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間章2【マリア様は今日も呑気】
【幕裏2】02.巫女の婚姻は可能なのか
しおりを挟む「お帰りなさいませ、巫女さま」
「ただいま~。はいこれ、アグネスにお土産」
「まあ。いつもありがとうございます」
街ブラから戻ってきたマリアを、唯一の付き人であるアグネスが出迎える。そんなアグネスにマリアは街で買ってきた串焼きや飴菓子を気安く手渡してゆく。
「でも、あの……巫女さま?」
「うん、なに?」
「今からこんなに食べたら、わたしお昼が入らなくなっちゃいます……」
というかお土産に食べ物を持ってくるのは本当に勘弁して欲しい。ただでさえ少食なのにと歎息するアグネスである。しかもマリアが買ってくる食べ物はどれも巫女神殿では絶対に食べられないものばかりで、こんなものを手に入れて食べているなどと知られれば、どう考えてもまずいことになるのは分かり切っている。だからといって形に残る物を買ってこられても、それはそれで隠蔽が難しい。
だから毎回「お土産は要らない」と言っているのに、それでもマリアは買ってくる。
「えーでもアグネスだって食べたいでしょ?」
「食べたくないかと言われれば、それは食べたいですけど……」
「でしょ?朝鳴鳥の照り焼き、貴女の好物だもんね!」
まあ確かに神殿に上がる前まではよく食べていたし好きだった。でも神殿に迎えられる際に、使者の人からは禁欲を言い渡されているのだけれど。
「あっ、私はもう食べてきたから。だからアグネスが全部食べていいからね~」
でも一番禁欲せねばならないはずのマリア自身がこの調子である。
「……はあ。では、頂きます」
「うん、召し上がれ!」
神に愛されたとまで謳われる美貌のマリアに、満面の笑みで頷かれて断ることなどできようか。いや無理だ。だから渋々とアグネスは串焼きを頬張った。
うん、やっぱり美味しい。冷めても美味しいなんて本当に反則だと思う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昼のお勤めを終えてマリアが戻ってきた。
巫女は1日に2回、朝の間と昼の間に必ず神への祈りを捧げ、神託を受け取ることになっている。神託は必ず下されるものではなく、神託がない時は決められた祝詞だけを捧げて、巫女は“巫女の間”を退出しなければならないと決められている。
「今日も長かったですけれど、何か神託でも下ったのですか?」
「ううん、世間話してただけ~」
巫女の間で、神々を相手に世間話とは。
一体何を話しているのか気になって仕方ないアグネスである。だがさすがに会話の内容までは教えてもらえないし、「アグネスも巫女になれば分かるわよ」などと言われてしまってはそれ以上聞けるはずもない。
だけど何だか、あんまり知りたくない気がするのは気のせいだろうか。
というか、巫女と神々がこんなに気安い関係だなんて、きっと世間では思いもよらないことだろう。世間ではというか、教団の上層部でさえおそらく知らないはずだ。教団は巫女のイメージを神秘的に祀り上げるのに必死だから。
「それにしても、世間話って。いいんですか神様をそんなことに付き合わせて」
「だって向こうが話しかけてくるんだもん。私悪くないよ?」
まさかの神々からだった。
一体どれだけ暇なのか神々って。
「巫女様」
その時、回廊の向こうから声がかかった。しかつめらしい、よく言えば威厳たっぷりの、老齢の男性の声だ。
「…………うげ、ジェルマン侍祭」
マリアに声をかけてきたのは侍祭司徒のジェルマンだ。普段は巫女マリアの世話役……という名の監視役を務めている。
巫女神殿には基本的に、許可されたエリア以外に男性の教徒⸺神徒⸺は入れないことになっている。例外は男性機能を喪失した者、例えば去勢手術を施した宦官や、このジェルマンのような老齢の人物だけである。
「本日のお勤めは特に長かったご様子ですな。何か神託でもございましたか?」
「………………何にもありませんよ?」
マリアはこのジェルマンが苦手だ。彼のマリアを見る目が、女を見る目つきだと常々感じている。
そしてアグネスもこの男が苦手だった。目つきも嫌らしいし、男性機能を喪失済みだというのは実は嘘ではないのかと疑っている。だって彼女は、男性が性機能を喪失する時期には個人差があると、身をもって知っているから。
だが証拠もなく疑いをかけることはできない。特にジェルマンは侍祭司徒という、教団でも高位の地位にあり、全体で50名いる侍祭司徒の中でも上から数えた方が早い実力者なのだ。
「何もなかったのならば、巫女は速やかに巫女の間を退出せねばならぬはずですな?」
ジェルマンの目が細まる。本当は神託があったのに、それを隠されているのではないかと疑っているのだ。
「わたくしの元へは、人々からの神々へのお伺いも日々寄せられています。ゆえに神託がないからといって、祝詞だけ捧げて退出するというわけには参らぬのです。以前にもそう説明申し上げたはずですわね?」
マリアは完璧に鍛え上げられた淑女の微笑でジェルマンの疑問を否定する。実際に彼女の元には市井の人々、あるいは王侯貴族などから神々へ問うてほしいと、多くの質問状が寄せられているのだから嘘は言っていない。
だから世間話のついでに、これは聞いておくべきだとマリアが判断したものは神々へ問うている。
まあ、そうした質問状の大半は運命の愛の相手だとか効率の良い金儲けの方法だとか、何かチートなスキルが欲しいとか、そういった私欲に塗れたものなので問答無用で却下しているが。
ちなみにそういった質問状は、マリアの元へ選別せずに全て届けるよう彼女自身が強く命じている。そうでなければマリアの元へ届く前に教団幹部たちが恣意的に選別してしまうので、本当に聞かねばならない案件が握りつぶされる恐れがあるからだ。特にこのジェルマンはかつて、届いた質問状を全て握り潰した挙げ句に何食わぬ顔で自分の質問状だけをマリアに差し出した前科がある。
そういう意味でも、マリアは彼に信頼を置いていなかった。
「それでしたら、私めの問いも神々へ届けては下さらんかのう巫女様」
「あなたが神々へ問うべき質問を持ってくれば、それは届けますわ」
だが妻にしたい女性の一覧を添付した挙げ句に誰を選ぶべきか、などと問われても却下に決まっている。
だが、それを聞いてニヤリと嗤ったジェルマンの顔を見て、マリアの脳裏に嫌な予感が走る。言わされた、と思った時にはもう後の祭りだ。
「でしたら、『巫女の婚姻は可能なのか』を問うては下さらんかのう」
そして案の定、私欲たっぷりで下衆の極みな質問を、ジェルマンは口にしたのだった。
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