【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

文字の大きさ
上 下
292 / 339
第五章【蛇王討伐】

5-44.最後の試練(1)

しおりを挟む


「ここから先はアプローズ号だけで行きます」

 その場の強者たち全員が限界まで警戒を跳ね上げる中、アルベルトだけが落ち着いていた。その彼は平静のまま、蒼薔薇騎士団の護衛役として随行してきた騎兵たちも、ロスタムもラフシャーンも下山しろと言う。

「そうは言うが、これほど強大な気配にあんた達だけ向かわせるわけには」
「むしろ逆です。この先には勇者とその仲間以外は

「まさか、この先にまだ勇者の試練があるっていうの!?」
「…………あ!おいちゃん前回来たけん知っとったとやろ!」

「まあ、そういうことだよ」

「……ふむ。ラフシャーン兄、我々は下山した方が良さそうだ」
「は!?おい本気かロスタム!」
「アルベルト殿、危険はないのだな?」
「レギーナさんが試練に合格できれば、の話ですけどね」

「つまり私次第ってこと?ていうか何が待ち受けているっていうのよ!?」

「それは、行けば分かるよ」
「それはそうでしょうけど!」

 とはいえアルベルトが最後の試練と口にした以上は、これもまた先代勇者パーティの一員としての彼が後輩たちに伝えられない事であるのだと理解するしかない。だからレギーナも引き下がるほかはなかった。
 レギーナだけでなく、ロスタムもラフシャーンも渋々ながら従うしかなかった。ラフシャーンはあくまでも納得していないようだったが、彼自身はレギーナや銀麗、ロスタムらと違って勇者に伍するほどの実力を持たない。ゆえに最終的には諸々飲み込んで承諾した。

「ラフシャーンさん」

 隊をまとめて下山の準備を進めるラフシャーンに、アルベルトが歩み寄り声をかける。

「…………なんだ」
「騎士の皆さんとポロウルで待っていて下さい。遅くとも明日の夜までには戻りますから」
「戻って、来れると思ってるのか?」
「戻って来れるように彼女たちを支援する。それが俺の役割ですから」

「……まあいい。俺にできる事はないというのも理解したし、経験のあるあんたに任せるのが最善なんだろう。何ができるのか、何を知ってるのか知らんが、しっかりサポートしてやってくれ」

 そう言い残してラフシャーンは、ロスタムとともに騎兵隊を率いて下山して行った。いい人だな、とアルベルトはしみじみ思いながら、彼らの背を見送った。


 騎士たちが下山してアプローズ号を離れると、それまで肌を震わすほど感じていた圧が嘘のように一気に消え去ったではないか。

「……これは、われも認められたと考えて良いのか」
「多分だけど、俺と契約してるから除外できないって判断されたんじゃないかな」

「どういう意味なのよ、それ」
「まあなんかなしとにかく、進んでもよかいいっちゅうことやろ、これ」
「そうだね。まあ先を急ごうか」

 そう言ってアルベルトは、まだ少し怯えているスズに声をかけ落ち着かせたあと御者台に座った。レギーナもミカエラも車内に乗り込み、銀麗は物見を兼ねて屋根に戻る。
 アプローズ号は生き物のいない登山道を再び登り始めた。そうして五合目を過ぎた頃。


 不意に、清涼な風が吹いた。

 あっ、と思う間もなく、周囲一面がひなげしシャガイェグの紅い花で埋め尽くされた。それまで無味乾燥な岩肌剥き出しだった登山道は、今やすっかり見渡す限りの花畑だ。

っそいのう。待ちくたびれたぞわらわは」

 そして、その向こうに、全身を緋色に彩られた赤褐色の肌の女がひとり。
 アプローズ号の行く手を遮るように、その女は立っていた。腕組みをし、スラリと伸びた脚を肩幅ほどに開いて、尊大に胸を張って。

 肌は全身赤褐色、というより暗めの赤銅しゃくどう色で、深いスリットの入った装飾の少ない緋色の、シンプルでタイトなロングドレスを身に纏っている。ドレスには袖がなく、肩口から腕が剥き出しになっていて、その腕には黒鉄くろがね色の籠手が装着されていた。
 全身のプロポーションもその容貌も完璧なる美の体現としか表現のしようもないほど美しく、さながら天上の神が顕現したかのごとき神々しさで、およそ地上の存在とは思えない。組んだ腕に乗せられた双丘も完璧と言って良い美しさとサイズである。

 だがそれ以上に目を引いたのが、なんとも異様な特徴。
 まず目についたのは、腰下まで伸びる緋色の髪に包まれた側頭部から異様に突き出た、大小二対四本の漆黒の角。さながら竜の角のごとく太く大きく湾曲した角が、天に向かって伸びているのだ。
 そればかりではなく、腰の後ろから太く長い尻尾が生えていて、これもまた竜のそれのごとく赤銅色の鱗に覆われている。しかもよく見れば、一見して風になびいているかのように見える緋色の長髪は、半ばからはであった。
 その目の、人間ならば白目に当たる部分は人と同じく白目であるから、魔族でないことは分かる。だが真紅の瞳孔は縦に長く、明らかに人のそれではなかった。

「全く、を連れ込みおってからに。おかげで威圧する手間が増えたではないか」

 どうやら先ほどまで感じていた圧倒的なまでの気配は、やはり目の前のが発していたようだ。

「…………あなた、何者なの!?」

 登山を再開したあと再び助手座に出てきていたレギーナが、たまりかねたように口を開く。先程のような恐怖こそ感じないものの、彼女は目の前の相手が途轍もない力を持っていると肌で感じ取っていた。
 だが返ってきた答えは質問へのそれではなく、なんならレギーナに向けてのものですらなかった。

「ああ?なんじゃ、話しておらんのか小僧。お主前回も来ておったろうに」

 この場になどという二人称で呼べる者など、アルベルト以外には存在しない。

「いや、君らが伝えたらダメだって言ったんじゃないか」
「融通利かんのう小僧。この山まで来ておいて、そんなもん今さらではないか」
『そうですねー。そう言えば情報解禁のタイミングを言ってなかった気がしますねー』

「えっ、だ、誰!?」

 突如としてどこからともなく、虚空から降ってきたにレギーナが狼狽する。気配も何も感じなかったのだから無理もない。

「これ、いきなり声だけ聞かせるやつがあるかミスラよ」
「そうだよ。スルトにだけ任せてないで出てくればいいのに」

「み、ミスラにスルトですって!?」
『勇者級がふたりも居るのに、スルトだけでなく私まで顕現したら悪竜アジくんが怒るのでダメでーす』
「あーまあ、それもそうじゃな」

「ちょっと!?何なの説明しなさいよ!」

『さすがに“終末”を早めるつもりはないので、私は今回はお休みでーす』
「それだったら口出しも控えるべきじゃろうに」
『えー、サボってると思われるのは心外なので』

「あのね、レギーナさん。落ち着いて聞いて欲しいんだけど」

 レギーナを放置して言い争うのを見て、アルベルトは説明すべく彼女に顔を向けた。

「…………はぁ。今目の前に立っているのが“炎竜”スルトで、声だけ聞こえるのが“輝竜”ミスラ。そうでしょう?」
「うん、まあ、そうなんだけど」

 要するにレギーナの、というか蒼薔薇騎士団の行く手に待ち構えていたのは、この世に11柱しか存在しないとされる伝説の“真竜”である。今目の前に立つ、全身を緋色と赤銅色に彩られた角と尻尾を持つ絶世の美女が“炎竜”スルト、そして声だけ聞こえてくるのが真竜を統べる女王こと“輝竜”ミスラだ。
 ミスラは拝炎教においても善神のひと柱として信仰を集めており、リ・カルンの創世神話にも光の鳥となった“光輪フワルナフ”を捕まえ管理していることが示されている。もっと東へ行けば彼女を主神と崇める宗教もあるという。
 スルトがこの場にいる意味は分からないが、ミスラと共にいることで、この先で封印されているやはり真竜のひと柱でもある“悪竜”の関連であろうことは容易に推察された。

 そんな存在ものがここにいるから、あの大量の魔物たちが山を逃げ降りてきていたのだ。神に等しい、いや神をも超えるとされる“超神者シュプリームオーヴァー”が顕現しているのだから、そりゃ逃げ出すに決まっている。





しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

悪役令嬢、資産運用で学園を掌握する 〜王太子?興味ない、私は経済で無双する〜

言諮 アイ
ファンタジー
異世界貴族社会の名門・ローデリア学園。そこに通う公爵令嬢リリアーナは、婚約者である王太子エドワルドから一方的に婚約破棄を宣言される。理由は「平民の聖女をいじめた悪役だから」?——はっ、笑わせないで。 しかし、リリアーナには王太子も知らない"切り札"があった。 それは、前世の知識を活かした「資産運用」。株式、事業投資、不動産売買……全てを駆使し、わずか数日で貴族社会の経済を掌握する。 「王太子?聖女?その程度の茶番に構っている暇はないわ。私は"資産"でこの学園を支配するのだから。」 破滅フラグ?なら経済で粉砕するだけ。 気づけば、学園も貴族もすべてが彼女の手中に——。 「お前は……一体何者だ?」と動揺する王太子に、リリアーナは微笑む。 「私はただの投資家よ。負けたくないなら……資本主義のルールを学びなさい。」 学園を舞台に繰り広げられる異世界経済バトルロマンス! "悪役令嬢"、ここに爆誕!

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...