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第五章【蛇王討伐】

5-22.まず最初はお買い物

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 その夜の晩食は贅を尽くしたリ・カルン料理の数々……とはいかず、アプローズ号に残っていた食材でアルベルトがちゃっちゃとこしらえて全員が舌鼓を打った。全員、そうレギーナたちだけでなくジャワド以下侍従たちや侍女たち、専属料理人であるヒーラードすらレギーナの許可を得て、食事室で相伴にあずかったのである。
 というのも、ヒーラードに是非にと懇願されたのだ。レギーナたち西方人の舌に合う料理をすぐには供せないということもあったし、何より陳大人の直弟子の料理を彼が食べたがったのである。そしてアルベルトの方でもアプローズ号に残った食材を無駄にしたくなかった事もあり、最後は快諾したわけだ。
 ちなみにレギーナたちは一も二もなく許可を出した。元々食べ慣れていて安心だということもあったし、東方世界で世界的な大料理人の弟子だと聞いてしまった以上、どうしてもで見てしまったからでもある。

「……なんでこんな美味しい料理を作れるのか、ようやく納得できた気がするわ……」
「なんかもう、気安う『おいちゃん』やら呼んだらつまらんダメな気のしてきたばい……」
「まあでも、“美味しい”のは正義ですものね……」
「クレアはずっと、おとうさんの料理で生きていくから」

 クレアさん、そりゃ無茶ってもんです。

 ちなみにヒーラードは目一杯頬張りながら感涙にむせび泣いていた。侍女たちもそれぞれ絶賛しながらおかわりしていたりする。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「さて、本日の皆様のご予定ですが。いかがなさいますかな?」

 一夜明け、揃って一階の食事室で朝食を終えたところで、ジャワドが尋ねてきた。ちなみに彼ら使用人たちも、離宮に滞在者が居る間は離宮内の使用人棟で起居するため、朝から当たり前のように揃っている。

「そうね、まずは蛇王に関する資料を探して……」
「あー、姫ちゃんタンマ待った

 当初の予定通りに、まずは蛇王に関する調査と情報収集。そう思って言いかけたレギーナの発言をミカエラが遮ったではないか。

「……なによ?」
「先に買い物行ってもよかろうかいいかな
「…………買い物?」

 昨夜ジャワドから「必要なものがあれば何なりとお申し付け下さい」と言われているのだから、わざわざ買いに行かなくともジャワドに頼めばいいのに。
 そう首を傾げるレギーナに対して、ミカエラは言う。

「ほら、おいちゃんに新しか剣ばうちゃあて約束したやん」

 そう言われれば、確かにそんな約束を彼女がアルベルトにしていたのをレギーナも憶えている。アナトリアの皇城地下のダンジョン攻略中でのことだ。
 前衛職であるアルベルトが得物を新調するのなら、確かに早いほうがいい。そのほうが習熟する時間もより多く取れるのだから。

「あん時おいちゃんが、こっちの王都に目当てのあるごとみたいに言いよった言ってたやん?」
「そう言えばそうだったわね。じゃあ昼までに済ませましょうか」
「あー、ミカエラさん憶えてたんだ」
「そら憶えとうくさ。そやけんちゃっちゃと行ってこうこよう
「いやあ、それなんだけどね……」

 なんだかアルベルトの歯切れが良くない。

「なん、どげんしたとねどうしたのよ?」
「よく考えたら、前回来たときに俺が滞在してたのってアスパード・ダナここじゃなくてハグマターナなんだよね……」

 つまり、アルベルトが行きたかった店はアスパード・ダナではなくハグマターナにある、ということのようだ。

「なァんねもう、そげんとは早よ言わなつまらんやん!」
「いやあ、うっかりしてたよね」

 正確にはうっかりではなく、あの場限りの社交辞令にするつもりでアルベルトが黙っていただけである。彼もミカエラがまさか憶えているとは思っておらず、改めて言い出されて実は慌てていたりする。

「……ふむ、お話を伺っておりましたが、要はそのお目当ての武器商がこの街には居らぬと、そういう事ですかな」

「ええと、まあ、そういう事になりますね」
「それでは、その者が王都に移ってきておるかどうか戸籍サブテスターナ・ダビールに調べさせましょう」
「……えっ」

 ジャワドが言うには、遷都に伴って旧王都ハグマターナから王都アスパード・ダナに移住した者も多く、その武器商も移ってきているかもしれないとのこと。そうした移住登録は戸籍官の管轄であり、調べればすぐに分かるのだそうだ。

「ほんなら調べてもらおう
「え、そ、そうだね?」
「なんでキョドってるのよ」
「どうせまたおいちゃん遠慮しとっとやろ。気にせんでよかて言いようとに」
「では、その武器商の名と店の名、それに特徴などお教え願えますかな」

「ええと……極島から移ってきたドワーフの刀剣鍛冶だって言ってましたけど……」

「ほほう、極島出身のドワーフクートゥーレとは珍しゅうございますな。それならばすぐに調べられると思いますので、しばしお待ちを」

 そうしてジャワドはシアーマクを遣わして戸籍官に調べさせた。シアーマクはすぐに戻ってきて、武器商が移住してきていると告げた。
 というわけでアルベルト、ミカエラ、レギーナの3人はまず買い物に出ることになった。

「……銀麗あなたもついて来るの?」
われは勇者殿にではなく、あるじに随従するだけだが?」

 そういえば銀麗インリーは、まだアルベルトの契約奴隷のままである。特に止める理由もないので、彼女も加えて4人での買い出しである。

 目当ての武器商は常設市バーザールのひとつに店舗を構えているとのことで、早速向かうことになった。ちなみに離宮からは中央の宮殿や庭園を抜けるのではなく、北西の通用門から直接外に出られるそうである。その移動も大きなアプローズ号を使うのではなく、王宮の馬車を出してくれるという。
 今回に限らず、宮殿外に所用のある際にはいつでも馬車を出してくれるそうだ。レギーナたちは別に宮殿からの外出を禁じられているわけではないので、いつでもジャワドに一言言うだけで全部手配してくれるとのことである。





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