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第五章【蛇王討伐】
5-41.念願の手合わせ
しおりを挟む一旦宿を出て、裏手に広がる広大な敷地にレギーナとロスタムは連れ立って出た。ラフシャーンと蒼薔薇騎士団の面々、それにアルベルトと銀麗もついてくる。それ以外の軍関係者や侍女たちは粛々と宿に荷物を運び込んでいて、誰も覗きに来ようとしない。
レギーナの腰には“迅剣”ドゥリンダナが、ロスタムのマントの下には“輝剣”クヴァレナがそれぞれ見えている。なおレギーナがいつも携行している騎士剣コルタールは、ミカエラが預かって肩に担いでいる。
「ちょうど良くお誂え向きの空き地があるのね」
「この集落は歴代勇者殿の蛇王討伐の拠点であり、軍の駐屯地でもあるのでね。演習場代わりです」
「なるほどね」
ふたりは程よい位置まで進んだあと、自然と距離を取って対峙した。
「合図は……必要なさそうだな」
そのふたりを見て、軍人であり戦士でもあるラフシャーンがやれやれと呟いた。
剣士と騎士、同じ宝剣持ち。余計な言葉も合いの手も必要としなかった。
しばらく睨み合うかと思いきや、いきなりレギーナが動いた。低い姿勢から瞬時に間合いを詰め、下段から抜き放ちざまに逆袈裟に斬り上げる。景季の元に通うアルベルトに何度か付き合ううちについでに習い覚えた“居合”というものを、彼女なりにアレンジした抜剣術である。
だが見たこともないはずのその技を、ロスタムはわずかに半身反らしただけで躱しきる。
「さすがね!」
「こちらの台詞だ」
そのままロスタムは跳んで距離を取り、おもむろにクヴァレナを抜いた。陽光に煌めくような黄金色の剣身が鮮やかな、細身の長剣であった。一般的な長剣と見た目にはさほど変わらぬ白銀の剣身が美しいドゥリンダナとは好対照である。
ふたりは同時に動いた。
今度は大上段から振り下ろしたレギーナのドゥリンダナを、ロスタムのクヴァレナが迎え撃つ。キィン、という甲高い音を響かせて騎士の膂力に剣士の刃が打ち返されるが、剣士はその反動を利して全身を翻し、勢いを増して今度は下段から斬り上げる。だが騎士も得物を半円に巻いて、逆に剣士の剣を下から絡め取ろうとする。
カキィン、と澄んだ音が響いて、ふたつの身体と二振りの宝剣が離れる。
「“開放”しても構いませぬよ」
「あら、いいの?」
「宝剣の力を出さねば、ただの手合わせに終わるでしょうな」
そう言われてレギーナは即座に“開放”した。迅剣、この世でもっとも疾いとされるドゥリンダナは、開放することで継承者の敏捷能力を倍増させる。ただでさえ敏捷の値が10あり人類最速クラスを誇るレギーナは、これにより人類の誰も届かぬ体捌きと剣速を獲得するのだ。
「なっ……!?」
だがそのレギーナの動きには音速の冴えがなかった。横薙ぎの剣筋を、ロスタムは冷静に見切り防ぎ切った。
レギーナはひと太刀浴びせただけで追撃せず、すぐさま距離を取る。
「相性が悪いわね」
「お互いにな」
レギーナと同時に、ロスタムもまた“輝剣”を開放していた。その輝剣は、開放することにより敵の能力を半減させることができる力を持っていた。
つまりレギーナは、ドゥリンダナの開放によって倍加した敏捷をほぼ無効化されたことになる。一方でロスタムのほうも、レギーナの能力が元に戻っただけなのでアドバンテージなど獲得し得ない。
となるとあとは、両者の剣技と魔術の腕だけが勝敗を左右する。
ふたりはしばし対峙して、互いの出方を窺う。見たところ剣技はほぼ互角、ならば如何にして相手に隙を作るか。その読み合いとフェイントが場を支配する。
……かと、思われた。
「[飛斬]!」
先に動いたのはまたしてもレギーナだ。詠唱とともにドゥリンダナをその場で振り抜くと、ロスタムめがけて斬撃を飛ばした。
「“瞬歩”」
だがそこに、ロスタムは居なかった。
あっと思った時には、ドゥリンダナを振り下ろした手首をクヴァレナの腹で叩かれて剣を取り落としていた。
「…………参ったわ。完敗よ」
レギーナは潔く敗けを認めた。
「姑息な奇襲では勝ちとも言えませんがね」
「貴方は自分の持てる手札を切っただけだわ。手札に気付けなかったのは私のミスなのだから、敗けは敗けよ」
要するにロスタムも華国由来の気功の技を使えたのである。彼はそれでレギーナとの間合いを瞬時に詰めて、彼女がドゥリンダナを振り切り無防備になった瞬間を捉えたのだ。
ここが東方世界で、かつてアルベルトが華国まで赴かなくともこの地で気功を修めたことをすでに知っているレギーナとしては、当然にその警戒をしていなければならなかった。
剣士が剣を落とされてはもはや戦えぬ。特に今は互いに死合う意志がないから彼も手首を叩くに留めたが、刃を落とされていれば確実に手首を失っていたし、もし首を狙われていれば死んでいたのだから、レギーナは敗けを認めざるを得なかった。
「貴女がなぜ私に会いたいと願われたのか、私との手合わせを望んだのか、これではっきりしました」
「私の目的?まだ何も言ってないけれど?」
「ええ、そうですな。ですが分かります」
輝剣を鞘に収めて、ロスタムがレギーナを見据えた。
「貴女はすでに“覚醒”に到れるだけの力を備えておられる」
そうして彼は、彼女が聞きたかったそのことに言及した。
「そう?じゃああと何が足らないか分かる?」
「あとは“慧眼”さえ開けば、覚醒は成るでしょう」
「………………は?」
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