【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

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間章2【マリア様は今日も呑気】

【幕裏2】01.マリア様は今日も呑気

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 エトルリア連邦王国の総代表都市、フローレンティアは今日も平和で活況だ。道行く人は誰もが笑顔で、子供たちは広場を駆け回り、その母親たちはカフェでお茶など楽しんでいる。
 商会の脚竜車や辻馬車などが通りを忙しなく行き交い、市場へ荷を卸した帰りだろうか、郊外の農夫と思しき平民が空荷の象馬ぞううま車をのんびり歩かせている。

「うーん、今日も平和だなあ」

 マリアはひとり呟く。
 若い女性が独り歩きしていても、絡んでくるチンピラもいなければ路地裏に連れ込まれる事もない。
 まあ、若いと言ってもそれは見かけだけで、実はもう30歳を越えているのだが。だが黙ってればバレないし、わざわざ本人もそんな事は口にはしない。

「あっ小父おじさん、串焼きひとつちょうだい!」
「あいよ!マリアちゃん今日も可愛いから大きめサイズにしといてやるよ!」
「ありがとう、小父おじさん太っ腹!」
「なあに、美人にゃあサービスしたくなるってもんよ!」

 広場の屋台の匂いに釣られて、一本買って受け取る。歩きながら頬張ると、よく焼けたタレ付きの朝鳴鳥の胸肉がプリップリでジューシーだ。

「ん~!美味しい!」

『朝っぱらからよく食べるよねマリアは。さっきも朝食食べたばっかりじゃないか』

 幸せそうに頬張るマリアのすぐ横から声が聞こえてきた。見るといつの間にか、小柄で活発そうな男の子が隣を歩いている。藍色の半ズボンに白いシャツ、ズボンはサスペンダーで留めていて、首元にはラメの入った藍色の蝶ネクタイ。そして短く切り揃えたそら色の鮮やかな髪が風に揺れている。
 一方のマリアは、飾り気のない真っ白なワンピースに白い外衣ローブ、白い靴。その出で立ちのなか、長い黒髪を後頭部でシニヨンにまとめたその頭部だけが際立っている。カラフルな街並みの中ではかえって目立つが、彼女はいつもこの恰好なので特に誰も気にはしない。

「おやつは別腹だもん!」
『……太っても知らないよ?』
「太らないようにじゃない。それに、ちゃんとから大丈夫よ!」

 お祈りする先は健康を司る黒加護の神だ。だがそんな些細なことで祈らないで欲しい。

『…………今度会ったらチクっとこうかな』
「あっひどい!ジズの意地悪!」

 呆れたように呟くジズと呼ばれた少年の仕草に、マリアが頬を膨らませて抗議の意を示す。ジズは肩をすくめてその抗議を黙殺した。

『それで?今日はなんの用なの?』

 代わりにジズはマリアへ質問を投げかける。

「ん?いや特に何も?」

 あっけらかんとマリアは答えた。

「強いて言えば、今日も街が平和か見てみようと思ってて。で、じゃない?」
『………………そんな事で宙竜ボクを呼び出さないで欲しいんだけどなあ』
「でも呼んだら来てくれるじゃない」
『まあそれはそうだけどさ』
「だったらいいじゃん!付き合ってよ!」

『…………はあ。まあ仕方ない』

 宙竜ジズは天を仰いで嘆息する。
 この子はいつもそうだ。生まれた時からずっと変わらない。
 まあ、生まれつきだからのだけど。

『ところでさ、いつもながら抜け出してきて大丈夫なの?』
「大丈夫よ、アグネスが誤魔化してくれるもの」
『いつもいつも留守番させて、可哀想に。酷い巫女様だなあ』
「うん。だからね、次は一緒に行こうって約束してるのよ」

 いやいや待って欲しい。ただでさえ巫女が神殿を勝手に抜け出して街ブラしているだけでも問題なのに、次は次期巫女候補ともども脱走してくるとか気軽に言うことじゃない。

 そういう非難を視線に込めつつ見つめてくるジズに、マリアはあっけらかんと言い放ったのだ。

「大丈夫よ~!だってし!」


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 マリアはイェルゲイル神教における唯一の“巫女”である。巫女は同時代に唯ひとりしか生まれないとされ、生まれれば神託によって知らされる。そしてその子が10歳になればフローレンティア近郊にある中央大神殿の教団本部に連れてこられ、修行を経たのち前任者の死去をもって巫女の座を引き継ぐ。
 神教教団の公式見解として、巫女は生まれや出身地を問わず、世にひとりしか存在しない。そしてイェルゲイルの神々と交信して“神託”を得ることができるのは巫女だけだ。その巫女を囲いこむことで教団は神々との交信を独占し、神教をこの西方世界で最大の宗教にまで押し上げたのだ。

 ゆえに巫女の地位は神教教団の中でも特別なものになる。具体的には教団トップである主祭司徒に次ぐ、事実上のNo.2と言っても過言ではない。なにしろ神々からの神託を得られるのは巫女だけで、神教はその神託を元に信者を増やしてきたのだから。

 巫女が神々から得る神託は多岐にわたる。災害や飢饉、豊作などの天候情報から、戦乱や魔物氾濫スタンピード、魔王の誕生などの災厄はもちろん、神の怒りに触れる物事の情報や神が褒め称える人物の情報などももたらされる。
 その他にも暦の変更やを伝えてくれるし、巫女候補が生まれればそれもきちんと教えてくれるし、こちらからの疑問にもある程度答えてくれるというのだから、神様って実はマメで親切だ。

 巫女が神託と称してデタラメを吹聴しているわけではないのは一目瞭然だ。だって、巫女が神託を得たとして語ったことは全て実現しているのだから。
 それでも、神教の長い歴史の中では巫女の力を疑われることも幾度もあった。だがそのたびに、が実体を持ってあらわれ、疑った者たちを断罪した記録がいくつも残っており、だから疑う者ももはや無い。

 神はこの世に確かに実在し、巫女はその神の声を聞いているのだ。



 イェルゲイルの神々がなぜ直接この世に姿を現して、言葉を人々に届けないのか。その疑問にも、神託は応えた。
 神々は、現世への過度な干渉ができないのだという。できることは巫女を通したと、現世へのアクセス手段である巫女を直接守ること。その程度らしい。そのほか、法術の[請願せいがん]や[招願しょうがん]によって現世に顕現した際には、限定的ながらも権能がふるえるようになるという。
 神々がなぜ現世へのアクセスを禁じられているのかは、明確な回答をもらえた試しがないという。だから誰にも分からない。


 そんなわけでマリアは当代唯一の巫女として、普段は神教の中央大神殿に隣接した巫女神殿に篭り、日々祈りと神託を乞う生活をしていなくてはならない。今日みたいに勝手に抜け出して、街で買い食いとかしていて良いわけがないのだ。

「えっ、いやよ。なんでそんな引きこもりヒキニート生活しなきゃなんないのよ」

 冗談じゃないわ、と引き気味でマリアは言う。

「これでも私、前世はワーカホリックで有名だったのよ?なのにそんな食っちゃ寝のぐうたら生活送れだなんて、それ死刑宣告されてんのと一緒なんだけど?」
『いや働かなくても食べていけるって最高の贅沢だと思うよ?』
「最高の贅沢ってのはね!思うままに好きなだけ存分に、やりたい事をやるのがそうなの!やりたくもない事を延々やらされるなんて拷問でしかないじゃない!」

 ぐうの音も出ないほど正論である。

「だから私は働くのよ!世界のために、人々のために、馬車馬のようにいつまでも!」

 でもその熱い決意だけは間違っていると、声を大にして言いたいジズである。




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