216 / 326
第四章【騒乱のアナトリア】
4-64.あなたのおかげ
しおりを挟む「ああああーーーー!終わったーーー!勝ったあああーーー!」
油断なく構えたまましばし待って、血鬼の復活がないことを確認してから、レギーナが大声で叫んで仰向けに倒れ込んだ。
王女としては決してやってはならない、はしたない仕草だが、勇者として初めて強敵と対峙して戦い抜き、苦戦しながらもどうにか勝利をもぎ取ったのだ。だからそんな彼女を責める者はこの場にはいない。
「お疲れさま、レギーナさん」
「本当疲れたわ。もうこのまま寝たいくらい」
そんな彼女にアルベルトが歩み寄り、ねぎらいの声をかけた。本当に寝入ってしまいそうな彼女に、相変わらずの穏やかな苦笑を向ける。
「⸺ありがとう。あなたが一緒に来てくれてなかったら、きっと勝ててなかったわ」
仰向けのままのレギーナがアルベルトの顔を見上げて、神妙なことを言い出した。
「いやいや、俺ほとんど役に立ってないからね?」
「そんなことないわ。ポーションくれたし、吸血魔との戦い方も教えてくれたし。⸺それに、あの挟み撃ちから守ってくれたわ」
そう言って微笑む自分の顔が、今まで彼に見せたことなどないほど穏やかな敬愛の眼差しを向けていると、彼女は果たして気付いていただろうか。
レギーナたち蒼薔薇騎士団は、血鬼以上の高位の吸血魔と対峙した経験がなかった。ゆえにその戦い方も、奴らの悪辣さも解っていなかった。この場にいた5人のうち、その経験があったのはアルベルトただひとりであった。
この最下層の戦いでもしもアルベルトが欠けていたら、彼女たちは血鬼の眷属たちに翻弄され、あの挟み撃ちでレギーナが大ダメージを負って一気に戦線が崩壊していた恐れもあった。
それだけならまだいいが、無残にも敗北したあと揃って血鬼の眷属に堕とされていたかも知れなかったのだ。
そもそもレギーナは、当初は彼をアルタンたち第七騎士団とともにダンジョン入口の防衛要員として置いてくるつもりだったのだ。それが一緒に醜人を蹴散らし、意外と戦えそうだと分かったことで何となく帯同させてしまっただけなのだ。
クレアやヴィオレの護衛役、もしくは敵の攻撃の標的役程度ならと思っていたのに、戦力としてもある程度役立ったばかりか最終戦では指揮まで取ってくれたのだ。それほどの功労者を役立たず呼ばわりするほどレギーナは恩知らずではなかった。
まあその割に彼女は疲れ切って寝転んだままなので、結局無礼なのには違いないのだが。
「それだけやないばい」
レギーナたちの元に戻ってきたミカエラが、アルベルトに顔を向けた。
「血鬼が霊核ば切り離しとるかも知らんって教えてくれたともおいちゃんやけんね」
アルベルトはミカエラたちにポーションを渡した際、血鬼があらかじめ霊核を体外に隠している可能性を示唆していたのだ。それはかつてユーリがマスタングと討伐した血祖が実際に用いた戦法であり、実体化も霊体化も自由自在の吸血魔ならではの手段だった。
「そうなんだ?私はミカエラたちなら何とかしてアイツの霊核の位置を探ってくれるだろう、って思ってただけだけど」
「おとうさんにそう聞いたから、空間全体を浄化してあいつの霊核を探す気になったんだよ…」
「あれば聞いとらんやったら、倒しもされん血鬼と延々戦い続けて、消耗して全滅しとったかも分からん。ほんと、おいちゃんのおかげで倒せたようなもんばい」
「いやあ、そこまで褒められると気恥ずかしいな……」
「あら、賞賛は素直に受け取るべきよ。貴方にはその資格があるのだから」
「うん。おとうさんのおかげだよ…」
ヴィオレとクレアにまで言われて、照れくさいやら恥ずかしいやら。たけど役に立てたのなら良かったと目尻を下げるアルベルトである。
「しっかしまあ、血鬼ちゅうのはほんなこつ胸糞悪い奴やったばい」
ここで一転して、ミカエラが顔をしかめて言い出した。
「アイツくさ、自分の霊核ばどこさい隠しとったと思う?⸺皇太子の抜け殻の中ばい」
「……え、なにそれ」
「多分やけど、万が一劣勢になったら倒されたフリしといて、ウチらが居らんくなったあとに何食わぬ顔して皇太子の身体で復活するつもりやったっちゃないかな」
血鬼が自らの霊核を隠していたのは皇太子の屍体だった。ともに切り離した自らの霊体の一部で霊核を包むようにして、それを肉体のみ残しておいた皇太子の体内に埋め込んでいたのだ。
なおその皇太子の身体は、隅の方の岩陰に見つからないよう横たえてあったという。自然の洞窟に等しいこの最下層は、壁際にいくつもそうした岩が転がっていて、空間全体を浄化していなければおそらく探し出すだけでも手間取ったはずだとミカエラは語った。
彼女は見つけた皇太子の身体の中に血鬼の霊核の反応があることを確認した上で、[氷槍]を突き立てて霊核を破壊したのだという。切り離された霊核は最低限の防護しか施されておらず、そのためにたやすく破壊することができたのだった。
「もう死んどるとはいえ、傷付けるとはちぃとキツかったばい……」
あんな奴でも元は人間である。たとえ第九層で変わり果てた姿を目にした後であっても、人の姿のままの肉体を毀損するのは、法術師であるミカエラには辛い決断だったことだろう。
だが背に腹は替えられなかった。壊さなければ血鬼を倒せないし、かと言って傷つけずに体内から霊核だけを取り出すことも実体ある身の彼女には難しかったのだ。
「……そうね。今回の戦いは、色々と精神的なダメージが大きかったわ……」
「あーもう、胸糞悪かばってん、忘れるしかなかっちゃろうね」
仰向けに倒れたままのレギーナと、どっかりと尻をつけて座り込んでしまったミカエラ。いやミカエラさん?法衣で見えないからって脚広げるのは止めましょうね?
『終わったんすよね?』
レギーナの腰ベルトに下がった道具袋の中から声がして、レギーナが“通信鏡”を取り出した。繋げたままにしていて、戦闘中はずっと黙って経過を見守っていたマリーである。
『とりあえず、血鬼討伐お疲れさまっした!』
「ホントこれ、報酬弾んでもらうわよマリー」
『もちろんっす!勇者選定会議もまさか血鬼案件だとか思わなかったんで、規定の報酬のほかダンジョン制圧ボーナス、血鬼討伐ボーナス、あとこれ勇者成績に加算するっすね!』
「そんなの当たり前でしょ。それ以上なんかないわけ?」
『うーん、それ以上は受付嬢権限では確約できかねるっすね。明日の中央本会議に稟議提出はするっすけど』
「報酬少なかったら抗議するからね!」
『分かったっす。善処するっす』
「そこは『かしこまりー!』って言いなさいよいつもみたいに!」
『できない約束は安易にしない主義っすから!』
なにも考えていないようでいて、意外としっかりしているマリーであった。
『さて、じゃあそろそろ通信を途絶するっすね』
「そうね。⸺遅くまで付き合わせて悪かったわね」
『いえいえこれも職務っすから。ちゃんと残業代も出るっすから、気にしないでいいっすよ』
「あっそ。じゃあ、またねマリー」
『かしこまりー!今後ともご健勝とご武運を勇者候補レギーナ氏!』
それを最後に通信は途切れ、明滅していた通信鏡の接続ボタンの光が消えた。
「とりあえず、一度ここでキャンプ張りましょうか」
「そうしたいけど……いいわ。早く上に戻って、ちゃんと柔らかなベッドで寝たいわ。湯浴みもしたいしね」
ヴィオレの提案に、渋々といった感じでレギーナは身を起こした。その決断をすぐに後悔することになると、この時彼女はまだ知る由もない。
0
お気に入りに追加
172
あなたにおすすめの小説
最弱職テイマーに転生したけど、規格外なのはお約束だよね?
ノデミチ
ファンタジー
ゲームをしていたと思われる者達が数十名変死を遂げ、そのゲームは運営諸共消滅する。
彼等は、そのゲーム世界に召喚或いは転生していた。
ゲームの中でもトップ級の実力を持つ騎団『地上の星』。
勇者マーズ。
盾騎士プルート。
魔法戦士ジュピター。
義賊マーキュリー。
大賢者サターン。
精霊使いガイア。
聖女ビーナス。
何者かに勇者召喚の形で、パーティ毎ベルン王国に転送される筈だった。
だが、何か違和感を感じたジュピターは召喚を拒み転生を選択する。
ゲーム内で最弱となっていたテイマー。
魔物が戦う事もあって自身のステータスは転職後軒並みダウンする不遇の存在。
ジュピターはロディと名乗り敢えてテイマーに転職して転生する。最弱職となったロディが連れていたのは、愛玩用と言っても良い魔物=ピクシー。
冒険者ギルドでも嘲笑され、パーティも組めないロディ。その彼がクエストをこなしていく事をギルドは訝しむ。
ロディには秘密がある。
転生者というだけでは無く…。
テイマー物第2弾。
ファンタジーカップ参加の為の新作。
応募に間に合いませんでしたが…。
今迄の作品と似た様な名前や同じ名前がありますが、根本的に違う世界の物語です。
カクヨムでも公開しました。
勇者パーティーを追放された俺は辺境の地で魔王に拾われて後継者として育てられる~魔王から教わった美学でメロメロにしてスローライフを満喫する~
一ノ瀬 彩音
ファンタジー
主人公は、勇者パーティーを追放されて辺境の地へと追放される。
そこで出会った魔族の少女と仲良くなり、彼女と共にスローライフを送ることになる。
しかし、ある日突然現れた魔王によって、俺は後継者として育てられることになる。
そして、俺の元には次々と美少女達が集まってくるのだった……。
なんで誰も使わないの!? 史上最強のアイテム『神の結石』を使って落ちこぼれ冒険者から脱却します!!
るっち
ファンタジー
土砂降りの雨のなか、万年Fランクの落ちこぼれ冒険者である俺は、冒険者達にコキ使われた挙句、魔物への囮にされて危うく死に掛けた……しかも、そのことを冒険者ギルドの職員に報告しても鼻で笑われただけだった。終いには恋人であるはずの幼馴染にまで捨てられる始末……悔しくて、悔しくて、悲しくて……そんな時、空から宝石のような何かが脳天を直撃! なんの石かは分からないけど綺麗だから御守りに。そしたら何故かなんでもできる気がしてきた! あとはその石のチカラを使い、今まで俺を見下し蔑んできた奴らをギャフンッと言わせて、落ちこぼれ冒険者から脱却してみせる!!
ただひたすら剣を振る、そして俺は剣聖を継ぐ
ゲンシチ
ファンタジー
剣の魅力に取り憑かれたギルバート・アーサーは、物心ついた時から剣の素振りを始めた。
雨の日も風の日も、幼馴染――『ケイ・ファウストゥス』からの遊びの誘いも断って、剣を振り続けた。
そして十五歳になった頃には、魔力付与なしで大岩を斬れるようになっていた。
翌年、特待生として王立ルヴリーゼ騎士学院に入学したギルバートだったが、試験の結果を受けて《Eクラス》に振り分けられた。成績的には一番下のクラスである。
剣の実力は申し分なかったが、魔法の才能と学力が平均を大きく下回っていたからだ。
しかし、ギルバートの受難はそれだけではなかった。
入学早々、剣の名門ローズブラッド家の天才剣士にして学年首席の金髪縦ロール――『リリアン・ローズブラッド』に決闘を申し込まれたり。
生徒会長にして三大貴族筆頭シルバーゴート家ご令嬢の銀髪ショートボブ――『リディエ・シルバーゴート』にストーキングされたり。
帝国の魔剣士学園から留学生としてやってきた炎髪ポニーテール――『フレア・イグニスハート』に因縁をつけられたり。
三年間の目まぐるしい学院生活で、数え切れぬほどの面倒ごとに見舞われることになる。
だが、それでもギルバートは剣を振り続け、学院を卒業すると同時に剣の師匠ハウゼンから【剣聖】の名を継いだ――
※カクヨム様でも連載してます。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~
於田縫紀
ファンタジー
図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。
その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる