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第五章【蛇王討伐】
5-08.まさに奇縁
しおりを挟む「そう言えばアナスタシア様って」
「うん?」
唐突にクレアがアナスタシアの名を出して、怪訝そうにアルベルトが彼女に目を向ける。
「魔力のコントロールが苦手だった、って言ってたよね」
「……そうだね。元々あまり得意ではなかったから、実家のシルミウム辺境伯家でも高名な魔術師を何人も先生に呼んで学んでたんだけど、なかなか身につかなくてね。冒険者になってからもちょくちょく暴発させて、それで“破壊の魔女”なんて呼ばれたりしてさ」
「ああ、それで……」
そう言えばアルベルトは、魔女の墓守とも呼ばれてたんだっけ。破壊の魔女の墓守なんてしてたら、そりゃ確かに色々言われるはずだわと、口にも顔にも出さずに内心で納得するレギーナとミカエラである。
「東方に入ってからは些細な術でも威力を間違えたりして、それまで以上に苦しんでたね」
アナスタシアは、スラヴィア自治州の都市のひとつであるシルミウムを治める辺境伯の長女として生まれた。シルミウムはスラヴィアでも比較的大きな都市で、かつてのスラヴィア争乱の時代にも大きな戦場にならなかったこともあり、辺境伯家も領内も、比較的裕福な暮らしができていた。
そんな土地で生まれ育ったアナスタシアは、先祖に持つ高名な魔術師の血も濃く出たのか、家族の誰よりも豊富な霊力をもって生まれてきた。そのせいで幼い頃から魔力過敏症にかかったりと、ずっと苦労してきた。そのことは6歳の頃からともに育ってずっと見てきたアルベルトもよく知っていることだ。
「多分だけど、アナスタシア様は東方世界に入ってからは、“魔力の理”にも馴染めなかったんじゃないかな…」
「……ああ、そうか。そういうことだったのか……」
東方世界に入ってから魔力のコントロールがより難しくなって、人知れず悩み、訓練を重ねて、それでも身につかなくて苦しんでいたアナスタシアの姿を、アルベルトは思い出す。このままではお役目が果たせない、ユーリ様のお役に立てないと泣く彼女を、当時の彼はただ慰める事しかできなかった。それは未だに、アルベルトの中で苦い記憶として残っている。
「ちなみにやけど、アナスタシア様の教師として呼んだっちゅう“高名な先生”てどげな人がおんしゃったか、おいちゃん知っとう?」
苦い記憶に思いを馳せていると、ミカエラがそんなことを聞いてきた。
「俺は6歳の頃から彼女と一緒に育ったからね。全員の名前とかまでは正確には分からないけど、最後の人はよく憶えてるよ。⸺ロベルト様、って呼んでたね。高名な賢者様の息子さんだとかで、辺境伯様が気に入ってアナスタシアの婚約者にしたんだよね」
「…え」
「それって」
昔を思い出しつつ答えたアルベルトの言葉に、まず反応したのはミカエラではなくクレアだった。そしてほぼ同時に、それまで黙って話を聞いていたレギーナも。
「そ、その先生てどこの人か知っとう?」
「エトルリアからお呼びしたって言ってたね」
「「クレアのお父上じゃない!」」
レギーナとミカエラのツッコミが、東方世界に来てから初めてハモった。
ロベルト・パスキュール。“悲運の大魔導師”と、人は彼を呼ぶ。
“大地の賢者”ガルシア・パスキュールの息子として生を得た彼は、幼い頃から才気煥発な少年であり将来を嘱望された。長じてもそれは変わらず、成人後には宮廷魔術師として母国エトルリアのヴィスコット王家に召し抱えられるまでになった。
だが折しもスラヴィア争乱の時代であり、彼も戦場にしばしば駆り出された。その中のひとつ、エトルリア北東国境の都市ゴリシュカをアウストリー公国の南方辺境伯軍に急襲された防衛戦において、守りきれずにゴリシュカを失陥した責を負って、彼は宮廷を追われた。まだ17歳の若さだった。
その際に、それまでの婚約者からも捨てられて傷心した彼は、邸に引き籠もって魔術の研鑽を重ねることとなる。そんななかシルミウムから招聘され、周囲の反対を押し切って彼はスラヴィアのシルミウムに向かったのだ。
そこで出会ったのが、魔力のコントロールに苦しむ少女アナスタシアである。豊富すぎる霊力を持て余す彼女にロベルトは付きっきりになり、人を教え導く行為に没頭するようになる。それを見たシルミウム辺境伯から是非にと乞われて、彼とアナスタシアは婚約を結ぶことになった。
それがロベルト24歳、アナスタシア14歳の頃の事である。
ふたりの交際は順調、というより魔術の師弟関係のままだったが、仲は決して悪くなく、そのためアナスタシアの15歳の誕生日に婚姻式を執り行い正式に夫婦になることとなった。アナスタシアには兄がいてシルミウム辺境伯を継ぐことはないため、婚姻後はエトルリアの実家に連れ帰って父ガルシアとも相談の上でじっくり彼女の指導を続けよう。
そう彼は思っていた。
婚姻式の前夜に、婚姻を嫌がったアナスタシアがアルベルトと駆け落ちするまでは。
アルベルトとアナスタシアは追っ手を逃れて、当時すでに“自由都市”の名を勝ち取っていたラグにたどり着き冒険者となった。そうなるとラグと同じくスラヴィアの構成都市で、同じく自由都市化を目指していたシルミウムを治める辺境伯には連れ戻せない。自由を求めてラグに逃れた者を連れ戻したりしたら、シルミウムが“自由都市”を名乗れなくなるのは明白だからだ。
そうしてアナスタシアは自由を得て、ロベルトには二度も婚約を袖にされた男としての不名誉な瑕疵だけが残されてしまったのだ。
それからさらに数年して、彼もようやく結婚に至ることができ、めでたく長女のクレアも生まれた。だが愛娘クレアが1歳にもならぬうちに、当時流行り始めていた黒死病に夫婦揃って罹患してしまい、ほどなくして相次いで“どこにもない楽園”に渡ることになってしまったのだ。
享年34。嘱望された人生には程遠い、挫折に塗れた生涯だった。“悲運の大魔導師”と呼ばれるゆえんである。
「アナスタシア様が、わたしのお母様だったかも知れないなんて…!」
いや遺伝子が異なるから、ロベルトとアナスタシアの子供がクレアになったとは思えないが。
「そのアナスタシア様が選んだのがおとうさん…ってことは、やっぱりおとうさんは…!」
それはこじつけにも程があるでしょ。
「それによく考えたら、名前も似てる…!」
アルベルトとロベルト。確かに後半部分は同じである。あるけども。
「えぇ……」
「確かに、言われてみればそうね」
「まさに奇縁っちゅうやつや」
「人生、どこでどう転ぶか分かったものじゃないわね」
「いやぁ……いい話で終わるのかな、これ……」
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
※ゴリシュカで行われた戦争の話は、拙作『魔力なしの役立たずだとパーティを追放された(以下略)』の11話で出てきます。併せて読んでみると、なんとなく繋がりが見えてくる……かも?
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