255 / 323
第五章【蛇王討伐】
5-07.魔力の“理”
しおりを挟む結局、起きてきたレギーナとクレアは胃に優しそうな雑炊を選び、ミカエラとヴィオレは焼きおにぎりを選んだ。猫舌の銀麗は熱々の雑炊を食べられないので、当然焼きおにぎりの方である。
クレアはまだ本調子には程遠い様子だったが、ミカエラと同じくひと眠りしたことで、それなりに持ち直したようである。おそらく、そうして少しずつ身体を慣らしていけば、銀麗の言ったとおりに不調も治まっていくのだろう。
「心配しなくても、ちゃんと全員分の焼きおにぎりを作ってあるからね。胃の調子が戻ったら食べるといいよ」
雑炊を口に運びつつチラチラと視線を動かすレギーナに、苦笑しつつアルベルトが言う。
「べ、別にそっちも食べたいとか言ってないわよ」
口で言わずとも、目は口ほどに物を言う。
「ていうか、“おにぎり”?また聞かない料理名ね」
「これは東方の果てにある“極島”で一般的な携帯食料だよ。炊いた白米の“飯”を手で握って固めるから『握り飯』で、それをちょっと丁寧に『お握り』って呼ぶことが多いんだって」
「携帯食料っちゅうと、軍隊の兵糧にしとったんやろか?」
「元はそうだったって聞いてるよ」
ちなみに兵糧としての握り飯は、炊いた白米を少量の具を包み込むように丸く握ってカラカラになるまで乾燥させたものである。その状態なら軽量で数日保つため持ち運びに便利で、食べる際は水鍋に入れて沸騰させつつ炊けば簡単に雑炊に早変わりである。
「じゃあこれも、東方で習ってきたんだ?」
「そうだね。普通は炒飯だと具材が多くて固まらないから作らないんだけど、その分は焼いて固めたから」
バーベキューソースをベースにした特製ソースをかけたのは、表面を焼き固めやすくする意味もある。現に出来上がった焼きおにぎりは表面が程よくおこげ状になっていて、手で持ち上げても崩れることがなさそうだ。
外はカリッと香ばしく、中はもちもちで多彩な具材の豊富な味が楽しめる。そんなん美味しくないわけがない。
「ていうかこっちも美味しいんだけど。雑炊、とか言ったわよね?」
「それも極島の料理でね。有り合わせの具材を雑多に放り込んで水で炊くから『雑炊』っていうんだって」
具材は特に決まっておらず、大抵はその時にある残り物などを入れるが、もちろん専用に用意してもいい。味のベースになるのは水と一緒に鍋に入れる出汁によるので、具材が多少変わったところでそう突飛な味になることもない。
極島では一般的に病人食として供される事が多いという。
「おとうさん、これ…ステラリア入れた?」
レギーナの横で、スプーンでちまちま掬って雑炊を食べているクレアがポツリと聞いた。
「よく分かったね。魔力の異常だって聞いたからステラリア錠剤を砕いて入れてみたんだよ」
「うん、ちょっと回復した感じがする。ありがとう」
「あっそうやん、クレア、西方と東方でなんか魔力の理が違うらしいっちゃけど、あんたなんか知っとう?」
「魔力の理…?」
ミカエラにそう問われて、クレアはしばし目線を落として考え込む。思い当たることがあったようで、やがて彼女は顔を上げた。
「そう言えば大地の賢者に聞いたことがあるよ。西方世界は『相剋』だけど、東方世界は『相生』だ、って」
「…………なんそれ?」
「五色の加護を自然の力に置き換えるの。黒加護は地、青加護は水、赤加護は火、黄加護は風、白加護は空なんだって。
それで、『相剋』は互いに打ち剋つ力で、『相生』は互いを生み出す力なんだって」
西方世界では馴染みの薄い考え方だが、東方世界の東部、つまり華国や極島といった地域には“五行”という思想がある。それで説明ができるとクレアは言う。
それで言えば西方世界は、『相剋』の並びで魔力が構成されている。水は火に剋ち、地は水に剋ち、風は地に剋ち、空は風に剋ち、そして火は空に剋つ。つまり水は火を消すことができ、地は水を吸い込んでしまう。風は地を吹き飛ばし、その風は空に溶けて消える。そして火は空を燃料として燃えるのだ。
要するに相剋とは、戦い勝つための攻撃的な理、ということになる。一方で『相生』とは、互いを生み出し栄えるための理である。
火は風を生み、風は空を生み、空は水を生み、水は地を生み、そして地は火を生む。つまり火は風を起こし、風は空になり、空はやがて雲を得て雨すなわち水になり、水は地を潤し、そして地が生み出す様々なもの、つまり樹木や“黒水”などが火を燃やすのだ。
「要は攻撃的な理と、守備的っちゅうか非攻撃的、生産的な理……ねえ。まるで真逆やんか」
「人の考え方にもそういうのが出てくるんだって。西方世界だと嵐には頑丈な家を作って対抗するし、魔物は討伐して殲滅するし、川の氾濫は堤防で防ごうとするよね」
「まあ当然の考えやね」
「東方だと風で飛ばされないように、家の壁は極力なくすんだって」
「……は?そうなん?」
「うん。魔物も殲滅し尽くすと生態系が変わるから討伐は最低限で、川が氾濫してもいいように高台に家を建てるんだって」
「…………そう言えば陳大人も言ってたなあ。“医食同源”だ、って」
「……医食同源?どういう意味?」
「食べることは回復すること、つまり食材になる獣や草木は薬も同然なんだって。それを育む大地と、大地や草木を潤す雨と、雨を降らす空と、どれも同じくらい“食”には必要なことだから、全てを大切にしろって教わったよ」
アルベルトまでそう言うということは、実際に東方世界に行けばレギーナやミカエラたちも実感できるレベルで違いを感じられるということだろう。
いやまあ、もう東方に入っているわけだが。
0
お気に入りに追加
171
あなたにおすすめの小説
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
父が再婚してから酷い目に遭いましたが、最終的に皆罪人にして差し上げました
四季
恋愛
母親が亡くなり、父親に新しい妻が来てからというもの、私はいじめられ続けた。
だが、ただいじめられただけで終わる私ではない……!
「お姉様の赤ちゃん、私にちょうだい?」
サイコちゃん
恋愛
実家に妊娠を知らせた途端、妹からお腹の子をくれと言われた。姉であるイヴェットは自分の持ち物や恋人をいつも妹に奪われてきた。しかし赤ん坊をくれというのはあまりに酷過ぎる。そのことを夫に相談すると、彼は「良かったね! 家族ぐるみで育ててもらえるんだね!」と言い放った。妹と両親が異常であることを伝えても、夫は理解を示してくれない。やがて夫婦は離婚してイヴェットはひとり苦境へ立ち向かうことになったが、“医術と魔術の天才”である治療人アランが彼女に味方して――
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる