【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

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第五章【蛇王討伐】

5-43.蛇封山登山

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 翌日、一行はポロウルを出発した。ここからは行軍速度と戦力を重視して、随行の騎兵は実力で厳選され再編成された一隊百騎だけである。

「封印洞までの登山道はだいたい整備しておいたから、その豪勢な車でも問題なく登れるはずだ」
「次々湧いてくる魔物たちは私が陣頭に立って駆除しておいたゆえ、数は減っているはずです」

 依頼どおりに登山道整備を終えてくれていたラフシャーンと、魔物討伐の指揮を取っていたというロスタム。なんのことはない、彼がずっと王都にいなかったのは、レギーナたちが来たことで蛇封山に張り付いていたからであった。
 そして、その両名も登山メンバーにもちろん入っている。

「あなた達にも御礼をしなくてはね」
「なあに、いいってことよ」
「本来ならば光輪クヴァレナの担い手である私が蛇王と戦わねばならんのですから、せめてこのくらいは」

「そうは言っても、光輪クヴァレナで蛇王を倒す勇者はもう予言されているのでしょう?だったらそれはあなたの役目ではないし、勇者私たちもそこまでの繋ぎに徹するだけよ」

 終末の時に蛇王は悪竜アジ・ダハーカに変じて世界を滅ぼすと言われているが、まだ世界はその時を迎えず、その予兆もない。であるならば蛇王は悪竜に変じることもなく、それを討ち果たすのはまだ見ぬずっと未来のこと。つまりレギーナの役目は歴代勇者のひとりとして、未来へ繋ぐための再封印に徹すること。そしてロスタムも、輝剣を次世代に受け継げばそれでいいのだ。

「さ、行きましょっか」

 そうして一行は、登山行軍を開始した。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ロスタム卿!そっちへ行ったわ!」
「了解だ!」
「おいロスタム!お前ホントにちゃんと減らしておいたのかよ!?」
「文句を言う余裕があるなら手を動かせラフシャーン兄!」
「やってるっつーの!」

 しばらくは登山も順調であった。だが二合目を過ぎたあたりから魔獣が出現し始め、三合目あたりからは魔物も見られるようになった。
 そうして四合目に差し掛かった今は、魔物の大群に囲まれてしまっている。随行の百騎はいずれも最精鋭と言ってよく、魔物相手であろうとも全く引けを取っていないが、いかんせん数が多すぎる。必然的にレギーナもアプローズ号の外に出て、討伐の戦列に加わっていた。

「勇者殿!」
「なによ!」
「御身が消耗するは下策、ここはわれに任せてもらおう!」

 騎兵たちに加勢していたのはレギーナだけではなく、銀麗インリーも同様である。レギーナに一声かけて前に出た彼女の両腕も指も普段は人の手指とさほど変わらぬが、今は大きく膨れ上がって、さながら虎の前脚のごとき太さに変わっている。そしてその指先から鋭く長く伸びる爪は、アンキューラ皇城の地下ダンジョンでレギーナの肩を一撃で粉砕した恐るべき武器である。

「爪刃!」

 銀麗が腕を振り払うだけで、魔物も魔獣もその爪の餌食となって血煙を吹き上げる。虎人族レェン・フーならではの俊敏さと体術で、彼女はまたたく間に屍体の山を築いてゆく。
 銀麗は魔物どもの只中に踊り込んで、当たるを幸いなぎ倒してゆく。さながら血の颶風ぐふうのごとくである。

「ひゅう、すっげえな」
「華国の虎人族とは、これほどのものか」

 それを見たラフシャーンがちょっと引いている。
 ロスタムの方は感心しつつも、負けじとクヴァレナを振るう。

「あの子の母親、英傑だそうだから」
「なんと!ではあのモン朧華ロウファどのの娘御か!」

 どうやら銀麗の母朧華はかなりの有名人のようである。まあ虎人族の人口自体がかなり少ないという話だし、その英傑ともなれば朧華だけなのだろう。何より、西方世界の勇者に相当する“英傑”が東方で無名なはずもなかった。


 銀麗がひとしきり暴れて魔物の数を減らしたところで、しばらく休憩していたレギーナが騎兵たちに警告した上で[威圧]を放った。相応に加減して、だがしばらく寄り付かせないようにそこそこの圧を込めて。

「うぉあ、こっちの勇者殿もなかなか桁違いだなおい!」
「まだお若いのに、素晴らしい力をお持ちだ」
「あら、これでもちゃんと加減してるわよ?」
「これでか!?」

 レギーナの目論見どおり、ラフシャーンを含めて騎兵たちを誰ひとり気絶させず、だが魔獣や魔物たちは恐慌を来たして逃げ散ってゆく。それでも踏みとどまる強めの魔物たちはあっという間に銀麗やロスタムが斬り捨てて回る。

「インリー!あらかた片付けたら先へ進むわよ!」
「心得た!」

「ていうかあなた達の時も、こんなに魔物の群れに襲われたの?」
「いやあ……“輝ける虹の風おれたち”の時はここまでたくさん群がっては来なかったんだけどね……」
「なんか原因のあるっちゃろうけど、まあ分からんなら考えたっちゃしゃあないたい」

 こんな調子で行軍と足止めを繰り返して、それでも何とか一行は五合目の手前まで到達した。時間はかかるが、封印の洞窟のある六合目付近まではこのまま進むしかなさそうである。
 なお返り血を浴びまくってはドロドロになって戻ってくる銀麗たちは、その都度ミカエラや騎兵たちの中の青加護の者たちが[噴霧]と[清浄]をかけてやり、それで濡れた水気はクレアが[温風]で乾かしてやるのだった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「…………止まって!」

 間もなく五合目に到達するというところで、御者台に残ったままのレギーナが何かに気付いた様子で立ち上がり、全体に停止をかけた。
 威圧の効果か、見える範囲に魔物の姿などは見られない。先ほどまでの苦闘が嘘のように順調な行程だった……のだが。

「おう、どうした勇者……ど、の」

 何事かと声をかけるラフシャーンの顔が、みるみる蒼白になってゆく。

「これは……なんだ!?」
「今までとはが違うぞ」

 ロスタムも一気に表情を険しくし、クヴァレナに手をかける。アプローズ号の屋根の上で、銀麗が姿勢を低くして身構えた。
 彼ら全員の意識が進行方向、つまり封印の洞窟のある山頂方向に固定されて動かせない。

「姫ちゃん!」
「大丈夫よミカエラ、接敵してないわ」

 車内から慌てて飛び出してきたミカエラを安心させるように声をかけるが、そのレギーナとて今までにないほど緊張と警戒を全身に漲らせている。

 と、スズが脚を止めた。見れば背を丸めて蹲り、明らかにおびえているではないか。魔物の大群に囲まれても全くひるまなかった彼女が。

「えーと、みんな動かないでね」

 そんな異様な雰囲気の中、ひとりのんびりとした声を上げたのはアルベルトである。
 彼を除く、その場の全員が経験したこともない恐怖と動揺を感じていた。この先には、それまで相手していた魔獣や魔物たちとは明らかに違う強大な気配がある。人の身では逆らうことも抗うことも敵わぬ、死の具現化とでもいうべき圧倒的なナニカの気配が。
 それは殺意ですらなく、敵意というよりもはや単なる害意。だがおそらく一瞬でも意識を逸らせば、この場の全員がなす術なく反応もできぬまま蹂躙されかねない、それほどの強烈なであった。

「やっぱり今回も出てくるのか……」
「なによ、あなた何か知ってるわけ?」
「知ってるっていうか、まあ、これがだね」

「…………は?」

「アルベルト卿は、これほどの脅威をご存知か」
「俺は貴族じゃないですよロスタムさん。⸺それと、リ・カルン兵の皆さんは今すぐ下山を。ここから先はアプローズ号だけで行きます」





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