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第五章【蛇王討伐】
5-35.アルドシールの股肱の十臣(2)
しおりを挟む「んで、話ば戻すばってん、その他の“十臣”はどげな人のおるとやろか」
「副王殿下とロスタム卿以外で王宮に出仕しているのは3人ね。他に隠棲したのがふたり、拝炎教の神官がひとり、遊んでいるのがひとり、あと行方不明がひとりいるそうよ」
「……なんなのよその遊んでるとか行方不明とか」
「遊んでいる、というと聞こえは悪いけれど、定まった官職を貰わずに身軽な立場を保っているのだと聞いたわね。元は旅の楽士で、リヤーフという名の殿方よ」
「うわ、なんか聞くだけで遊び人っぽかあ」
偏見でものを言ってはダメですよミカエラさん。
「まあ、私は別に関係ないからいいけど。出仕してるのは?」
「まず新王陛下がジャジーラトの地に落ち延びた際に援助してくれたという崇偶教の指導者のひとりで、ムサーイドという長老がいるそうよ」
「あー、崇偶教ば国教化したんはそん人への見返りっちゅう事やろね」
「それに、そのムサーイド老とともにかの地で軍を組織するのに功績があった、バースィラという女性騎士がいるわ」
「おー、女騎士ねえ」
「なかなか腕も立つそうだし、王宮内では新王陛下の側室候補とも噂されているわね。まあ本人にはあまりその気はなさそうだって話だけれど」
「私、多分手合わせしてないわ」
「そうでしょうね。今は近衛騎士ではなくて国軍の将を務めているそうだから」
つまり女騎士バースィラは、今は同じ十臣のひとりであるロスタムの配下の将軍のひとりということになるのだろう。
「あともうひとりは?」
「ラフシャーンという名の将軍ね。元は辺境サカスターンの辺境伯だったそうだけど、出奔してアリア王子の一行に加わって、今は北方面元帥を務めているそうよ」
「北、っていうと……」
「そう。事実上、蛇封山の監視と警戒が主任務らしいわね。今依頼している蛇封山の登山道整備もラフシャーン元帥の麾下が対応してくれているそうよ」
それは、顔を合わせた時にでも謝礼を述べておかねばなるまい。
「隠遁ふたり、ってのは何なん」
「ひとりは“賢人”ファルザーンという殿方ね。ロスタム卿の幼馴染で腐れ縁だそうだけれど、宮仕えしたくないと以前から隠れ住んでいたらしいわね」
「あー、居るねえそげな人」
「新王陛下の即位まではメフルナーズ殿下やロスタム卿と並ぶ功績があったそうだけれど、再統一が成ってからは褒美も全部断って、もとの棲家へ戻っていったそうよ」
「なんか、随分偏屈なお爺さん、って感じね」
「それがねえ、ロスタム卿と同い年って言うから今年33歳なのですって」
「「若!」……くもない、か」
思わずミカエラとハモりつつ、でもアルベルトと2歳しか違わないのならそこまで若くもないわね、と思ってしまったレギーナである。もちろん、今年40歳になるユーリのことを考え合せても、老いたというには早すぎる年齢だが。
老いたとも若いとも言えない微妙な年齢層。そう、つまりおっさんである。
「姫ちゃん今、おいちゃんのことば頭に浮かべたやろ?」
「えっな、そんな事ないわよ!?」
「姫ちゃん相変わらず分かりやすかあ」
「も、もうひとりはどうなの!?」
「アリア王子の護衛を務めた女性騎士で、ルシーダという名の西方人だそうよ。“輝剣”の先代継承者の娘だという話」
「「先代継承者がいるの!?」」
「レギーナには残念なお知らせだけれど、その先代継承者は先の内戦で廃人同様になってしまったそうなのよ。だからそのルシーダという騎士が引き取って介護しているのですって」
「…………そ、そうなんだ……」
そういうことであれば、仮に会いに行ったとしても“覚醒”のヒントなど得られないだろう。ガックリ項垂れるしかないレギーナである。
「あとは……拝炎教の神官っちゅう人か」
「ナーヒードという女性神官だそうよ。年齢が分からないそうだけれど、新王陛下と出会った頃に20歳前後に見えたそうだから、私と同じくらいの歳かしらね?」
「出仕はしてないわけね?」
「拝炎教の総本山で今も神々に仕えているそうよ」
「おー。法術師の鑑やね」
「……で、あとは行方不明だっけ?」
「その人物が一番怪しいのだけれどね。本名も年齢も不明で、さすらいの男と呼ばれていたそうよ。旧王宮に突入するところまでは居たらしいのだけど、その後誰も姿を見ていないそうなの」
「え、それ戦死したんと違うと?」
「新王陛下ご本人が最後に話したそうなのだけれどね、『そろそろお暇する』と言い残して居なくなったのですって」
「…………それは、行方不明って言われるわけだわ」
それ以来さすらいの男を見た者は居ない。どこで何をしているのか、そもそも生きているのか、彼に関しては何ひとつ手がかりがないという。だがアルドシール1世は生きていてまた会えると信じているらしく、もしも彼が王宮なり公官庁なりを訪ねてくる事があれば手厚く歓待するように命じているのだそうだ。
「それとは別に、あとふたりいるのだけれどね」
「……え、もう10人出たわよね?」
「平民で身分が低くて、数に加えられなかったそうなのよ。でも新王陛下の覚えはめでたくて、今でも近侍しているそうよ」
「って事は、侍従とか侍女とかかいね?」
「その通りよ。侍従はミールという名で、新王と同い年でずっと苦楽を共にしてきて、互いに親友だと言っているらしいわね。それで臣下たちや民衆も彼のことは王の中の王の友と呼ぶそうよ」
「なんかそれ、レギーナとミカエラにちょっと似てない?」
ブハッ、とミカエラが飲みかけた茶を吹き出して、レギーナに「ちょっと何よもう汚いわね!」とツッコまれた。
控えていた侍女アルターフが、サッとテーブルを拭いて茶器を取り替えていく。
「ちょ、いや、姫ちゃんさあ、そげな不意打ちマジ止めちゃらんかいな」
「なんでよ、思ったことをそのまま言っただけじゃないの」
「照れもせんと、しれっとサラッとそげんこつ言われたらウチだけ大ダメージもらうやんかて!」
と言っているミカエラの顔は照れているのか真っ赤で、それを見てレギーナの顔もみるみる赤く染まってゆく。
「えっ私、そんな恥ずかしいこと言った?」
「その自覚のないとこマジで怖かっちゃけど!」
「はいはい御馳走様」
「私、子供だから分かんないって事にしとくね」
「「ヴィオレとクレアのその塩対応っぷりもなんなの!?」」
なんなのと言われても、それ普段の蒼薔薇騎士団だけどね?とアルベルトが居たらツッコみそうである。
ちなみにヴィオレが語りそびれた侍女の方は、名をニルーファルという。ラフシャーンが拾って育てていた孤児で、いわゆる十臣の中でも最年少である。アリア王子が王都を落ち延びてから10年以上が経った今年でまだ16歳なので、逃亡生活の当時は本当に幼い少女でしかなかった。
そのため功績と呼べるものは何もないが、荒みがちになる逃亡生活の中で彼女の無邪気な笑顔が何よりも癒やしだった、とアルドシール1世は述懐しているという。
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