【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

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第五章【蛇王討伐】

5-37.西の勇者は東の魔王

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「今さらなんだけど、どうして西方の勇者が東方の魔王である蛇王を代々討伐することになったんだろうね」

 いよいよレギーナたちが蛇封山に向かうと聞いた副王メフルナーズに招かれ応じた晩餐会の席上で、アルベルトがポツリと呟いた。
 招かれたのは蒼薔薇騎士団とアルベルトだけで、リ・カルン側のホスト役は副王メフルナーズのみ。ごく小さな、内輪だけの壮行会といった趣だ。とはいえ給仕の使用人たちは出入りしているし、晩餐室の扉の前には警護の近衛騎士たちも控えているから、完全に内輪だけという訳でもないが。
 ちなみに、ある意味で関係者でもあるラフシャーン元帥は、一足先に蛇封山のあるレイテヘランへ戻ったとのことで同席しなかった。

「あら、あなたそれ知らないの?」
「ユーリ様から聞いとらんと?」

 先代勇者パーティの一員だったのだから当然知っていると思っていたので、レギーナもミカエラも意外そうである。

「パーティの運営は年長の3人が仕切っていて、詳しい話はあまり聞いてないんだよね。俺は事実上の雑用係で、アナスタシアナーシャは魔力のコントロール訓練を優先させてパーティ内での役目はほとんどなかったし、マリアはまだ未成年だったしね」

 “輝ける虹の風”が蛇王を封印した当時のメンバー構成で言えば、勇者候補ユーリ21歳と探索者ナーン23歳のほか、エルフの狩人ネフェルランリル(年齢秘匿)の3名が年長者である。立ち上げ当初からのメンバーとはいえ当時16歳のアルベルトと17歳のアナスタシア、それにまだ13歳だったマリアは基本的に年長者たちの決定に従うだけだった。

「わたし、マリア様と同い年だけど…」
「うん、だから最初は驚いたんだ。クレアちゃんは宿の手配や昼食の食事処を探すのとかも手伝うし、偉いなあって」

「そ…そんなこと、ないよ…」
「うわクレアが照れとうてる。可愛かあ」

 大好きなおとうさんからナチュラルに褒められて照れるクレアを見て、ミカエラが目尻を下げている。まあ基本的に感情の起伏をあまり見せないクレアが頬を赤らめると可愛さが倍増するので、無理もない。レギーナだってメフルナーズの目がなかったら多分抱きしめに行っている。

「蛇王の封印管理は“勇者”が担うこと。これは古のアサンドロス大王の時代に決まったことよ」

 ミカエラのように表情には出すまいと努めつつ、レギーナはアルベルトの質問に答えてやった。

 アサンドロス大王はおよそ三千年以上昔のオーリムアースの時代に、現在のイリシャ連邦の地に乱立していたへレーン人たちの都市国家群を史上初めて統一し、古代グラエキア王国を興した伝説上の人物である。そればかりでなく彼は、東方から侵略の手を伸ばしてきていた大国パルシスの大軍を退け、逆に東方遠征の軍を興して大河を越え、かの地を征服統一して、東方西方にまたがる世界帝国を一代で築き上げたことで知られている。
 その巨大すぎる功績から、歴史上で特に「大王」の称号を冠せられる数少ない人物のひとりである。それだけでなく後の古代ロマヌム帝国の時代には、正式に勇者のひとりに数えられてもいる。いわゆる歴史上の偉人というやつだ。

 アサンドロス大王がペルシスを征服した当時、長く戦乱が続いて蛇封山の封印が顧みられなかった時期があり、そのせいで封印が危うく破られそうになるほど弱体化したことがあったという。何とか封印を修正したあと現地の古老から封印の詳細を聞いたアサンドロス大王は、自らがパルシスの国都を焼き払って伝承が失われたことが原因のひとつにあると思い至って、悔いるとともに以後の封印管理を引き継ぐと宣言したという。

「アサンドロス大王の遠征以降、勇者は西方世界から選ばれるようになったわ。そして選ばれた勇者たちは東方に遠征して、封印を修復して管理するという盟約を果たし続けているのよ」

 レギーナやミカエラ、それにユーリもそうだが、〈賢者の学院〉の卒塔者たちは学院の歴史科の授業でそのあたりの経緯を習っているため、当然知っていることだ。だが賢者の学院どころか大学そのものを経験していないアルベルトはそうした歴史事実をほとんど知らなかった。彼が知っているのは基本的に、何かのタイミングで知っている誰かに教わった事だけだ。

「へえ、そうだったんだね」
「そうよ。勇者パーティの在籍経験者なら常識レベルの基礎知識なんだから、知っておいた方がいいわよ」

 恥じるでもなくへらりと微笑うアルベルトに、やや呆れながらもレギーナが忠告してやる。

「え、西方ではそういう話になっているのですか」

 だがこの場にはもうひとり、その事を知らなかった者がいたようである。
 声に振り返って見た先には、珍しく唖然とした表情のメフルナーズがいた。

「勇者様が『アサンドロス大王』と仰るのは……その、“双角王ドゥル・カルナイン”……ですよね」

 メフルナーズのその言葉に、今度はレギーナが首を傾げる。

「“双角王”の伝承は確かに『王の書シャー・ナーメ』に記述がありました。ですが、おそらく別人ではないかと思いますが」

 『王の書』に記された双角王とは、ピシュダディ朝の後に興ったカーヤーニー朝の王ダーラーンと西方ルームの王女との間に生まれた王子で、カーヤーニー朝最後の王ダーラヤワウの異母弟イスケンデルンのことである。

 ダーラーン王に疎まれ離縁され故国に戻った王女は、帰国後に王子を産んだのち失意のまま世を去った。遺されたイスケンデルン王子は母の無念を晴らすべく東方に侵攻して、異母兄ダーラヤワウ王を倒しカーヤーニー朝を滅ぼした。それだけでなくアリヤーン民族の王朝であるシャームとトゥーランまでも征服して、アリヤーンの悲願であった三国統一を果たした唯一の王ということになっている。
 イスケンデルン王はピィルのごとき巨躯で頭部に二本の角を生やした魁偉な容姿であったという。

 東方に侵攻した彼は、勇者アーリヤ・ブルダーナをも倒してカーヤーニー朝の国都のひとつである“祭都”タフテ・イマに至り、一晩の戦勝の宴のあと祭都を焼き尽くした。その後敗れて逃亡した兄ダーラヤワウを追ってトゥーランの地に至り、トゥーランごとダーラヤワウを滅ぼして統一を果たし凱旋した。その容姿から、“双角王ドゥル・カルナイン”と呼ばれて恐れられたという。
 だが彼は最後まで王として戦った兄に敬意を示して、ダーラヤワウを祭都の近くに墓所を設けて手厚く葬った。そのことで後世に評価が改められ、今では正式にイスケンデルン朝唯一の王として『王の書』にも記されている。なお双角王の死後は後継者が居なかった事もあり、アリヤーン諸王朝の王族の生き残りたちが各国を再興したという。

「双角王は西方より侵来し勇者アーリヤ・ブルダーナを打ち倒し、この地を蹂躙したのです。その後の統治が蛇王と違ってこの地に寄り添うものであったため、現在は王として称えられていますが、当初は魔王として伝えられていたのです」
「魔王!?」
「はい。ピィルの如き巨躯に二本の巨大な角を持ち、他を圧する強大な力を有して、誰も倒すことができなかったと伝わっています」

「いやいやピィルて。しかも二本角て」

 ピィルはアスパード・ダナ駐留の軍が戦象部隊を編成し訓練していたためレギーナたちも目にする機会があったが、長い鼻と大きな耳を持ち、脚竜の一種ハドロフス種と変わらぬ大きさの巨獣である。おそらく竜種を除けば地上でもっとも巨大な生き物であろう。
 そんな象のごとき巨体に角まで生えているなど、そんな人間がいるわけがない。

「アサンドロス大王は西方では勇者のひとりとして数えられているのですけど!?」
「そうなのですか!?けれど確かに双角王以降に“勇者”の称号は西方に移り、以後ずっと西方から勇者が派遣されてきている……」

「えっ…………じゃあ、本当に?」
「わたくしも信じられませんが……」
「「勇者アサンドロス大王と魔王“双角王ドゥル・カルナイン”が同一人物だ、ってこと!?」」

 真実はひとつでも、伝える人と伝わる土地が異なれば伝承は正反対にもなる。悪魔イブリースのようにほぼ同じ形で伝わることもあれば、アサンドロス大王こと“双角王”のような事例も当然起こりうるわけで。

「これやけんだから、伝承学て面白かとよねえ」

 唖然呆然とする一同の中で、ひとり楽しそうに笑うミカエラであった。





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