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第五章【蛇王討伐】
5-20.極星宮
しおりを挟む“副王”メフルナーズとの謁見を終えたレギーナたち一行は、案内されるままに対面殿を出て、離宮へと案内された。案内してくれたのは対面殿の控室に呼び出しに来た壮年の執事で、宮殿秘書のジャワドと名乗った。彼が今後、レギーナたちの離宮を采配する責任者になるとのこと。
ちなみに謁見自体は副王のメフルナーズと、簡単に挨拶と今後の予定の取り交わしをしただけでアッサリと終了した。対面殿にいたのはメフルナーズだけで、新王アルドシール1世はついに姿を見せなかった。やや失礼かと思いながらもそのことを質してみれば、後日改めて対面の機会を設けるとのことだったので、ひとまずは引き下がった形だ。
「国王陛下、結局出て来んしゃれんやったねえ」
「あのメフルナーズってどういう人なの?副王とか言ってたけど」
「俺の記憶に間違いがなければ、多分、新王陛下のすぐ上のお姉さんで、先代陛下の第三王女のはずじゃなかったかな……」
さすがに20年近くも経てば、記憶も薄れるし人の容姿も変わるものだ。アルベルト自身も当時の王子王女たちには一度しか会っていないため、名前もうろ覚えだしいまいち断言しきれない。
「……姉王女ふたりは、どこ行ったのよ」
「嫁いだっちゃない?」
「うーん、もしかしたら内乱の時に……」
「…………あっ」
それ以上ツッコんではいけないと、口をつぐんだ一行である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジャワドの案内で通されたのは、柱廊を越えた先にある北西、北、北東と三棟あるうちの真ん中の北離宮で、極星宮と呼ぶそうだ。離宮ひとつにつき使節団クラスの団体が四組まで逗留できるそうだが、極星宮にはレギーナたち以外に利用者はいないとのこと。つまり、貸し切りである。
「我が国では“北”は不吉な方角でしてな。ゆえに極星宮は不人気なのです」
言いにくいことのはずだろうに、ジャワドはあけすけにそう語った。なんでも国教である拝炎教の教義では、最高神の率いる善神たちに敵対する、悪神率いる悪魔たちは北からやって来るのだと言われているそうだ。
「……リ・カルンの国教って、崇偶教じゃなかったかしら?」
「おや、西方ではそう言われておるのですかな。我が国は古来より拝炎教を国教と定めておりましてな、崇偶教が我が国に広まってきたのは近年に至ってからのことに過ぎませぬ」
よくよく聞けば、リ・カルンは拝炎教の発祥の地であるのだそうだ。そしてそれ以降、少なく見積もっても千五百年以上にもわたって拝炎教の信仰は深く根付いていて、人々の生活に欠かせないものとなっているという。
それに対して崇偶教は、元は大河の向こうの下流西岸域にあるジャジーラトと呼ばれる地域が発祥だそうで、宗教としての歴史もまだ五百年を超えたところなのだとか。ジャジーラトの地に興るアレイビアの諸国は昔から大河を越えてリ・カルンに幾度となく侵攻してきており、そういう意味ではリ・カルンの人々には崇偶教への懸念や嫌悪感が根強いのだとか。
「確かに崇偶教も今や国教のひとつではございますが、正式にそう定められたのはアルドシール1世陛下が御即位されてからですな」
当時の軍務卿であった“僭主”ラーギブがクーデターを起こした時、後にアルドシール1世と名乗ることになるアリア王子はまだ10歳の少年だったという。彼は僅かな手勢に守られて何とか当時の王都ハグマターナを脱出し、国内各所を放浪しながら潜伏していたのだという。そして15歳の時に満を持して挙兵したものの、一戦して僭主の軍勢に蹴散らされ、ジャジーラトの地まで落ち延びらしい。
「陛下はジャジーラトの地で協力者を得られましてな。その助けを借りて南から再び兵を起こし、ついに僭主めを打ち破ったのです」
「その見返りとして国教化して、国内での崇偶教の布教を認めた……ってことですか」
「左様ですな」
「なるほどね、おそらくその時の情報が誤って『国教が変わった』と伝えられたんだわ」
ちなみに、アルドシール1世が僭主を打倒したのが5年前のことだという。翌年に戴冠して、今年はアルドシール4年になるのだそうだ。
「崇偶教の国教化には思うところはありますが、陛下が南から攻め上がって北を倒したのもまた、北は悪しきものという我が国古来の考え方に基づくものと言えましょう」
「ばってん、それならそれでそげんとこに客人ば住まわせるかいね普通?」
「いつの頃からかは定かではないのですが、かつての勇者様からのご要望を賜っておるそうでしてな。『蛇封山の望める北が良い』と。それ以来慣例になっておるのです」
なるほど、そう言われれば確かに理屈としては理解できる。少なくとも宮殿の南側にやはり三棟ある、南の離宮よりはマシかも知れない。
「それに、これから暑くなりますからな。北面の離宮のほうがまだしも涼しくはあるでしょうな」
ジャワドはそう嘯いてからりと笑った。なかなかサッパリとした性格のようだが、それはそれで客をもてなす宮殿秘書としてどうなのか。
「いやぁ……この街って砂漠に囲まれてるから、北でも南でもあんまり変わらないんじゃないかな……」
「おや、バレてしまいましたか」
旧王都ハグマターナは山岳地帯にあり、周囲を小さいながらも森林に囲まれていて、暑季でも比較的過ごしやすかった。だがアスパード・ダナの周囲は砂漠で、南側にザーヤンデ川の豊かな流れがあるとはいえ、風は乾いていて陽射しを遮るものもない。
というかそういう意味では、川に近い南の離宮のほうがまだ涼しいまであるかも知れなかったりする。
「ま、それはさておき離宮でお仕えする者たちを紹介してしまいましょう」
「うわ流しおったばいこん人」
「さっさと済ませねば晩餐にできませんのでね。はっはっは」
そう言われると断りづらいが、なんとなく釈然としないミカエラである。
「ま、慇懃になられ過ぎるよりはマシだわ。不遜な態度を取るようなら更迭するだけだしね」
一方のレギーナのほうは、意外にも鷹揚に構えていたりする。
「はっは、これは心せねばなりませんな」
「多少の軽口くらいは大目に見てあげるけど、過度にお姫様扱いするようなら容赦しないからね」
「おや、レギーナ様は西方のエトルリア王国の王女殿下でもあられると伺っておりますが……左様ですか。しかと承りましてございます」
(レギーナさんって、なんであんなに“お姫様扱い”を嫌がるのかな)
(姫ちゃん、お姫様扱いされたら勇者として軽く見られとるて感じるとげな)
(ああ、そうなんだね……)
後ろでアルベルトとミカエラがヒソヒソ話していたが、レギーナは気付かなかったようである。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
次回更新は3月1日、その次が3月5日になります。
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