【更新中】落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる【長編】

杜野秋人

文字の大きさ
上 下
216 / 339
第四章【騒乱のアナトリア】

4-64.あなたのおかげ

しおりを挟む


「ああああーーーー!終わったーーー!勝ったあああーーー!」

 油断なく構えたまましばし待って、血鬼の復活がないことを確認してから、レギーナが大声で叫んで仰向けに倒れ込んだ。
 王女としては決してやってはならない、はしたない仕草だが、勇者として初めて強敵と対峙して戦い抜き、苦戦しながらもどうにか勝利をもぎ取ったのだ。だからそんな彼女を責める者はこの場にはいない。

「お疲れさま、レギーナさん」
「本当疲れたわ。もうこのまま寝たいくらい」

 そんな彼女にアルベルトが歩み寄り、ねぎらいの声をかけた。本当に寝入ってしまいそうな彼女に、相変わらずの穏やかな苦笑を向ける。

「⸺ありがとう。あなたが一緒に来てくれてなかったら、きっと勝ててなかったわ」

 仰向けのままのレギーナがアルベルトの顔を見上げて、神妙なことを言い出した。

「いやいや、俺ほとんど役に立ってないからね?」
「そんなことないわ。ポーションくれたし、吸血魔との戦い方も教えてくれたし。⸺それに、あの挟み撃ちから守ってくれたわ」

 そう言って微笑む自分の顔が、今まで彼に見せたことなどないほど穏やかな敬愛の眼差しを向けていると、彼女は果たして気付いていただろうか。


 レギーナたち蒼薔薇騎士団は、血鬼以上の高位の吸血魔と対峙した経験がなかった。ゆえにその戦い方も、奴らの悪辣さも解っていなかった。この場にいた5人のうち、その経験があったのはアルベルトただひとりであった。
 この最下層の戦いでもしもアルベルトが欠けていたら、彼女たちは血鬼の眷属たちに翻弄され、あの挟み撃ちでレギーナが大ダメージを負って一気に戦線が崩壊していた恐れもあった。
 それだけならまだいいが、無残にも敗北したあと揃って血鬼の眷属に堕とされていたかも知れなかったのだ。

 そもそもレギーナは、当初は彼をアルタンたち第七騎士団とともにダンジョン入口の防衛要員として置いてくるつもりだったのだ。それが一緒に醜人オークを蹴散らし、意外と戦えそうだと分かったことで何となく帯同させてしまっただけなのだ。
 クレアやヴィオレの護衛役、もしくは敵の攻撃の標的ターゲット役程度ならと思っていたのに、戦力としてもある程度役立ったばかりか最終ボス戦では指揮まで取ってくれたのだ。それほどの功労者を役立たず呼ばわりするほどレギーナは恩知らずではなかった。
 まあその割に彼女は疲れ切って寝転んだままなので、結局無礼なのには違いないのだが。

「それだけじゃないばい」

 レギーナたちの元に戻ってきたミカエラが、アルベルトに顔を向けた。

血鬼ヤツが霊核切り離しとるかも知らんしれないって教えてくれたもおいちゃんやけんね」

 アルベルトはミカエラたちにポーションを渡した際、血鬼があらかじめ霊核を体外に隠している可能性を示唆していたのだ。それはかつてユーリがマスタングと討伐した血祖が実際に用いた戦法であり、実体化も霊体化も自由自在の吸血魔ならではの手段だった。

「そうなんだ?私はミカエラたちなら何とかしてアイツの霊核の位置を探ってくれるだろう、って思ってただけだけど」
「おとうさんにそう聞いたから、空間全体を浄化してあいつの霊核を探す気になったんだよ…」
「あれば聞いとらんやったら、倒しも倒すこともされんできない血鬼と延々戦い続けて、消耗して全滅しとったかも分からん。ほんと、おいちゃんのおかげで倒せたようなもんばい」
「いやあ、そこまで褒められると気恥ずかしいな……」

「あら、賞賛は素直に受け取るべきよ。貴方にはその資格があるのだから」
「うん。おとうさんのおかげだよ…」

 ヴィオレとクレアにまで言われて、照れくさいやら恥ずかしいやら。たけど役に立てたのなら良かったと目尻を下げるアルベルトである。

「しっかしまあ、血鬼ちゅうのはほんなこつ胸糞悪い奴やったばい」

 ここで一転して、ミカエラが顔をしかめて言い出した。

「アイツくさ、自分の霊核どこさい隠しとったと思う?⸺皇太子のの中ばい」

「……え、なにそれ」
「多分やけど、万が一劣勢になったら倒されたフリしといて、ウチらがらんくなったあとに何食わぬ顔して皇太子の身体で復活するつもりやったっちゃないんじゃないかな」

 血鬼が自らの霊核を隠していたのはだった。ともに切り離した自らの霊体の一部で霊核を包むようにして、それを肉体のみ残しておいた皇太子の体内に埋め込んでいたのだ。
 なおその皇太子の身体は、隅の方の岩陰に見つからないよう横たえてあったという。自然の洞窟に等しいこの最下層は、壁際にいくつもそうした岩が転がっていて、空間全体を浄化していなければおそらく探し出すだけでも手間取ったはずだとミカエラは語った。

 彼女は見つけた皇太子の身体の中に血鬼の霊核の反応があることを確認した上で、[氷槍]を突き立てて霊核を破壊したのだという。切り離された霊核は最低限の防護しか施されておらず、そのためにたやすく破壊することができたのだった。

「もう死んどるとはいえ、とはちぃとキツかったばい……」

 あんな奴でも元は人間である。たとえ第九層で変わり果てた姿を目にした後であっても、人の姿のままの肉体を毀損するのは、法術師であるミカエラには辛い決断だったことだろう。
 だが背に腹は替えられなかった。壊さなければ血鬼を倒せないし、かと言って傷つけずに体内から霊核だけを取り出すことも実体ある身の彼女には難しかったのだ。

「……そうね。今回の戦いは、色々と精神的なダメージが大きかったわ……」
「あーもう、胸糞悪かばってん、忘れるしかなかっちゃろうね」

 仰向けに倒れたままのレギーナと、どっかりと尻をつけて座り込んでしまったミカエラ。いやミカエラさん?法衣で見えないからって脚広げるのは止めましょうね?

『終わったんすよね?』

 レギーナの腰ベルトに下がった道具袋の中から声がして、レギーナが“通信鏡”を取り出した。繋げたままにしていて、戦闘中はずっと黙って経過を見守っていたマリーである。

『とりあえず、血鬼討伐お疲れさまっした!』
「ホントこれ、報酬弾んでもらうわよマリー」
『もちろんっす!勇者選定会議こっちもまさか血鬼案件だとか思わなかったんで、規定の報酬のほかダンジョン制圧ボーナス、血鬼討伐ボーナス、あとこれ勇者成績に加算するっすね!』
「そんなの当たり前でしょ。なんかないわけ?」
『うーん、それ以上は受付嬢権限では確約できかねるっすね。明日の中央本会議に稟議提出はするっすけど』
「報酬少なかったら抗議するからね!」
『分かったっす。善処するっす』
「そこは『かしこまりー!』って言いなさいよいつもみたいに!」
『できない約束は安易にしない主義っすから!』

 なにも考えていないようでいて、意外としっかりしているマリーであった。

『さて、じゃあそろそろ通信を途絶するっすね』
「そうね。⸺遅くまで付き合わせて悪かったわね」
『いえいえこれも職務っすから。ちゃんと残業代も出るっすから、気にしないでいいっすよ』
「あっそ。じゃあ、またねマリー」
『かしこまりー!今後ともご健勝とご武運を勇者候補レギーナ氏!』

 それを最後に通信は途切れ、明滅していた通信鏡の接続ボタンの光が消えた。

「とりあえず、一度ここでキャンプ張りましょうか」
「そうしたいけど……いいわ。早く上に戻って、ちゃんと柔らかなベッドで寝たいわ。湯浴みもしたいしね」

 ヴィオレの提案に、渋々といった感じでレギーナは身を起こした。その決断をすぐに後悔することになると、この時彼女はまだ知る由もない。





しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!

仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。 しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。 そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。 一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった! これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

処理中です...