291 / 343
第五章【蛇王討伐】
5-43.蛇封山登山
しおりを挟む翌日、一行はポロウルを出発した。ここからは行軍速度と戦力を重視して、随行の騎兵は実力で厳選され再編成された一隊百騎だけである。
「封印洞までの登山道はだいたい整備しておいたから、その豪勢な車でも問題なく登れるはずだ」
「次々湧いてくる魔物たちは私が陣頭に立って駆除しておいたゆえ、数は減っているはずです」
依頼どおりに登山道整備を終えてくれていたラフシャーンと、魔物討伐の指揮を取っていたというロスタム。なんのことはない、彼がずっと王都にいなかったのは、レギーナたちが来たことで蛇封山に張り付いていたからであった。
そして、その両名も登山メンバーにもちろん入っている。
「あなた達にも御礼をしなくてはね」
「なあに、いいってことよ」
「本来ならば光輪の担い手である私が蛇王と戦わねばならんのですから、せめてこのくらいは」
「そうは言っても、光輪で蛇王を倒す勇者はもう予言されているのでしょう?だったらそれはあなたの役目ではないし、勇者もそこまでの繋ぎに徹するだけよ」
終末の時に蛇王は悪竜アジ・ダハーカに変じて世界を滅ぼすと言われているが、まだ世界はその時を迎えず、その予兆もない。であるならば蛇王は悪竜に変じることもなく、それを討ち果たすのはまだ見ぬずっと未来のこと。つまりレギーナの役目は歴代勇者のひとりとして、未来へ繋ぐための再封印に徹すること。そしてロスタムも、輝剣を次世代に受け継げばそれでいいのだ。
「さ、行きましょっか」
そうして一行は、登山行軍を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ロスタム卿!そっちへ行ったわ!」
「了解だ!」
「おいロスタム!お前ホントにちゃんと減らしておいたのかよ!?」
「文句を言う余裕があるなら手を動かせラフシャーン兄!」
「やってるっつーの!」
しばらくは登山も順調であった。だが二合目を過ぎたあたりから魔獣が出現し始め、三合目あたりからは魔物も見られるようになった。
そうして四合目に差し掛かった今は、魔物の大群に囲まれてしまっている。随行の百騎はいずれも最精鋭と言ってよく、魔物相手であろうとも全く引けを取っていないが、いかんせん数が多すぎる。必然的にレギーナもアプローズ号の外に出て、討伐の戦列に加わっていた。
「勇者殿!」
「なによ!」
「御身が消耗するは下策、ここは吾に任せてもらおう!」
騎兵たちに加勢していたのはレギーナだけではなく、銀麗も同様である。レギーナに一声かけて前に出た彼女の両腕も指も普段は人の手指とさほど変わらぬが、今は大きく膨れ上がって、さながら虎の前脚のごとき太さに変わっている。そしてその指先から鋭く長く伸びる爪は、アンキューラ皇城の地下ダンジョンでレギーナの肩を一撃で粉砕した恐るべき武器である。
「爪刃!」
銀麗が腕を振り払うだけで、魔物も魔獣もその爪の餌食となって血煙を吹き上げる。虎人族ならではの俊敏さと体術で、彼女はまたたく間に屍体の山を築いてゆく。
銀麗は魔物どもの只中に踊り込んで、当たるを幸いなぎ倒してゆく。さながら血の颶風のごとくである。
「ひゅう、すっげえな」
「華国の虎人族とは、これほどのものか」
それを見たラフシャーンがちょっと引いている。
ロスタムの方は感心しつつも、負けじとクヴァレナを振るう。
「あの子の母親、英傑だそうだから」
「なんと!ではあの孟朧華どのの娘御か!」
どうやら銀麗の母朧華はかなりの有名人のようである。まあ虎人族の人口自体がかなり少ないという話だし、その英傑ともなれば朧華だけなのだろう。何より、西方世界の勇者に相当する“英傑”が東方で無名なはずもなかった。
銀麗がひとしきり暴れて魔物の数を減らしたところで、しばらく休憩していたレギーナが騎兵たちに警告した上で[威圧]を放った。相応に加減して、だがしばらく寄り付かせないようにそこそこの圧を込めて。
「うぉあ、こっちの勇者殿もなかなか桁違いだなおい!」
「まだお若いのに、素晴らしい力をお持ちだ」
「あら、これでもちゃんと加減してるわよ?」
「これでか!?」
レギーナの目論見どおり、ラフシャーンを含めて騎兵たちを誰ひとり気絶させず、だが魔獣や魔物たちは恐慌を来たして逃げ散ってゆく。それでも踏みとどまる強めの魔物たちはあっという間に銀麗やロスタムが斬り捨てて回る。
「インリー!あらかた片付けたら先へ進むわよ!」
「心得た!」
「ていうかあなた達の時も、こんなに魔物の群れに襲われたの?」
「いやあ……“輝ける虹の風”の時はここまでたくさん群がっては来なかったんだけどね……」
「なんか原因のあるっちゃろうけど、まあ分からんなら考えたっちゃしゃあないたい」
こんな調子で行軍と足止めを繰り返して、それでも何とか一行は五合目の手前まで到達した。時間はかかるが、封印の洞窟のある六合目付近まではこのまま進むしかなさそうである。
なお返り血を浴びまくってはドロドロになって戻ってくる銀麗たちは、その都度ミカエラや騎兵たちの中の青加護の者たちが[噴霧]と[清浄]をかけてやり、それで濡れた水気はクレアが[温風]で乾かしてやるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…………止まって!」
間もなく五合目に到達するというところで、御者台に残ったままのレギーナが何かに気付いた様子で立ち上がり、全体に停止をかけた。
威圧の効果か、見える範囲に魔物の姿などは見られない。先ほどまでの苦闘が嘘のように順調な行程だった……のだが。
「おう、どうした勇者……ど、の」
何事かと声をかけるラフシャーンの顔が、みるみる蒼白になってゆく。
「これは……なんだ!?」
「今までとは桁が違うぞ」
ロスタムも一気に表情を険しくし、クヴァレナに手をかける。アプローズ号の屋根の上で、銀麗が姿勢を低くして身構えた。
彼ら全員の意識が進行方向、つまり封印の洞窟のある山頂方向に固定されて動かせない。
「姫ちゃん!」
「大丈夫よミカエラ、まだ接敵してないわ」
車内から慌てて飛び出してきたミカエラを安心させるように声をかけるが、そのレギーナとて今までにないほど緊張と警戒を全身に漲らせている。
と、スズが脚を止めた。見れば背を丸めて蹲り、明らかに怯えているではないか。魔物の大群に囲まれても全く怯まなかった彼女が。
「えーと、みんな動かないでね」
そんな異様な雰囲気の中、ひとりのんびりとした声を上げたのはアルベルトである。
彼を除く、その場の全員が経験したこともない恐怖と動揺を感じていた。この先には、それまで相手していた魔獣や魔物たちとは明らかに違う強大な気配がある。人の身では逆らうことも抗うことも敵わぬ、死の具現化とでもいうべき圧倒的なナニカの気配が。
それは殺意ですらなく、敵意というよりもはや単なる害意。だがおそらく一瞬でも意識を逸らせば、この場の全員がなす術なく反応もできぬまま蹂躙されかねない、それほどの強烈な意思であった。
「やっぱり今回も出てくるのか……」
「なによ、あなた何か知ってるわけ?」
「知ってるっていうか、まあ、これが最後の試練だね」
「…………は?」
「アルベルト卿は、これほどの脅威をご存知か」
「俺は貴族じゃないですよロスタムさん。⸺それと、リ・カルン兵の皆さんは今すぐ下山を。ここから先はアプローズ号だけで行きます」
2
お気に入りに追加
181
あなたにおすすめの小説
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

転生したら遊び人だったが遊ばず修行をしていたら何故か最強の遊び人になっていた
ぐうのすけ
ファンタジー
カクヨムで先行投稿中。
遊戯遊太(25)は会社帰りにふらっとゲームセンターに入った。昔遊んだユーフォーキャッチャーを見つめながらつぶやく。
「遊んで暮らしたい」その瞬間に頭に声が響き時間が止まる。
「異世界転生に興味はありますか?」
こうして遊太は異世界転生を選択する。
異世界に転生すると最弱と言われるジョブ、遊び人に転生していた。
「最弱なんだから努力は必要だよな!」
こうして雄太は修行を開始するのだが……

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 番外編『旅日記』
アーエル
ファンタジー
カクヨムさん→小説家になろうさんで連載(完結済)していた
【 異世界生活〜異世界に飛ばされても生活水準は変えません〜 】の番外編です。
カクヨム版の
分割投稿となりますので
一話が長かったり短かったりしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる