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第五章【蛇王討伐】
5-16.広すぎる王都
しおりを挟むアプローズ号が大通りに入っても歓迎の歓呼やパレードなどはなく、先導は単に最短距離を誰にも邪魔されずに、陽が沈みきる前に王城にたどり着かせるための案内役だったようである。事実、大通り沿いはどこも盛況な賑わいで、派手で高級そうなアプローズ号に目をやる人も多くいて、もしも先導なしに走っていれば物売り連中が群がってきて足止めされたことだろう。実際、ここまでのタウリスやジャンザーン、ハグマターナといった大都市ではどこも物売りに囲まれたものだった。
「それにしても、本当に人が多いわね」
並足で歩くスズの曳くアプローズ号の車内でレギーナがポツリと呟いたのが、覗き窓越しに御者台のアルベルトにも聞こえてきた。おそらく車窓から外を眺めているのだろう。
実際、王都はどこも人で溢れ、人のさざめきや笑い声が絶えることがない。これまでのハグマターナやダラームといった大都市と比べても、明らかに人の数が多いように見えた。さすがに大通りを脚竜車が走れないほどごった返しているわけではないが、なんとなしにお祭りでもやっているかのような雰囲気が感じられる。
ああ、なるほどね。とアルベルトが得心したのは、人々の顔がどれも楽しげに輝いていたからだ。
前回ユーリたちとともに訪れた、当時の旧王都ハグマターナも変わらぬ活況を呈していたが、思い返せばあの時、人々はこれほど楽しげに笑っていただろうか。生活は豊かで、戦乱や貧困の不安もなかったはずだが、人々の顔はどこか憂いを帯びて息を潜めていたようだったことを思い出したのだ。
「新王陛下の治世は、上手く回っているみたいだね」
先王の遺児は軍務卿のクーデターに抗い、かろうじて王城そして王都を脱出して、旅芸人一座に身をやつしながらも国内を駆け回り、ひとりずつ諸侯を口説き落として味方を増やし、支持者を増やしてついには王座を奪還したのだという。だがアルベルトの記憶には、この国の王子はひとりしか心当たりがなかった。
(あの臆病そうな、小さな王子がねえ)
最初に到着した時の、王に謁見した際の謁見の間で、王族揃って出迎えてくれた際の一度きりしか、王子には会わなかった。当時まだ5歳くらいだった幼い王子は一番上の姉王女のダーマンの裾を握りしめて、その後ろに隠れるように立っていたのを憶えている。
あの小さな王子が王都を追われ、逃避行を続けながらも心折れずに王座を奪還したのかと思えば、何やら感慨深いものがある。今度はアナトリアの時とは違って、アルベルトも案内役として蒼薔薇騎士団とともに謁見することになるため、逞しく成長したあの時の王子と、つまり現在の新王とも見えることになる。それはちょっと楽しみだ、とアルベルトの頬も緩む。
「それにしても、やっぱり王城までが遠いわねえ」
車内から今度は、ヴィオレの嘆息。
「本当、どこまで行っても市街地ばかりね。これ本当に王城まで辿り着けるのかしら?」
続いてレギーナの呆れ声。
それを聞いてアルベルトも苦笑するほかはない。
「リ・カルンの都市の中で、城砦がある街は西が市街地、東が城って決まってるんだ」
そして竜骨回廊はアスパード・ダナの西に延びている。つまりアプローズ号は西門から入って、東門近くにある王城を目指しているわけで。
百万都市の市街地を横断しようというのだから、そりゃどこまで行っても市街地が続くはずである。
「そうなの?」
「なんか理由のあるとやろか?」
「この国は、伝統的に北東のトゥーラン国と戦ってるからね。それで東側への防御が手厚いんだ」
リ・カルンの主要民族をアリヤーン民族という。神話の時代から世界全てを支配する民族と言われ、現在でもこの国の公式見解としてはアリヤーン民族が世界を支配している事になっている。
だが、アリヤーン民族はリ・カルンにだけ居住しているのではない。先祖を同じくする北東のトゥーラン国と、大河を挟んで下流西岸域を支配するシャーム国もまた、アリヤーン民族の国である。だが兄弟国というべきその三国は、神話に語られるある事件が元で互いに相手を滅ぼそうと、もう数千年にも及ぶ不倶戴天の敵対関係を続けているのだそうだ。
「数千年て。そらまたえらい根の深い争いばしよんしゃあね」
「そんなの、普通はどこかのタイミングで統一されてそうなものだけどね」
「もしくは抗争に疲弊して、他の民族と同化するとか滅びるとかするのではないかしらね?」
「そのあたりの事は俺も詳しくは調べてないんだけど、まあ色々とあるみたいだよ」
だがまあ、ひとまず蒼薔薇騎士団にとってはどうでもいい事ではある。
「それはそれとして、なんかずーっと民家ばっかりなんだけど。普通は商会とか、宗教施設みたいなのが点在してるものじゃない?」
レギーナのその疑問もまた、至極もっともなものである。
「それはほら、この国では商業区が決まってるからさ。だから商店とか宿とか、礼拝所や拝火院なんかも決まった場所にしかないんだ」
「そうなんだ」
ここまでの道中に宿泊した都市でも何度か夜市を散策したものだが、彼女たちは毎回アルベルトの案内に従って行き先を決めたため、特に目的も行くあてもなく街ブラするということがなかった。だがよく考えてみれば、確かに市と呼ぶにはどこも広大で、住宅などは見当たらず商店や屋台ばかりの通りを歩いた気がする。
ちなみに礼拝所とは崇偶教の寺院で、拝火院とは拝炎教の寺院を指す。やはり都市の各所に広大な庭園区画が整備されていて、神教の神殿も含めた各種宗教施設はその庭園の周縁部に配置されている。
「ある程度の規模の街ならだいたいどこも同じなんだけど、東西南北に大きな常設市があってね。その他にも小さな市場があちこちにあるんだ。⸺ほら、ちょうど左手に見えてきたよ」
そう言われて車窓から見やれば、確かに一般の住宅とは明らかに違う、二階建ての屋根覆いのある大きな建物が見えてきていた。平屋ばかりの街並みにあって、巨大な立方体のようなそれは見るからに良く目立つ。
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