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第五章【蛇王討伐】
5-24.アルベルトの新たな得物(2)
しおりを挟む一旦奥に引っ込んだ景季は、すぐにひと振りの刀を持ってきた。
「これは最近鍛えた中でもっとも出来の良いひと振りでな。同じ段平でも、こちらは上業物の認定にも問題なく通る逸品じゃと自負しておる。ほれ、抜いてみい」
言われるままにアルベルトが抜いてみると、全体的な作りは先の業物と変わらないが、明らかにものが違うとひと目で分かる。波打つ刃紋が美しく、白銀に輝く刀身は荘厳さすら感じられる。
「あら、これいい刀じゃない。あなた、これにしなさいよ」
「こらまた斬れ味も鋭そうやね。いいやん」
レギーナもミカエラも満足のいく名刀のようだ。
「確かに良い刀だけど、これは……」
「せっかくじゃ、ちと試し斬りさせてやろう」
手渡された上業物の刀を何故か微妙な顔つきで眺めているアルベルトやレギーナたちを、景季は工房の奥に通した。足の踏み場もなさそうな散らかり放題の作業場の奥に扉がひとつあり、その扉を景季は開けてその向こうへと消えていく。
扉を抜けたその先は常設市の外だった。さほど広くはないが柵で囲われた敷地の中に、試し斬り用なのか藁束がいくつか立てられており、人ひとりが刀剣を振り回すには充分な間合いが取ってある。
「これ、何が巻いてあるわけ?」
「これはイネの茎を干したもので“藁”という。繊維質が強くての、斬ろうとしても素人には案外斬れんもんじゃ」
「イネというのは西方で言う稲のことじゃな」
「……ああ、白米の草のことね」
銀麗が補足して、それでレギーナも理解したようだ。
「ほれ、どれでも構わんから、ひとつ斬ってみい」
「そ、それじゃあ……」
「私も斬っていい?」
「あんたの宝剣なら斬れて当然じゃろうが」
「姫ちゃんが斬るとやったら、ウチも斬りたかぁ」
「そんなに斬りたいならうちの刀を買ってからにしてもらえんかの!?」
後ろで三文漫才を繰り広げている有象無象を尻目に、アルベルトはひとつの藁束と対峙してみる。新しい得物は鞘込みの重量で以前の片手剣とほとんど変わらず、違和感は特にない。念のために何度か抜き挿ししてみるが、取り回しにも違和感はなかった。
ひとつ深呼吸して、アルベルトは抜いた段平を右手に持って、半身になり中段に構えた。
「あー、そうじゃないわい」
それを見て景季が声を上げる。
「刀で斬る時は必ず両手じゃ。利き手じゃない方は添えるだけじゃがな」
「えっ、⸺こう、ですかね」
「そうじゃ。足の運びはそれでよいから、あとは斬り下ろした瞬間に利き手と逆の手で刀身を後ろに引くんじゃ」
言われるままにアルベルトは上段に構え直し、袈裟斬りに斬り下ろして、そして刀を引いた。
一瞬揺れた藁束は、最初は何事もなかったように見えた。だがすぐに斜めにズレて、そしてゴトリと重い音を立てて地面に落ちた。
「ちょっとそれ、鉄芯仕込んであるじゃない!」
「えっ!?」
レギーナの声に驚いて藁束を見ると、確かに巻かれた藁の中から鉄の芯が見えている。それも直径が2デジ半ほどもあり、それが斜めに鮮やかに斬り落とされている。
そしてそんな物を斬ったというのに、アルベルトの手にある段平には刃こぼれひとつなかった。
「全然、鉄を斬った手応えじゃなかったのに……」
「上業物級ともなればこのくらい斬れねばのう。とはいえ、この太さの鉄芯が斬れるのはお前さんの技術がしっかりしとるからでもあるがの」
唖然とするアルベルトに、景季がニッと笑ってみせた。
「というわけでその段平、銘を“断鉄”とでも付けようかの」
「ちょっと安直だけど斬れ味も申し分ないし、良いんじゃない?」
「確かにそうだけど、でもこれ、ずいぶん高いんじゃ……?」
「安直とか言うんじゃないわい。⸺そうさな、そいつは認定申請しとらんからの、お前さんになら金貨二百枚で構わんよ」
「にひゃ……!?」
「ほんなら、白金貨でよかろうか」
「えっちょっミカエラさん!?」
「おお、それならわざわざ数える手間が省けて助かるわい」
「いやいやカゲスエさん!?」
「最初から買うちゃあて言いよっちゃけん、今さら遠慮やらしてどげんすっとよ。⸺はい、白金貨2枚ね」
「うむ、確かに」
こうして、あれよあれよという間に上業物の銘刀を手に入れてしまったアルベルトであった。
「…………センジュイン、カゲ……カゲ、ミツ?」
そして、そんなアルベルトの後ろでレギーナが何かに気付いた様子で何事か呟いている。
「なんかどこかで聞いた気がするんだけど。似た名前でカゲミツって刀鍛冶、居たわよね?」
「⸺ん?そうじゃな、金剛院四代景光は儂の師匠じゃが」
「あ、それ!コンゴウイン!最上業物でしょう!」
東方世界の東の涯に、“極島”と呼ばれる島国がある。そこで生産される玉鋼と呼ばれる、強度としなやかさを兼ね備えた特別な鋼で打たれる反り身の片刃剣は『刀』と呼ばれ、この世界ではやはり東方世界のヒンドスタン帝国南部で生産されるテリン鋼で作られた『シャーム剣』とともに、世界最高の斬れ味を誇るとされている。
刀には極島の鑑定師ギルドが鑑定し認定する格付けがあり、上から順に最上業物、上業物、業物、良物、数打物と五段階にランク付けされる。数打物は軍の制式装備などの大量生産品、良物はそれよりも品質のいい少量生産品で、業物以上になると一点物として銘が与えられ、切れ味が強化されていたり術式付与がなされていたりと、それぞれ固有の価値がつく。
その中でも最上業物は15名の刀工が鍛えたわずか21振りの刀剣だけしか認定されておらず、その多くは東方世界各国の国宝級として西方世界にまで名が轟いている。景季の師匠である金剛院景光はその15名の刀工のひとりであり、代表作“霞斬”が最上業物に認定されている。
「おお、さすがによく知っとるのう西方の勇者様は!」
「言ったでしょ、これでも刀剣の目利きには自信があるって。ていうかあなた、私が勇者だって知ってたの?」
「そりゃあお前さん、今度来る西方の勇者は宝剣持ちじゃと噂になっとったからな。鍛冶界隈ではどうにかしてひと目見て模造できんものかと、皆目の色変えとるわい」
「模倣できるわけないじゃない。“宝剣”は神が鍛えたって言われてる霊遺物よ?」
「そうじゃな、儂も実際に目の当たりにしてよぉく思い知ったわい。ありゃ“神器”じゃ」
剣身を眺めただけなのに、どうやら景季は宝剣の特異性さえ正確に見抜いたようである。
「へえ、見ただけでも分かるのね」
「そりゃそうじゃろ。刀剣の目利きができん刀鍛冶なんぞおらんわい」
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