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第五章【蛇王討伐】
5-27.あれもこれもどれも全部(2)
しおりを挟む司書官のダーナが案内してくれたのは書殿の奥まった場所にある、厳重に施錠された扉の向こうだった。特別に許可を得た者だけしか立ち入りも閲覧も許されない、禁書庫なのだという。
「少々お待ち下さい。必要な書籍はすでに揃えてございますので、すぐにお持ち致します」
そう言ってダーナは一旦保管庫に引っ込んだあと、すぐにワゴンを押して戻ってきた。そのワゴンの上には十数冊の書籍が積まれている。
ダーナはそれを一冊ずつ、閲覧席のテーブルに並べてゆく。
「お待たせ致しました。とりあえず、蛇王に関する一般的な記録はお持ちした書籍だけで事足りるかと思います」
「……ずいぶん多いわね」
西方世界では、どれだけ情報を集めてもほとんど見つけられなかった蛇王に関する記録。それが現地ではこんなに残っているとは驚きである。
レギーナは一冊を手に取り開いてみた。だがリ・カルンの、アリヤーン民族の言語で書かれているので、当然ながら何が書いてあるか全く読めない。
「……ねえこれ、やっぱり私たちにも[翻言]が必要じゃない?」
「あー、そうですね。[翻言]を覚えて頂ければ、直接お読みになることも可能かと」
「そやねえ、ほんなら誰か教えてくれる人ば探さんと」
ちなみに書殿に来ているのはレギーナのほか、ミカエラとアルベルトとクレアである。ヴィオレはまず最初に[翻言]を覚えるためひとり居残って、今頃は侍女アルミタと銀麗に教わっているはずである。
「よければ、お教え致しましょうか」
「えっ、あなた覚えてるの?」
「はい。わたくし、司書になる前は通訳官を務めておりましたので」
「それもダビールなんだ……」
ちなみに通訳官は、リ・カルンの公用語であるアリヤーン語を話せない遠方からの朝貢使や西方からの来訪者のため、王宮はじめ各地の役所に必ず配置されているという。そうした地域に特使として派遣される政府伝達官に持たせる信書などの、現地語での文書起草も担当するそうである。
ダーナはその場ですぐさま他の司書官に依頼して宮廷魔術師を召喚してもらい、その立ち会いのもとでレギーナたちに[翻言]の術式を教授してくれた。詠唱の文言と発動確認は宮廷魔術師がチェックして、間違いなく発動したことを告げられた上で、レギーナは先ほどの一冊を再び開いてみた。
「……ホントに読めるわ」
書籍に書いてある文字は変わらずそのままだ。だが先ほどとは違って、何が書いてあるか明確に理解できる。
「ホントやね。書いてある文字そのまんまで読めるごとなっとるばい」
「うわあ、これ便利だなあ」
ミカエラもアルベルトも、やはり一冊を手に取って読んでみて感嘆の声を漏らす。クレアは無言のまま、すでに次のページを開いている。
文字そのままで読めるということは、街に出ても見知らぬ言語で書かれた看板がそのまま読めるということに他ならない。つまり[翻言]が発動している間は単独で行動しても支障がなくなるということになる。
「お気に召したのであれば良かったです」
「……あなた今、この国の言葉で喋った?」
「そこもご理解頂けましたか」
そう。微笑んで言葉を発したダーナは今確かに、知らない言語で言葉を発したのだ。なのにそれがそのまま耳に入って、しかも何を言ったのか理解できたのだ。
「……これは確かに、最初に覚えなならんやったばいね」
ミカエラも[翻言]の有用性を改めて認識したようである。
「ていうかウチ、よう考えたら最初からずっと南部ラティン語のまんま喋っとったっちゃけど」
「はい、[翻言]で聞いていましたから通じていましたよ」
恐るべきことに、ミカエラのキツいファガータ弁さえ全部理解されていたらしい。
「ええ……私かなり頑張ってファガータ弁覚えたのに……」
「……で、その後ろの彼は誰なのかな?」
ミカエラと普通に会話するための、過去の頑張りを無にされたように感じてレギーナがうなだれるその傍らで、アルベルトがおずおずと口を開いた。ダーナと宮廷魔術師の後ろで何やら書き取りをしている、もうひとりの存在に気付いたのだ。
「ああ、彼は大王殿の当番秘書です。勇者様が[翻言]を習得されたことを記録しています」
「えっそんな事まで記録するわけ!?」
「もちろんです。全ての事象は記録され、整理されて後に歴史官による史書の編纂作業に活かされます」
「ホントに全部ダビールなのね……」
一体全部で何種類のダビールがいることやら。もしも仮にダビール連中がストでも起こしたら、あっという間に国政が滞ってしまいそうである。
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