禁のタイミングを言ってなかった気がしますねー』
「えっ、だ、誰!?」
突如としてどこからともなく、虚空から降ってきた声にレギーナが狼狽する。気配も何も感じなかったのだから無理もない。
「これ、いきなり声だけ聞かせるやつがあるかミスラよ」
「そうだよ。スルトにだけ任せてないで出てくればいいのに」
「み、ミスラにスルトですって!?」
『勇者級がふたりも居るのに、スルトだけでなく私まで顕現したら悪竜くんが怒るのでダメでーす』
「あーまあ、それもそうじゃな」
「ちょっと!?何なの説明しなさいよ!」
『さすがに“終末”を早めるつもりはないので、私は今回はお休みでーす』
「それだったら口出しも控えるべきじゃろうに」
『えー、サボってると思われるのは心外なので』
「あのね、レギーナさん。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
レギーナを放置して言い争うのを見て、アルベルトは説明すべく彼女に顔を向けた。
「…………はぁ。今目の前に立っているのが“炎竜”スルトで、声だけ聞こえるのが“輝竜”ミスラ。そうでしょう?」
「うん、まあ、そうなんだけど」
要するにレギーナの、というか蒼薔薇騎士団の行く手に待ち構えていたのは、この世に11柱しか存在しないとされる伝説の“真竜”である。今目の前に立つ、全身を緋色と赤銅色に彩られた角と尻尾を持つ絶世の美女が“炎竜”スルト、そして声だけ聞こえてくるのが真竜を統べる女王こと“輝竜”ミスラだ。
ミスラは拝炎教においても善神のひと柱として信仰を集めており、リ・カルンの創世神話にも光の鳥となった“光輪”を捕まえ管理していることが示されている。もっと東へ行けば彼女を主神と崇める宗教もあるという。
スルトがこの場にいる意味は分からないが、ミスラと共にいることで、この先で封印されているやはり真竜のひと柱でもある“悪竜”の関連であろうことは容易に推察された。
そんな存在がここにいるから、あの大量の魔物たちが山を逃げ降りてきていたのだ。神に等しい、いや神をも超えるとされる“超神者”が顕現しているのだから、そりゃ逃げ出すに決まっている。
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