【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

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第五章【蛇王討伐】

5-32.リ・カルン創世神話(3)

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 結局レギーナは、ひとまずイブリースのことは考えないようにすることにした。そもそも蛇王と違ってどこにいるのかも分からない相手だし、そちらにかまけすぎて蛇王の封印が破壊されてしまっては元も子もないからだ。
 勇者選定会議から受けた指令はあくまでも蛇王の再封印であり、それ以上のことは再封印を終えたその先のことでしかない。いくら元凶とはいえ、優先順位を違えるわけにはいかなかった。

「ダハーグを打ち倒したのって、英雄王フェリドゥーンよね?」
「その通りです。英雄王の項に詳しく記されています」

 目次を見れば、僭主ダハーグの次が英雄王となっている。レギーナは早速そのページを開いた。


 ダハーグの両肩の蛇に生贄にされたことで、国からは若者の姿が消えた。それでも人々はひっそりと子を産み、それを隠して育てつつ世代を重ねていたが、ダハーグの兵士たちは容赦なく家々に押し入り、隠された者たちを見つけては連行してゆく。
 そんな中、ひとりの若い母親が、産んだばかりの赤子とともに北の辺境を目指して逃亡生活をしていた。これこそが後の英雄王フェリドゥーンことスラエータオナと、その母である。
 彼女は逃げる途中で、素晴らしく見事な雌牛を放牧している牧場を見つけた。惹かれるように彼女はその牧場を訪ね、我が子をあの雌牛の乳で育ててくれるよう牧場主に頼み込んだ。牧場主は玉のようにふっくらと元気そうな赤子を見て、匿い育てることを快諾した。母親は安心して、当初の目的地だった霊峰を目指してひとり旅立って行ったという。

 だが赤子が平穏に育てられたのはわずか5年に過ぎなかった。『自身を討つ者がすでに生まれている』との予言を得たダハーグが全世界に捜索の手を広げ、それがとうとう牧場にまで及んできたのだ。
 牧場も、牧場主も、飼われていた家畜たちも、そして後の英雄王をその乳で育ててくれた聖牛バルマーエも、幼子を隠匿したとして滅ぼされ破壊し尽くされた。だが幼子自身は、その直前に戻って来た母によってすんでのところで連れ出され、霊峰に逃げ延びた。
 ダハーグの兵士たちは付近をくまなく捜索したものの赤子の手がかりを見つけることはかなわず、その場での捜索は打ち切られた。

 それからおよそ10年の歳月が流れた。
 相変わらずダハーグによる生贄狩りは続けられていて、人々はダハーグを蛇王と呼んで恐れていた。そんな中、10人の息子のうち9人を生贄として殺されたカーヴェという鍛冶師が、最後に残った末息子カーレーンまでも生贄に取られそうになり、ついに蛇王へ叛旗を翻した。
 カーヴェは密かに賛同者を集め、自ら鍛えた武器を配り、仕事用の革の前掛けを旗に仕立てて反乱軍を組織した。『イマの血を引く英雄が霊峰にいる』と善神ヤザタスラウェシに告げられた彼とその軍は北へ向かい、霊峰の麓までやって来て、逞しく成長した15歳のスラエータオナと出会う。彼はカーヴェとその仲間たちの願いを聞き入れ、フェリドゥーンと改名し反乱軍に加わった。
 カーヴェは喜び、彼のために彼を育ててくれた聖牛バルマーエの頭部を模した鎚矛メイスを鍛えて、これがフェリドゥーンの武器となった。

「フェリドゥーンの武器って、剣じゃなかったのね……」
「文献によっては剣を用いたという記録もございます。ですが、剣では打倒できなかったとも言われています」

 一説によると、蛇王の身体は剣で傷つけられるたびにその傷口から、夥しい瘴気とともに魔物や魔獣の大群を発生させたため、剣で討伐するのを諦めざるを得なかったという。

「剣では倒せなかった……」

 それは、剣で戦うレギーナにとっては由々しき事態だ。

「実際のところは、どうなんでしょうね。歴代の勇者様がたもほとんどは剣の遣い手ですし、それで毎回再封印を成功させてますし」
「そっか、それもそうね」

 フェリドゥーンとカーヴェの軍勢は蛇王の軍を蹴散らし、破竹の快進撃であっという間にその居城までたどり着く。王城の守備兵はそれまでの恐怖政治からの解放者としてフェリドゥーンとカーヴェたちを迎え入れ、配下にも裏切られた蛇王は玉座の間に追い詰められ、フェリドゥーンの牛鎚によって打ち据えられた。
 だがフェリドゥーンが蛇王の頭を牛鎚で打ち砕こうとするのは、彼らを導く善神スラウェシによって止められた。そのためフェリドゥーンは蛇王をいましめ、聖山ダマヴァンドの洞窟に封印することにした。
 蛇王は獅子シールの革で撚った縄で手足を縛られ、鋼の枷と鎖で壁面に拘束された上で、光輪フワルナフによって封印を施された。以来聖山は蛇王を封じた山として、“蛇封山”と呼ばれるようになったという。だが蛇王は封印の中でまだ生きていて、時折縛めを振りほどこうとして暴れるため、蛇封山の周辺では地震が絶えないという。

「この善神というのが殺すのを止めたのって、やっぱり“悪竜”だからよね」
「そのように解釈されています。別の文献に善神の言葉が残されていますが、それによると『蛇王はまだ死の運命にはない』と。ですので英雄王もトドメを刺せなかったのです」
「終末の時に蛇王が“悪竜”に変じるまでは倒せない、という話だったわね」
「仰る通りです。そして終末の時には“竜殺しの勇者”ガルシャースプが復活を果たし、授けられた光輪フワルナフを用いて悪竜を討ち果たすとされています」

「そう。蛇王を倒すべき勇者の存在はもう予言されている、というわけね」
「そういう事になりますね」

 であれば、その点についてはレギーナの役目ではないという事だ。レギーナに課されたのは、あくまでも終末の時に向けての封印の延長と、そのために蛇王の力を削いで弱体化させること、それだけという事になる。

「蛇王の封印は、文献にある通りに再現した方がいいかしら」
「そこは、何とも言えませんね。蛇王を縛めたのは獅子シールの革の縄とされていますが、そもそも現在では我が国の国内の獅子はほぼ絶滅してしまっていて、手に入れることすら非常に困難な状況です。それにただの縄や鋼ではなく魔術的な処理をされたものと考えられますし、その術式はどの文献にも記載がありませんので……」
「……再現は難しい、か……」
「不可能とまでは言えないとは思いますが、相応に難しいかと」

 ともかく、こうして蛇王は討たれ、蛇封山に封じられて千年にも及ぶ暗黒の時代は終わりを告げた。人々は解放の英雄としてフェリドゥーンを迎え入れ、彼を英雄王と呼んで称えた。
 このフェリドゥーンが、初代勇者として歴史に名を残す事になる。





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