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第四章【騒乱のアナトリア】
4-70.暗殺未遂の顛末
しおりを挟む「…………で?」
呆れ顔を隠そうともしないでレギーナがため息をつく。
「どうするの、虎人族」
蒼薔薇騎士団の専用居室の、そのリビングで。
レギーナの前にいるのはミカエラたち蒼薔薇騎士団とアルベルト、そして閃月と名乗った虎人族の少女。
「反則なんは分かっとうとよ、姫ちゃん」
「解ってて、どうしてそういうことするわけ?」
「首謀者に逃げられる前に片付けるには、こげんするしかなかったとって」
「別に逃げられたって構いやしないのに」
「つまらんて」
「被害者がいいって言ってるの」
「勇者が舐められたままで良かやら言うたら、今度こそアナトリア滅ぶばい?」
ミカエラのその主張に、さすがにレギーナも言葉に詰まる。
確かにそれはそうなのだ。勇者が暗殺未遂に遭ったというだけでも破滅級の醜聞なのに、現場となったのは首都の皇城、その上首謀者を取り逃がしたとあってはアナトリアの存続など許されるはずもない。
レギーナ自身は危害を加えられたこと自体に恨みを抱くような人柄ではないし、罪を犯した者への相応の処罰は必要だとしても、躍起になって自ら執念深く追い回すほど怒っているわけでもなかった。むしろ彼女は違法奴隷を所有することを、ミカエラたちの行為がそれを容認したことで法に触れかねないことを問題視したわけだが、問題はもっと根深く複雑なのだ。
アナトリアでも奴隷の売買や所有は当然違法である。そのアナトリアで発覚した、東方世界から西方世界にまで跨る広域かつ大規模な違法奴隷売買という犯罪の動かぬ証拠を押さえたという意味では、ミカエラの判断は決して間違いとは言えなかった。
だからレギーナも、それ以上は反論しなかった。代わりに事件の進展について聞き出すことにした。
「……で?話は聞き出せたわけ?」
「そらもうバッチリばい」
閃月は前の主人の名を聞かされてはいなかった。だが容姿を憶えていて、それを詳細に語った。曰く「髭を細くぴっちり整えた、勲章を山ほど着けた礼服姿の貧相な、やたらと声の甲高い男」だと。さらに共犯者として、「猫目でずんぐり体型の女癖の悪そうな男」も一緒だったと語った。
直ちに第一騎士団が容疑者の邸に突入し、奴隷の支配権を奪われたことで露見したと察知し逃亡を図ろうとしていたブニャミン・カラスとジェム・タライは拘束された。そうして拷問を含む厳しい取り調べの結果、身勝手で邪な企みを洗いざらい白状したのだ。
両名ともコンスタンティノスの街中でレギーナに何度も恥をかかされたことを逆恨みし、女の分際で男を愚弄した罰を与えるために、違法に購入して密かに監禁していた虎人族の奴隷に命じてレギーナを襲わせたのだ。しかもそれだけでなく、首尾よく殺せればよし、殺せずとも瀕死になれば止めを刺すついでにその身を陵辱しようと企んでいたというのだ。
さらに尋問した当初、彼らは皇太子に命じられたとして言い逃れようとした。両名とも皇太子派に属しており、皇太子がレギーナとの婚約を発表してすぐさま破棄に追い込まれたあの夜会の会場にもいたのだ。だから恥をかかされたまま行方不明になった親玉に、自分たちの罪をなすりつけようとしたのである。
皇太子が密かにダンジョンに降りていてしかも血鬼に殺されていた、などという情報はまだ公になっていなかったから、彼らはその事実を知らなかった。だからこそその言は虚偽であると一目瞭然だった。
カラスは奴隷の入手先として、東方から来た素性の知れない奴隷商人から買ったと証言した。だが取り引きしたのはその一度きりで、連絡先も分からないという。カラスが取り引きしたという邸に踏み込んでみたものの、商人はとっくに姿を消しており無人だったという。
そのため違法奴隷を巡る犯罪捜査は長期戦を呈する様相である。だが少なくともカラスとタライを捕縛したことで、勇者暗殺未遂だけは解決に向かいそうだ。
「あのヒゲと猫目かぁ……」
話を聞かされてもなおレギーナは釈然としない。彼女としては、彼らを街中で叱責したことは勇者がなすべき正義を当たり前に遂行したに過ぎず、コンスタンティノス港を出たところで出迎えを断ったのは勇者の治外法権を行使したに過ぎない。どちらも逆恨みされる要素など一切思い当たらなかった。
というかいくらアナトリアが男尊女卑のキツい国だったとしても、その程度で命を狙われるまで逆恨みされるなどちょっと異常ではないのか。
「まあそれに関しちゃあ、あのふたりが異常ってことで片付けるしかなかろうね」
「やっぱりそうよね……」
両名の暴走については皇帝自らが深く遺憾の意を表明し、わざわざ専用居室まで出向いて平身低頭詫びたいと言っているという。犯人たちどころか三族皆殺しにすると息巻いているらしく、無関係な親族まで連座させるなと言い聞かせなければ大変なことになりそうだ。
「その件については、吾も勇者どのに詫びねばならん」
閃月がそう発言し、ソファに身を沈めるレギーナの前に跪いた。
「そもそも吾が奴隷に落ちてなどいなければ、このような仕儀にはならなかった。吾の落ち度だ。誠に申し開きもない」
そう言って深く頭を下げる虎人族の少女をレギーナは見下ろした。実際に相対したからこそ分かる。この娘は勇者級の実力の持ち主だ。
万全であればさすがに容易く遅れを取ることはないが、ダンジョンから戻った直後の疲労困憊した状態でのあの結果は自分でも充分納得できるものだった。もしもあの時、半分抜いたドゥリンダナの剣身で爪撃を逸らせていなければ、おそらくあの場で胸を貫かれて即死していたことだろう。
それでも、防御魔術三種を解除してさえいなければもう少し勝負になったはずだった。閃月が爪に塗っていた毒薬にも多少は抵抗できたはずなのに。
「まあ私の方もちょっと油断しすぎたわ。あれは無防備になり過ぎた私のミスだから」
「毒の使用に関してもお詫びを申し上げる。どんな手を使ってでも仕留めろとの命だったものでな、吾の意思とは無関係に持ちうる手段を全て講じてしまったのだ」
「あの毒に関しては、残りは全部供出してもらうけんね。こっちで[解析]して解毒薬ば作らせてもらうけん」
「無論だ。そもそもあの毒は我ら虎人族でも今やほとんど使われなくなったもの。劇毒故に手元に置いて管理することで安全を確保していたが、今回それが仇になった」
閃月は唯々諾々として従う姿勢を見せている。そのためミカエラも理性的に対応できているようだ。
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