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第五章【蛇王討伐】
5-13.ついに見えた蛇封山と、旧王都
しおりを挟むそんなこんなで旅は続く。アプローズ号と蒼薔薇騎士団はリ・カルン中部の大都市ジャンザーンに宿泊し、次の大都市ハグマターナまでの未整備区間に差しかかった。
ここまで来ればリ・カルン国内の旅も3分の2を超えたことになる。治安の良い国の中央部に入ったことになり、ようやく安心できるといったところ。
ちなみに、150人もの大盗賊団を殲滅したことはリ・カルン国内であっという間に噂になった。旅人たちを付け狙う賊たちも「ひとりで百人以上倒した鬼のような女騎士のいる豪勢な脚竜車には手を出すな」というのが合言葉になっているようで、旅はすこぶる快適……
「全っ然、快適なんかじゃないわよ!」
居心地の悪い思いをしている人外系勇者さま約1名以外は、すこぶる快適である。
「みんな、ちょっと出てきてもらっていいかな」
ある時、スズを走らせているアルベルトが、御者台の覗き窓越しに車内のレギーナたちを呼んだ。
「……なによ、なにかあったわけ?」
「おいちゃんどげんしたん?」
「走行中に呼び出すなんて、珍しいわね」
呼ばれてゾロゾロ出てくるレギーナたちに、スズを止めることなくアルベルトは助手座のほう、はるか遠方を指差した。
「あの山、見えるかい?」
「山?」
「あー、あの一番高い山のことかいね?」
現在走っている位置は開けた平野部で、遠くにところどころ小さな林が見える他は集落も特にない。未整備区間で付近に大きな街がないから、原野の中を走っているようなものである。
アルベルトが指す先、遠くには山脈の影が黄色くけぶる大気の向こうに連なっていて、そのさらに向こうに山脈よりも明らかに高い山影がひとつ、かすかに見えていた。黒っぽい山体で頂上部が白っぽいところを見ると、どうやら冠雪しているようである。
もう雨季も下月に入っていて暑季も間近だというのに、本当に冠雪しているのであれば相当な高山のはずである。
「あれが、俺たちの目指す“蛇封山”だよ」
「「「「 !! 」」」」
アルベルトの一言に、彼女たちは驚愕に目を見開いて今一度その山体に目を向けた。
「あれが……私たちの目指す蛇封山……」
「今走ってるこの辺りが、竜骨回廊で一番蛇封山に近付く地点なんだ。だから天気次第で見えるんじゃないかなと思ってたんだけど、実際に見えたから君たちにも見ておいてもらおうかと思ってね」
「ずいぶん目立つ山なのね」
「このリ・カルンの最高峰だって聞いてるよ」
その標高は、西方世界全体の最高峰として名高い“竜心山”にも匹敵するほどらしいよとアルベルトが説明する間にも、彼女たちの視線はその山から外れない。特にレギーナは食い入るように見つめて動かない。
「封印の洞窟はどこらへんにあると?」
「中腹より少し登ったところだね。麓に小さな村があって、そこで一泊したあと朝から登山するんだ。前回来た時は道が険しくて徒歩で登ったんだけど、アプローズ号とスズなら多分洞窟の前まで行けるんじゃないかな」
「ばってん、車の通れるごと整備されとらんっちゃない?」
「多少の岩くらいならスズが動かせるだろうし、それに……」
「……む?主、もしや吾を当てにしておるのか?」
「はは、バレちゃったか」
「まあ、主の命とあらば従うだけだが」
屋根の上から声が降ってきて、アルベルトは苦笑するしかない。
銀麗は普段、アプローズ号の車内には入らずに屋根の上に座っていたりする。街で宿を取る時は皆と一緒に部屋を借りて泊まるものの、野営の際は御者台で眠っていることが多い。
彼女が車内に入るのは主に昼食時とトイレだけである。それ以外で車内にいようものならクレアにモフモフされるので、たいていは屋根の上に逃げている。
「あそこに、蛇王がいるのね……」
レギーナはただひとり、まだ蛇封山を見つめていた。ミカエラたちが車内に戻ったあとも、蛇封山が後方に流れて見えなくなるまで彼女はずっと、その山を見続けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一行は次の都市ハグマターナに到着して、この街でも有数の老舗宿に投宿した。この街はリ・カルンの長い歴史で幾度となく王都として栄えてきた歴史ある街であり、活気に満ち溢れた大都市である。
「これでまだ王都じゃない、って言われてもねえ」
ヴィオレが嘆息するのも無理はない。ハグマターナの街並みは、西方世界ならばガリオン王国の首都ルテティアやブロイス帝国の帝都ヴェリビリに匹敵するほど広域で、行き交う人も脚竜車も多い。
「前回、“輝ける虹の風”が来た時は、ここが王都だったんだけどね」
「そうなんだ。遷都したってわけね」
「これでも遷都してから随分寂れた方さ。昔はもっと何倍も住民がいたんだがねえ」
「またまた、そげな大袈裟な」
夜歩きに出た市場で、屋台の店主に思わずツッコむミカエラである。
「本当だとも。あのクーデターと内乱さえなきゃあねえ」
そう言ってどこか遠くを見やった店主の視線を何気なく追ってみるが、そこには夜闇の空が広がるばかりで何も見えない。市場の灯りが明るすぎて、夜空は星さえも望めなかった。
「クーデターがあったんだ?」
「ああ、そうさ。前の陛下はとても厳しくてお強いお方でね。暴君というわけではなかったんだが、臣下にもわしら民にも苛烈なお方でねえ……」
先代王は恵まれた体格と天賦の軍才によって英雄視される人物だったのだという。近隣各国との度重なる戦でも負け知らずで、苛烈な性格もあって国内外から恐れられていたらしい。だから、というわけでもないのだろうが、ある時、軍部の腹心とも言うべき軍務卿が叛旗を翻したのだという。
軍務卿は隣国トゥーランと密かに通じ、攻め込んできたトゥーランに対して国王親征すべしと主張した。そうして王が王都を離れている隙に自らが軍を率いて王都を占領したのである。軍務卿はすでに軍をほぼ掌握しており、一部の将校が反抗したものの衆寡敵せず、戦場ではトゥーラン軍と反乱軍との乱戦になって王は討ち取られた。その勢いのままトゥーラン軍は当時の王都ハグマターナまで攻め上がったものの、軍務卿の率いる軍に滅ぼされた。
トゥーラン軍を撃退したことで軍務卿は国内の主要貴族からも支持を取り付け、狙い通りにクーデターを成功させた。そうして彼は先王の第一王女を無理やり妃とした上で即位を宣言した。だが王都からの脱出に辛うじて成功した幼い王子が軍務卿に反抗する勢力を糾合して自らも即位を宣言し、それで数年に渡って全土で内乱状態が続いたのだという。
だが結局、先王の実子にして国家の正統直系でもある王子が支持を集め、軍務卿は王位を僭称したとして最終的に討ち滅ぼされた。旧王宮はその最終決戦の際に炎上し、簒奪者とともに焼け落ちたという。そうして再統一を果たした王子つまり新王は王都をアスパード・ダナに遷都して、それでハグマターナからアスパード・ダナへ移住した者が多くいるのだとか。
新王が市街地や民の生活再建を優先したため、旧王宮はいまだ再建されずにそのままになっているらしい。
今は夜なので見えはしないが、昼間であればレギーナたちの目にも焼け落ちて無残な姿のままの旧王宮が望めたことだろう。見えなくて良かったのか悪かったのかは何とも言えないところである。
「内乱があったのは知ってたけど……そっか、焼け落ちたままなのか、旧王宮……」
どこか懐かしそうな、寂しそうなアルベルトの表情に、彼女たちはそれとなく察することしかできなくて、かける言葉も見当たらなかった。
「まあでも、今の王都のアスパード・ダナはこんなもんじゃないからな。あんたたちも王都まで行くんだろ?楽しみにしとくといいよ」
しんみりした雰囲気を笑い飛ばすように、屋台の店主はそう言ってニカッと笑った。
「ほれ、景気づけに肉ひとつ追加しといたから、これ食べて今夜は楽しんでっとくれ」
「ありがとう。いただくわね」
「なあに。美人にゃあサービスしとかんとな」
などと営業スマイル全開の店主から、焼きたての串焼きをそれぞれ受け取って、一行は再び街歩きを再開した。
「あ、うま」
「んなこっちゃ。こらなかなかイケるばい」
「でもちょっと、あつい…」
「クレア、こぼさないように気をつけなさい」
そうして夜の街を楽しんだ一行は宿に戻って一夜を明かし、何事もなく翌朝になって出発したのだった。
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