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第四章【騒乱のアナトリア】

4-64.あなたのおかげ

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「ああああーーーー!終わったーーー!勝ったあああーーー!」

 油断なく構えたまましばし待って、血鬼の復活がないことを確認してから、レギーナが大声で叫んで仰向けに倒れ込んだ。
 王女としては決してやってはならない、はしたない仕草だが、勇者として初めて強敵と対峙して戦い抜き、苦戦しながらもどうにか勝利をもぎ取ったのだ。だからそんな彼女を責める者はこの場にはいない。

「お疲れさま、レギーナさん」
「本当疲れたわ。もうこのまま寝たいくらい」

 そんな彼女にアルベルトが歩み寄り、ねぎらいの声をかけた。本当に寝入ってしまいそうな彼女に、相変わらずの穏やかな苦笑を向ける。

「⸺ありがとう。あなたが一緒に来てくれてなかったら、きっと勝ててなかったわ」

 仰向けのままのレギーナがアルベルトの顔を見上げて、神妙なことを言い出した。

「いやいや、俺ほとんど役に立ってないからね?」
「そんなことないわ。ポーションくれたし、吸血魔との戦い方も教えてくれたし。⸺それに、あの挟み撃ちから守ってくれたわ」

 そう言って微笑む自分の顔が、今まで彼に見せたことなどないほど穏やかな敬愛の眼差しを向けていると、彼女は果たして気付いていただろうか。


 レギーナたち蒼薔薇騎士団は、血鬼以上の高位の吸血魔と対峙した経験がなかった。ゆえにその戦い方も、奴らの悪辣さも解っていなかった。この場にいた5人のうち、その経験があったのはアルベルトただひとりであった。
 この最下層の戦いでもしもアルベルトが欠けていたら、彼女たちは血鬼の眷属たちに翻弄され、あの挟み撃ちでレギーナが大ダメージを負って一気に戦線が崩壊していた恐れもあった。
 それだけならまだいいが、無残にも敗北したあと揃って血鬼の眷属に堕とされていたかも知れなかったのだ。

 そもそもレギーナは、当初は彼をアルタンたち第七騎士団とともにダンジョン入口の防衛要員として置いてくるつもりだったのだ。それが一緒に醜人オークを蹴散らし、意外と戦えそうだと分かったことで何となく帯同させてしまっただけなのだ。
 クレアやヴィオレの護衛役、もしくは敵の攻撃の標的ターゲット役程度ならと思っていたのに、戦力としてもある程度役立ったばかりか最終ボス戦では指揮まで取ってくれたのだ。それほどの功労者を役立たず呼ばわりするほどレギーナは恩知らずではなかった。
 まあその割に彼女は疲れ切って寝転んだままなので、結局無礼なのには違いないのだが。

「それだけじゃないばい」

 レギーナたちの元に戻ってきたミカエラが、アルベルトに顔を向けた。

血鬼ヤツが霊核切り離しとるかも知らんしれないって教えてくれたもおいちゃんやけんね」

 アルベルトはミカエラたちにポーションを渡した際、血鬼があらかじめ霊核を体外に隠している可能性を示唆していたのだ。それはかつてユーリがマスタングと討伐した血祖が実際に用いた戦法であり、実体化も霊体化も自由自在の吸血魔ならではの手段だった。

「そうなんだ?私はミカエラたちなら何とかしてアイツの霊核の位置を探ってくれるだろう、って思ってただけだけど」
「おとうさんにそう聞いたから、空間全体を浄化してあいつの霊核を探す気になったんだよ…」
「あれば聞いとらんやったら、倒しも倒すこともされんできない血鬼と延々戦い続けて、消耗して全滅しとったかも分からん。ほんと、おいちゃんのおかげで倒せたようなもんばい」
「いやあ、そこまで褒められると気恥ずかしいな……」

「あら、賞賛は素直に受け取るべきよ。貴方にはその資格があるのだから」
「うん。おとうさんのおかげだよ…」

 ヴィオレとクレアにまで言われて、照れくさいやら恥ずかしいやら。たけど役に立てたのなら良かったと目尻を下げるアルベルトである。

「しっかしまあ、血鬼ちゅうのはほんなこつ胸糞悪い奴やったばい」

 ここで一転して、ミカエラが顔をしかめて言い出した。

「アイツくさ、自分の霊核どこさい隠しとったと思う?⸺皇太子のの中ばい」

「……え、なにそれ」
「多分やけど、万が一劣勢になったら倒されたフリしといて、ウチらがらんくなったあとに何食わぬ顔して皇太子の身体で復活するつもりやったっちゃないんじゃないかな」

 血鬼が自らの霊核を隠していたのはだった。ともに切り離した自らの霊体の一部で霊核を包むようにして、それを肉体のみ残しておいた皇太子の体内に埋め込んでいたのだ。
 なおその皇太子の身体は、隅の方の岩陰に見つからないよう横たえてあったという。自然の洞窟に等しいこの最下層は、壁際にいくつもそうした岩が転がっていて、空間全体を浄化していなければおそらく探し出すだけでも手間取ったはずだとミカエラは語った。

 彼女は見つけた皇太子の身体の中に血鬼の霊核の反応があることを確認した上で、[氷槍]を突き立てて霊核を破壊したのだという。切り離された霊核は最低限の防護しか施されておらず、そのためにたやすく破壊することができたのだった。

「もう死んどるとはいえ、とはちぃとキツかったばい……」

 あんな奴でも元は人間である。たとえ第九層で変わり果てた姿を目にした後であっても、人の姿のままの肉体を毀損するのは、法術師であるミカエラには辛い決断だったことだろう。
 だが背に腹は替えられなかった。壊さなければ血鬼を倒せないし、かと言って傷つけずに体内から霊核だけを取り出すことも実体ある身の彼女には難しかったのだ。

「……そうね。今回の戦いは、色々と精神的なダメージが大きかったわ……」
「あーもう、胸糞悪かばってん、忘れるしかなかっちゃろうね」

 仰向けに倒れたままのレギーナと、どっかりと尻をつけて座り込んでしまったミカエラ。いやミカエラさん?法衣で見えないからって脚広げるのは止めましょうね?

『終わったんすよね?』

 レギーナの腰ベルトに下がった道具袋の中から声がして、レギーナが“通信鏡”を取り出した。繋げたままにしていて、戦闘中はずっと黙って経過を見守っていたマリーである。

『とりあえず、血鬼討伐お疲れさまっした!』
「ホントこれ、報酬弾んでもらうわよマリー」
『もちろんっす!勇者選定会議こっちもまさか血鬼案件だとか思わなかったんで、規定の報酬のほかダンジョン制圧ボーナス、血鬼討伐ボーナス、あとこれ勇者成績に加算するっすね!』
「そんなの当たり前でしょ。なんかないわけ?」
『うーん、それ以上は受付嬢権限では確約できかねるっすね。明日の中央本会議に稟議提出はするっすけど』
「報酬少なかったら抗議するからね!」
『分かったっす。善処するっす』
「そこは『かしこまりー!』って言いなさいよいつもみたいに!」
『できない約束は安易にしない主義っすから!』

 なにも考えていないようでいて、意外としっかりしているマリーであった。

『さて、じゃあそろそろ通信を途絶するっすね』
「そうね。⸺遅くまで付き合わせて悪かったわね」
『いえいえこれも職務っすから。ちゃんと残業代も出るっすから、気にしないでいいっすよ』
「あっそ。じゃあ、またねマリー」
『かしこまりー!今後ともご健勝とご武運を勇者候補レギーナ氏!』

 それを最後に通信は途切れ、明滅していた通信鏡の接続ボタンの光が消えた。

「とりあえず、一度ここでキャンプ張りましょうか」
「そうしたいけど……いいわ。早く上に戻って、ちゃんと柔らかなベッドで寝たいわ。湯浴みもしたいしね」

 ヴィオレの提案に、渋々といった感じでレギーナは身を起こした。その決断をすぐに後悔することになると、この時彼女はまだ知る由もない。





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